第37話 ずるい女
「今朝のニュース見た?」
「見た見た。清水さんのイケメン彼氏、わいせつ動画ネットで売って逮捕されたんでしょ? 超ヤバいよね」
「ヤバすぎだって。家庭教師装って女子高生に近づいて彼氏面して動画強要とか最悪じゃん」
「清水さん以外にも色んな女の子と付き合ってたんでしょ? 他にも結婚詐欺とか脅迫とか裏で色々やってたっぽいし。そりゃ温厚な清水さんもブチキレ金剛になるわけだよね」
「動画で見たけどヤバかったよね。てか大学生じゃなくて無職のおっさんだったし。怖すぎだって」
「清水さんも可哀想だよね。ビッチに彼氏寝取られたと思ったら次は犯罪者に目付けられるなんて」
「ね~。可愛いは正義ってよく言うけど、あんな目に遭うくらいなら普通でいいよ」
「同感」
「なんかも~そっちのニュースのインパクトが強すぎてビッチカップルの事とか吹っ飛んじゃった」
あの後事実確認の為に掲示板に貼ってあった動画サイトのULRに飛んだら、逮捕現場がバッチリ映っていた。
ベストカップルコンテストは千春達が優勝し、ステージ上で表彰式が行われている最中の事である。
いきなりステージ袖から制服姿の警官が表れて金城に罪状を言い渡し取り押さえようとした。
金城は茫然とする千春を人質にして逃げようとしたが、突然ブチキレた千春に股間を握り潰されて卒倒した。
「騙したわね!? このクソ野郎! あんたのせいであたしの人生めちゃくちゃよ!」
唖然とする警官を他所に千春は金城を滅多蹴り。
逆に千春が取り押さえられる始末である。
「放して! 放せってば! ちょっと隆! せめてコレ止めてから死になさいよ!? ぉほっ!?」
例のおほ声については最後まで分からず終いだったが。
世の中には知らない方がいい事もあるという事で納得しておく。
そういう訳で月曜の学校は千春達のニュース一色だった。
「……なんか大変な事になっちゃったね」
「……だな」
周りの反応を確認する意味でも、二人は今日も食堂で昼食をとっていた。
朝のニュースで報道されたという事もあり、名も知らぬ女子グループが話していた通り、直樹達がベストカップルコンテストに出なかった事について言及する者はほとんどいない。
いたとしても、直樹達がコンテストそっちのけでファンタジーランドをエンジョイしていたと知って悔しがっている声ばかりだ。
結果を見ればあの時の判断は正しかったのだろう。
が、直樹としては手放しで喜べない状況だった。
千春が学校を休んでいるのだ。
「千春ちゃんの事が心配?」
「……いや。そういうわけじゃないけどさ」
本音を言えば心配だった。
あんな女でも三年ちょっと付き合った元カノで、それ以上に長い付き合いのある幼馴染だ。
これまでにされた仕打ちを許す気はないが、それとこれとは話が別だ。
千春はあの性犯罪者に酷い事をされていないだろうか?
