第40話 加藤鷲~黄金の手を持つ男~
千春の告白を断ってから一週間が経っていた。
浮気相手が性犯罪者の詐欺師だったのだ。
流石に初日は心配したが、翌日には普通に登校してきた。
学校は千春のニュース一色で、千春もここぞとばかりに悲劇のヒロイン気分を満喫しているように見える。
見栄とプライドの塊みたいな千春である。
一度振った程度で諦めるとは思えないし、むしろ逆恨みしているだろう事は想像に難くない。
が、あんな事があった後だし、周りにチヤホヤされている内は大人しくしているだろう。
直樹としては(ライン越しだが)面と向かってキッパリ振れたので、それでいいやという気持ちである。
あの千春が恥を捨ててまっすぐ気持ちを伝えてきたのであの時はなんかこっちが悪いような気がしてしまったが、後で冷静になって考えたら悪いのは全部向こうなので罪悪感も特にない。
むしろ時間が経つ程千春に告らせて振ってやったぜイェイ! という気持ちが込み上げてきた。向こうが諦めないならそれでもいい。何度でもはっきりキッパリ振ってやるだけだ。
向こうが追いかけてきている時点で立場的には直樹の方が圧倒的に有利なのである。
だから、それについてはどうでもいい。
あんな女の為に貴重な青春を浪費する方が無駄だろう。
復讐も大事だが、程々で切り上げておかないと復讐の為の人生を歩む事になる。
そんなのはごめんだ。
それよりも今気になっている事は。
(……なんか最近姫麗の様子がおかしい気がする)
具体的には千春との修羅場の後からだ。
なんとなく余所余所しい気がする。
目が合うと慌てた様子で逸らされる。
声をかけると悲鳴をあげてしどろもどろだ。
会話も以前のようには弾まない。
全体的にぎこちなく、変な距離感がある。
今だって昼休みになったのに顔を見せない。
いつもならチャイムが鳴るや否やルンルン笑顔で「アッシーお昼食べよ!」とやってくるのに。
(……もしかして俺、嫌われたかな……)
心当たりはいくらでもある。
復讐だ! とか威勢のいい事を言っておいて結局直樹はヘタレてばかりで復讐らしい事なんか全然出来なかった。
ファンタジーランドでだって千春との対決を避けたし、ラインで告白された時も弱気な態度だ。
あの時はいくら最低最悪の身勝手クソ女でも真剣に気持ちを伝えて来たなら真摯に答えようと思ったのだが。
これまで千春にされてきた事を思えば「うるせぇバーカ寝言は寝て言え性悪クソ女!」くらい言っても良かった気もする。
それを直樹は『ごめん千春。俺達は本気で付き合ってるんだ。今は姫麗が俺の彼女で、姫麗の事しか考えられない。本当ごめん』である。
弱気にも程があるし、姫麗との関係を盾にしたみたいで情けない。
大体姫麗とは嘘カップルだ。
それなのにあんな事言ったら、「え? こいつちょっと本気にしだしてね? キモッ……」とか思われても仕方がない。
もちろん姫麗がそんな女でない事は分かっているが、そんな姫麗に呆れられるくらい情けない男である自信だけは無駄に合った。
大体いつまで恋人ごっこを続けるのかという問題もある。
千春とのいざこざに一応の決着がついてしまった今、姫麗との恋人ごっこを続ける理由は薄いと言えた。
千春の異常さも理解しただろうし、「そろそろこの辺で……」と姫麗が思っていたとしてもおかしくはない。
姫麗は優しい奴だから自分からは言い出せず、「どうしよう、困ったなぁ……」となっているのかもしれない。
だとしたら、申し訳ない話だ。
なんて事を悶々と考えながら姫麗を待っている。
待ってないで自分から行くべきかとも思うが、向こうが避けているのなら行かない方がいいだろう。
「――おいヤリ村! おいって!」
いつの間にか無駄に距離の縮まったクラスのイケてる男子こと
