第43話 アッシーの、ちょっと良いトコ見て見たい! 

「ぷ、プランBっ!」

「ちっちゃな子供に優しい人に悪い人はいないわ大作戦よ!」

「うぉおおおお!」


 拳を突き上げてリンダが盛り上げる。


 家主のおじさんから逃げた後、ギャル三人組は再び直樹の帰り道を先回りし、次の作戦を実行しようとしていた。


「ちびっ子に変装したあたしが迷子のフリしてヤリ村を振り回すわ! 最後まで諦めずにお家探しを手伝ってくれたら合格! 途中で諦めたり怒っちゃったりしたら不合格よ!」


 小南はずっと背の事や幼児体型にコンプレックスを抱えていた。


 そのせいでいつも周りにバカにされからかわれてきたのだ。


 でも、姫麗は「可愛いじゃん! 立派な個性だよ!」と褒めてくれた。


 リンダや美兎も同じだ。


 周りと違う事をバカにする人もいるけれど、違うって事は特別って事だ。


 普通の人が逆立ちしても真似できないレアな個性だ。


 胸を張って自分らしく生きて行こうよ!


 そんな風にして姫麗の周りには色んな個性が集まった。


 お陰で小南にも友達が沢山出来てもう寂しくない。


 だから姫麗にはものすご~~~~~~く感謝している。


 今度は自分が姫麗を助けたい。


 その為に大嫌いだったこの見た目が役に立つなら、こんなに嬉しい事はない。


 直樹とは面識はないが、同じ学校に通っているのでそのままではバレるかもしれない。


 なので小南は自慢の盛り髪を解き、制服も小学生の頃に着ていた女児服に着替えている。


 ……あの頃から一ミリも成長していないのは少し哀しいが。


 別にいいもん!


 これがあたしの個性だもん!


 文句ある!?


 そんな気持ちで位置に着く。


 小南の仕事は女児になりきりわがまま放題で直樹を困らせる事だ。


 人間の本性は余裕がなくなった時に表れる。


 精神的に直樹を追い詰めて腐った化けの皮を剥がす作戦である。


 万が一合格レベルに達したら、お母さん役に変装した美兎が迎えに来る。


 美兎はあの通りのお腹だから、妊婦の変装をすれば絶対にバレないだろう。


『お、来たぞ小南!』


 近くのコンビニからリンダが電話で指示を出す。


 万が一の場合は二人が助けてくれるから心配はない。


 ……それでも少し怖いけど、リンダは強いし、美兎も怒った時は最強だから大丈夫だ。


 二人を信じて小南は演技を開始した。


「びぇええええええええええ! ママァアアアアアア! ママァアアアアアアア!」


 †


「流石小南! 幼女をやらせたら右に出る者はいねぇな!」

「はぅぅっ! 可愛いよぅっ、可哀想だよぅっ、今すぐ飛んで行って助けてあげたくなっちゃうよぅっ!」

「堪えろ美兎! オレも同じ気持ちだ! アレを無視するような男なら花ちゃんの彼氏には相応しくねぇ! むしろ助けるのなんか当然で、その後どうするかが本番だ! 野郎が口先だけの腐れチンポなら絶対にボロを出すはずだからな!」

「……なんか怪しいと思って来てみたら。面白そ~なことしてるじゃん?」


 背後の声に二人はピシリと固まった。


「……その声は」

「ききき、姫麗ちゃんっ!? なんでここに!?」


 振り返ると、むくれた顔の姫麗が腕組みをして立っていた。


「だっていつもならあ~しが誘ったら他の用事すっぽかしてでも来るじゃん? リンダの態度もおかしかったし、電車の音もしなかったし。オマケにアッシーが都合よくリンダの財布拾うとかおかしくない? リンダの家、逆方向じゃん。なんでそんなとこに財布落とすわけ? 絶対三人でなんか企んでるっしょ。そう思ってタクシー拾ってアッシーの帰り道探して来たの」


 二人の口がポカンと開く。


「流石姫麗だぜ……」

「名探偵みたい……」


 うっとりと羨望の眼差しで姫麗を見つめる。


 これだから姫麗は大好きだ。


 いつだって予想の斜め上を行く頼れる我らのリーダーだ。


「それよりこれ、どういうこと? ちゃんと説明して!」


 バレてしまっては仕方がない。


 リンダは素直に事の経緯を説明した。


 姫麗は目を丸くすると、げっそりと溜息をついて頭を抱える。


「ほんっと~にあの女は……。リンダ、美兎! 学校ではあの女、清楚で真面目で可哀想な被害者とか言われてるけど、本当は全部嘘なの! 先に浮気したのはあっち! アッシーの方が被害者なんだから! それで落ち込んでる所を偶然あ~しが見つけて、なんか慰めてる内に意気投合して付き合う事になったの! 全部説明したじゃん!」

「そんなのヤリ村が嘘ついてるだけかもしれないだろ!」

「ヤリ村じゃないし! アッシーだし! アッシーはそんな嘘つかないし!」

「花ちゃんはそう言うけどさ、オレからしたらどっちが本当かなんてわかんないじゃん! だから確かめようとしてるんだろ! 花ちゃんの事が心配なんだよ!?」

「うっ……それはそうかもしれないけどさ……」


 話せばわかる姫麗である。


 ちゃんと気持ちを伝えれば理解してくれるはずだ。


「それにね、姫麗ちゃんっ。仮に芦村君の話が本当だとしても、ヤリチンさんが彼氏っていうのは友達として心配だよ……」

「そ、そうだけど……。それを言うならあ~しだってビッチだし、アッシーはヤリチンでも良いヤリチンだから! それにあ~しら、お互いにそういうのもうやめようって話になってるし……」