黙って言いなりになるような女ではないとは思うが、そうは言っても千春だって普通のか弱い女の子ではあるのだ。
直樹の知らない所で何をされていたかなんて分からない。
それこそ脅されてエッチな動画を撮られたり、知らない内に行為を盗撮されているなんて可能性は十分に有り得る。
自業自得と言い切るにはあまりにも酷い仕打ちだ。
だが、姫麗の前でそれを表に出すのは勝手な気もする。
別に本当に付き合っているわけではないのだが、浮気と言うか、裏切り行為にあたる気がして後ろめたい。
「遠慮しなくていいって。あ~しも千春ちゃんの事心配だもん。アッシーが酷い事された仕返しはしたいけど不幸になって欲しいわけじゃないし。でしょ?」
「……あぁ。ありがとう」
姫麗の言葉に目頭が熱くなる。
こういうのを本当の意味でのイイ女というのだろう。
「……ちょっとだけラインしてみてもいいか? 大丈夫か確認するだけ……」
「いいってば。むしろしてあげなよ。こんな事になって落ち込んでないはずないんだからさ」
「そ、そうだよな」
姫麗に言われて直樹はホッとした。
自分の優しさは他人に甘いだけの弱さなのだろうか。
千春に裏切られてからずっと、そんな事を悩んでいた。
その通りではあるのだろうが、それだけだとは思いたくない。
自分の手の届く所で困っている人がいるのなら直樹は手を貸してやりたいと思う。
それが無理ならせめて話くらいは聞いてやりたい。
誰の為でもなく自分の為に。
そうしなければ直樹は自分を裏切ったような気がして後ろめたい。
千春が悪い女であるように、直樹は根っからの甘ちゃんなのだった。
『大丈夫か?』
久々に送る千春へのラインは不思議な緊張があった。
何も考えずにラインを送り合っていたあの頃とはもう違う。
当たり前の事なのだが、直樹は千春と別れた事実を改めて実感した。
送った瞬間既読になる。
直樹とのラインを開きっぱなしにしていなければこんな事にはならない。
過去のやり取りを見返していたのだろうか。
そう思うと直樹は胸が痛くなった。
『……大丈夫なわけないでしょ』
たったそれだけの返信に三分も待たされた。
どうしても直樹はその意味について考えてしまう。
直樹には携帯を握りしめて泣く千春の姿が見える気がした。
そんな風に思うのは都合の良い考えだろうか。
『……ごめん。だよな』
『……バカ』
次の返信は早かった。
少し間を置いて、続けて千春がメッセージを送る。
『……あんたが謝る事ないでしょ。全部あたしが悪いんだから』
『……まぁそうなんだが。こんな事になるとは思ってなかったんだろ?』
『……思うわけないでしょ。知ってたらあんな男に靡いたりしなかったわよ』
『そりゃそうだ』
気が付けば以前のようにするする会話が流れていた。
あの後千春は大変だったらしい。
事情聴取で警察に連れていかれ、恥ずかしい事も色々話す羽目になった。
直樹が驚いたのは、あの時千春の中に大人のオモチャが入っていたという事だ。
『ありえねぇだろ!?』
『ありえないわよ! あの変態野郎! 思い出しても腹が立つんだから!』
どうりでおほおほ言っていたわけだ。
その事を思い出すとちょっと笑える……わけはない。
仮にも元カノだ。大事な思い出を穢された気がしてめちゃくちゃ腹が立った。
もしあの場に直樹がいたら、一緒になって隆をボコっていた事だろう。
幸い千春との行為は撮られていなかったらしい。
危うい所ではあったようだが。
『……今回の事で流石にあたしも反省したわ。世の中お金だって思ってたけど、あたしが間違ってたみたい。ごめんね直樹。あたしがバカだったわ……』
直樹は衝撃を受けた。
千春が自分から謝るなんて初めての事だ。
『……まぁ、分かればいいんだけど』
勢いでついそう言ってしまった。
今更謝った所で千春の浮気もばら撒いたデマもなかった事にはならない。
だとしても、直樹にとってあの千春が自分から謝るという事はそれくらいの大事なのだった。
『とにかく、元気そうで安心したよ』
昨日から胸に刺さっていた太い棘がポロリと落ちた気分だ。
『ありがとう。直樹のおかげで元気出た』
『大袈裟だな』
『大袈裟じゃないわよ。今日一日、ずっと直樹とのライン見返してたんだから。そしたら直樹からライン来て……。あたし、嬉しくって泣いちゃったんだから……』
『……そうか』
落ちたはずの棘が再び刺さる。
先程よりも細いが、もっと深い場所をジクジクと抉る。
『……そうよ』
そろそろ直樹は会話を締めようとした。
名残惜しい気持ちもあるが、千春とはもう別れたのだ。
これ以上はお互いに辛いだけだろう。
そう思った矢先だった。
『ねぇ、直樹。一生に一度のわがまま言ってもいい?』
『なんだよ急に』
聞き返した事を直樹は後悔した。
『やっぱりあたし直樹が大好き。もう絶対に浮気しないから、もう一度彼女にしてちょうだい』
―――ダンジョン配信モノラブコメ始めました―――
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