「誰がヤリ村だ。ミスターゴールドフィンガー」
「俺の手ワザが潮吹くぜ! って、俺は鷹じゃなくて鷲だっての!」
中指と薬指をクニクニさせながら鷲が言う。
ちなみにそのテク(というか基本)を教えたのは直樹だ。
以前鷲に「前戯の時彼女が痛がるんだけどよぉ……」と相談を受けたのである。
話を聞いたら入れる指は多い方がいいと思っていて四本も入れようとしていたのだ。
そりゃ痛がるわけである。
お陰ですっかり友達扱いだ。
マジでどうでもいい話だが。
「なんでもいいがなんか用か」
「姫様がお待ちだぜ」
ニヤニヤしながら両手の人差し指を入口に向ける。
振り返ると姫麗が入口から顔を半分覗かせていた。
「姫麗? そんな所でなに――」
「ピィッ!?」
悲鳴をあげて引っ込んだ。
やはり様子がおかしい。
嫌われているというのはちょっと違う気もするが。
困惑していると姫麗がおずおずと顔を覗かせる。
以前なら自分のクラスみたいな顔をして入って来たのに、今は顔を赤くして見えない結界でも張られているみたいに入口の前で立ち往生だ。
「……どうかしたのか?」
「……し、しないけど。お昼一緒に食べようと思って……」
眩しい物でも見るみたいに上目遣いをチラチラ向ける。
「大体いつもそうしてるだろ?」
「そうだけど……」
俯いた姫麗が胸元で指をイジイジする。
「ヒュー! 百戦錬磨の花房姫麗をメスの顏にするとは、流石ヤリ村だな! そこに痺れる憧れるぅ!」
「うるせぇ掘るぞ!」
茶化す鷲に中指を立てる。
「ケツ穴は勘弁! だははは!」
懲りない陽キャはシカトして直樹は弁当を手に姫麗の元に向かった。
「バカはほっといて行こうぜ」
「……ぅん」
姫麗が手を伸ばしてきて直樹は驚いた。
手を繋いだのはファンタジーランドの一度きりだ。
あの出来事は夢だったのかと思うくらい、あれ以来そんな雰囲気にはなっていない。
ともあれ、求められたら答えなければ男ではない。
直樹は努めて冷静を装って姫麗の手をさり気なく握り返そうと――
「――ッ!?」
指先が触れ合った瞬間、姫麗は電流でも走ったみたいに手を引っ込めた。
(……やっぱ嫌われたのかな……)
ショックを受ける直樹に、姫麗は真っ赤な顔で「ご、ごめん……」と謝る。
なにがどうごめんなのか分からないが聞ける空気でもない。
とりあえず直樹は苦笑いで「気にすんな」と言っておいた。
内心ではめちゃくちゃ気にしていたが。
†
「……なによアレ。なんなのよアレ! ビッチの癖にカマトトぶりやがって!」
地獄の底から響く怨嗟のような声を漏らすのは、廊下の影から二人を盗み見ていた千春である。
直樹に振られたのは仕方ない。
浮気したのは自分だし、デマを流したのも自分である。
全部自業自得で自分が悪いのである。
それくらい千春だってわかっている。
それはそれとして自分を振った直樹は許せない。
自分から直樹を奪ったビッチはもっと許せない。
だから千春は虎視眈々と復讐の機会を伺っている。
どうせビッチは直樹の純情を弄んで面白がっているだけなのだ。
このままでは直樹も痛い目を見て傷つくことになる。
だから復讐は自分の為であり直樹の為でもあるのだ。
あんなにキッパリ振られたのに元彼の為に頑張るなんてあたしって結構健気じゃない? とか思いつつ、千春は嫉妬の炎を燃やしながら廊下の柱を握りしめている。
これが漫画ならメリメリとヒビが入っている所だ。
「ふざけやがってあのドチンポ野郎……。花ちゃんにあんな顔させるとか、許せねぇよ……」
逆側の柱から寒気のするような恨み言が聞こえてくる。
「え?」
「あん?」
振り向くと180センチくらいありそうな長身の金髪黒ギャルと目が合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。