 それまでの勢いはどこへやら。


 姫麗の目がやましそうに伏せた。


 不審な様子にリンダと美兎が顔を合わせる。


「……なぁ花ちゃん。本当の事言ってくれよ……」

「姫麗ちゃん、なにかわたし達に隠してない?」

「か、隠してないし……。隠すわけ……なぃ……じゃん……」


 罪悪感に耐えるように姫麗が歯を食いしばる。


 目元にはジワリと涙が滲んでいた。


 気まずい沈黙の後ろで場違いに明るい入店音楽が流れる。


「……嘘つくなよ。オレ達親友だろ!? そんな下手な演技で誤魔化されねぇよ!?」

「姫麗ちゃん。もしかして芦村に脅されてる? だったら言って。わたし達が助けるから。どんな手を使ってでも絶対に」


 目の光を失った美兎が冷え冷えとした声音で呟く。


「脅されてる!? どういう事だよ美兎!?」

「そのまんまの意味だよ。そうでなきゃ、姫麗ちゃんがそこまでしてわたし達に嘘つく理由なんて考えられないもん」

「あぅっ」


 姫麗は二人に負けず劣らずのナイスバストを押さえてたじろいだ。


 気まずそうな表情は先程にもまして引き攣っている。


「そ、そんな事ないし!? 脅されてるとか全然ないから!? それだけは本当に本当!?」

「そんなに必死に否定されると余計に怪しいぜ……」

「……姫麗ちゃんが言えないならもういいよ。ヤリ村に直接聞くから」


 ボキボキと美兎が拳を鳴らす。


「……だな。花ちゃんの反応を見ればわかる。ヤリ村は黒確だ。拉致ってボコって吐かせてやる」

「待って!? マジで違うから!? お願いだからアッシーに乱暴しないで!?」

「みんな喧嘩しちゃヤダあああああああああああ!?」


 突然響いた泣き声にビクリとして振り返る。


 背後には真面目な顔をした直樹が立っていた。


 どういう訳か、背中に小南を肩車している。


「おーよしよし。大丈夫、きっとすぐ仲直りするよ。そうだろ、ずんだもん?」


 肩に担いだ小南をあやすように軽く揺らすと、直樹は左手に持ったずんだもん人形を小南に向けた。


「そうなのだ! 喧嘩する程仲が良いのだ! だから小南ちゃん、泣かないで欲しいのだ!」


 閉じた直樹の口の端からずんだ餅の妖精そっくりの声が響く。


「……ぅん。小南……ぐしゅ。泣かないっ! ずんだもん、大好き!」


 直樹の掲げたずんだもん人形と会話する小南は女児そのものである。


 なにがあったのか分からないが、完全に懐柔されているらしい。


 どこから突っ込めばいいのかわからないので、三人はとりあえず茫然とした。


「………………なんでお前がここにいるんだよ!?」


 いち早く立ち直ったリンダが突っ込む。


「あぁ。迷子の子供が居たからあやしてたんだが、どっかで見た事ある気がしてな。鎌かけたら姫麗のダチっぽいとわかったわけだ。そしたらタクシーに乗った姫麗がコンビニ入るの見かけたんだ。お前らと揉めてるっぽいからこりゃなんかあるんだろうなと思って来たら案の定ってわけだ」

「えぇ!? あたしの正体バレてたの!?」

「確証はなかったけどな。違ったら迷子探し手伝って貰えばいいだけだし」


 肩をすくめると直樹は小南を床に降ろした。


「バイバイなのだ! また遊ぼうなのだ!」

「バイバイずんだもん! また遊んでね!」


 手を振るずんだもん人形にニコニコで手を振り返すと、小南が三人の元に駆け寄る。


「まだわからないけどこいつ、そんなに悪い奴じゃないかもしれないわ! だって緑の妖精さんとお友達だし、すっごく優しかったのよ!」


 目をキラキラさせながら小南が報告する。


 見た目通りと言うのもアレなのだが、小南はいまだにサンタを信じているレベルでピュアな子なのだった。


「……その声真似はなんなんですか?」

「声真似? 何のことだ?」


 直樹は惚けると。


「ただの特技だ。友達の夢を壊してやるなよ」


 こっそり呟く。


「アッシー……」

「わかってる」


 半泣きの困り顔で名を呼ぶ姫麗を手のひらで制する。


「なんとなくの話は後ろで聞いてた。俺のせいで困ってるんだろ?」

「……アッシーのせいじゃないよ。元はと言えばあ~しの蒔いた種だもん……」

「だとしても、姫麗の問題は俺の問題だ。俺達は付き合ってるんだからな」

「なっ!?」

「むぅっ」

「きゃっ!」


 リンダが拳を握り、美兎が顔をしかめる。小南は恥ずかしそうに顔を隠した。


 そして姫麗は。


「アッシーぃいいいい!」


 感動の嬉し泣きだ。


 直樹はニヤリと笑うと、リンダ達に向き直った。


「つーわけではじめまして。姫麗の彼氏の芦村直樹だ。俺のせいで揉めてるんだろ? 場所を変えて話し合おうぜ。俺のせいで彼女が友達と揉めるなんて、そんなクソッタレな展開は俺もごめんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る