第44話 ざまぁwww

 そういうわけで一行は近所のカラオケにやってきた。


「ここなら人に聞かれる心配はなさそうだな」


 直樹が呟く。


 真ん中のテーブルを挟んで姫麗と直樹、ギャル三人で向かい合っている。


 まるで面接だ。


 実際その通りなのだろうが。


「なんだよ。人に聞かれちゃマズい話でもあんのか? あぁ!」


 リンダがテーブルを拳で叩く。


「リンダ! お願いだから落ち着てよ!」

「親友が脅されてるかもしれないんだよ。落ち着いてなんかいられないよ」


 ジト目で直樹を睨みながら、美兎がジョッキに注いだソフトクリームをガツガツかきこむ。


「喧嘩は……嫌よ……。ぐすん……」


 小南は両方の顔色を伺って半泣きだ。


「我慢しろ小南! これは大事な話し合いだ」

「そうだよ小南ちゃん。姫麗ちゃんの将来がかかってるんだから」

「……ぅん。ごめんね、ヤリ村……」


 迷子の子供だと思って普通に接しただけなのだが、図らずも小南の信用を勝ち取る結果になったらしい。


 直樹はニヤリと笑いかけた。


「心配すんな。俺が怪しいのは事実だからな。そいつらが心配するのも無理ねぇよ。むしろ友達思いで結構な事じゃねぇか。なぁ、姫麗?」

「……ぅん。ごめんねアッシー。変な事に巻き込んじゃって……」

「姫麗も落ち込むなって。言っただろ? お前の問題は俺の問題だ。むしろ誤解を解くいい機会だろ」

「……そうなんだけど」


 相変わらず姫麗は浮かない顔だ。


 そんなんだからギャル友達も心配するのだろう。


 だが、それも仕方ない話だ。


 直樹も姫麗もお互いに嘘を抱え過ぎている。


 付き合っているという嘘。


 ヤリチンという嘘。


 ヤリマンという嘘。


 オタクな事だって姫麗は隠している。


 元々嘘の事で不信感を抱かれていたようだし、リンダ達が疑うのも無理はない。


 問題は、これらの嘘を隠したままリンダ達を納得させる事が出来るかだが……。


(……難しいよな。こいつらは親友みたいだし、姫麗も嘘は得意じゃなさそうだ。生半可な嘘じゃ雰囲気で見抜かれる。俺がボコられるだけで済めばいいが、姫麗は優しいから俺を庇うだろう。下手すりゃこいつらの関係にクソデカいヒビが入る。それだけは阻止しないと……)


 道すがら、直樹は必死に考えを巡らせていた。


 だって全ては自分のせいなのだ。


 あの時姫麗の好意に甘えてしまったからこんな事になった。


 本当はこいつらがいがみ合う理由なんか一つもない。


 いっそこいつらの言う通り汚名を被って姫麗との関係を断とうかとも思ったが、姫麗の性格を考えればそれでは解決しない。


 ……なによりも、直樹はその選択肢を選びたくなかった。


 自分なんか姫麗に相応しくない。


 千春とのごたごたも一旦落ち着いたし、この辺が潮時かもと思っていた。


 それで直樹は気づいてしまった。


 いや、本当はずっと前から気づいていたのだが、気づかない振りをしていた。


(……俺は姫麗が好きだ)


 心臓がキュッとなって苦しくなる。


 直樹にとってそれは不相応な恋だった。


 自分なんか姫麗には相応しくない。


 向こうだってそんなつもりじゃないかもしれない。


 気持ちを告げて断られる事が怖い。


 上手く行ったとして、自分なんかが姫麗を幸せに出来るのか?


 千春とのごたごたに巻き込んで苦しめるだけなんじゃないのか?


 そんな不安が胸を締め付ける。


(……俺は……身勝手な男だ……)


 それでも。


 直樹は姫麗と離れたくない。


 少なくともこんなに急には嫌だ。


 まだなんの覚悟も出来てはいないのだ。


 だから、どうにかこの場を上手く収めたい。


 自己中心的な理由である。


(顏には出すな。俺まで不安になったらおしまいだ。今まで姫麗に山ほど助けて貰ったんだ。少しくらい恩をかえさなきゃ、申し訳なくて別れられねぇよ)


 内心とは裏腹に、表面上直樹は余裕の表情を浮かべていた。


 今の俺は恋愛上手のヤリチン野郎だ。


 修羅場なんて日常茶飯事。


 そう自分に暗示をかける。


「性悪の元カノがどこで聞き耳を立ててるかわからないんでな。聞けばお前を唆したのも千春だって話だし。学校の連中に聞かれて変な噂を立てられてもつまらねぇ。用心するに越したことはないだろ?」


 大まかな話は道中で聞いている。


 今回も例によって千春のせいだ。


 またあの女かといい加減うんざりするが、まぁそうだろうなとも思う。


 あの程度の事でめげる千春ではない。


 これ以上千春と揉めたくないという気持ちで楽観視してしまったが、予想できた自体でもある。


 だから今度は油断しない。


 それでカラオケを選んだのだ。


「はっ! 別れた元カノが嫉妬してオレを騙して、修羅ばってる所を影から覗いてほくそ笑んでるって? 美兎の読んでるエロ本じゃねぇんだ! そんなやべぇ女現実に存在すっかよ!」



 †



「……ちっ。修羅ばってると思ってつけて来たけど、流石に隣の部屋からじゃ聞こえないわね……」


 直樹の読み通り、千春は隣の部屋で壁にくっつけたコップに耳を近づけて盗み聞きしようとしていた。


 なんならモブに扮してコンビニでのやり取りまでは聞いていたのだ。


 作戦通り内輪揉めに発展し修羅ばっている様子である。


 ざまぁwww。


「まぁいいわ! あのギャル共全員バカっぽかったし! いくらビッチの友達でも彼氏がヤリチンじゃ納得しないでしょ! ざまぁ見なさい直樹! あたしを敵に回すからこうなるのよ! 精々修羅ばって苦しめばいいんだから! おーっほっほっほ!」

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