第30話 リモートバイブ増刊号

 そんなわけで二人は入口である真っ白い女神の神殿で記念撮影を行い(異世界転生でよくある真っ白い空間や異世界転生トラックに轢かれるシーンを再現できるぞ!)、ファンタジーランドへと続く異界の門(という設定の長いトンネル。プロジェクトマッピングで壁面がカオスな事になっている。コラボイベントの内容に応じて映像が変わるぞ!)を抜け、始まりの町エリアへと足を踏み入れた。


「ようこそ旅の方。ここは始まりの町です」


 ザ・立札みたいな看板の前に立ついかにもNPCみたいなキャストが挨拶をする。


 文字通り始まりの町然とした街並みには、なろう系ファンタジーっぽい住民や定番の各種亜人、冒険者風の衣装に身を包んだキャストなどが闊歩していた。


「テーマパークに来たみたいだぜ」

「テンション上がるな~」


 姫麗のボケをノータイムで直樹が拾う。


 学校では人目があるのでやらないが、二人っきりの時の姫麗はよくオタクネタをぶっこんでくるのだった。


「てか、マジでテンション上がるな。本当に異世界転生したみたいだ」

「すごいよね! 衣装も装備も超凝ってるし。あ~しもあれくらい作れるようになりたいなぁ~」

「はは。レイヤーらしい感想だな」


 子供のように目を輝かせる姫麗を微笑ましく眺める。


 もちろん姫麗の秘密に関わる内容なので小声だ。


 どこで同じ学校の人間が見ているか分からない。


 バスの中ですら見覚えのある顔のカップルやグループを何組か見つけた。



 オタクとして楽しむのはあくまでもオマケ。


 本来の目的はイケてるギャルとチョイワルイケメンになりきってパンピーっぽいデートをする事である。


「それにしても凄いな。客も多いけど、キャストの数も相当だぞ」


 テーマパークの平均的なキャストの数など知るわけもないのだが、それにしたってファンタジーランドのキャストは多い気がする。パッと見た感じでも目に入る人間の一割程がなにかしらの仮装をしたキャストである。


 中には今ひとつなクオリティーの者もいるが、一方で始まりの町にはそぐわない伝説の勇者御一行みたいな連中もいた。他にもどこかで見たようなパーティーが……。


「ってあれ、このすばのキャラじゃないか!?」


 すぐに分からなかったのはカズマ達メインパーティーではなく、脇役のダスト一行だったからだ。他にもよく見たらオバロやリゼロ、ダン街等、有名作品のキャラが歩き回っている。


「なにかのコラボイベントでもやってるのか?」


 そうとしか思えのだが、サイトには該当するような告知はなかったはずだ。


 それに、歩き回っているのはラノベのキャラだけでなく、漫画やゲームと幅広く、会社や媒体の垣根も超えている。こんな大規模コラボが実現すると思えなかった。


「ぶっぶ~。外れで~す」


 答えを知ってるのだろう。


 悪戯っぽく笑うと、姫麗は耳元で囁いた。


「実は今日ね。ファンタジーランドでコスプレのイベントがあるんだ」

「マジかよ」


 それなら納得である。


 キャストだと思った連中の大半はコスプレ参加者だったという事なのだろう。


 よくよく見ればレイヤー達はキャストと区別出来るように首から識別表を下げていた。


「折角だからアッシーにコスプレの魅力を知って貰おうかと思って……。嫌だった?」


 胸元で指をツンツンしながら、不安そうに姫麗が尋ねる。


「まさか。俺はオタクだぜ? めっちゃテンション上がってるよ」

「よかったああぁぁぁぁ……」

「折角なら姫麗もコスプレ用意してくればよかったのに」


 嘘制服も可愛いが、やはりオタクの直樹としてはキャラ物のコスプレをしている姿を見てみたい。


「それもちょっと考えたけど、このタイミングだと身バレするかもだし、バレなかったらバレなかったで見せつけデートの意味ないし……」

「あぁ、確かに」


 学校での姫麗はイケてるギャルで通っている。


 ちょっとやそっとのオタクならセーフだが、コスプレ趣味は流石にアウトだろう。


 一方で、バレない程の変身をしてしまっては今回のデートの趣旨が変わってしまう。


 あくまでも今日のデートは千春や学校の連中に直樹と姫麗がイケてるカップルである事を知らしめるのが目的だ。


「でも、折角なら一度くらいは姫麗がコスしてる所見てみたいな」

「……別にいいけど。あ~しだけコスするってのも不公平じゃない?」


 姫麗の台詞には、どことなく直樹の言葉を待ち構えていたような響きがある。


「俺にもコスプレしろって?」


 そういえば、以前にも一度誘われた事を思い出す。


「してくれたら嬉しいな~……って」


 チラチラと姫麗が顔色を伺う。


 これだけの美少女で、イケてるギャルでもあり、イジメにも負けず、性格が良くて料理も上手い凄腕の(多分)コスプレイヤーだ。


 どこを取っても直樹が勝てる要素なんか一つもないのに、どうしてそんなに不安そうな顔をするのだろうか。


 それが直樹には不思議でならない。


「……まぁ、姫麗がそう言うなら俺は構わないけど」

「本当!?」


 無理難題が通ったような顔で姫麗が顔を上げる。


「嘘なんか言わないって。でも俺、衣装なんか持ってないぜ?」

「それは大丈夫。責任を持ってあ~しが作るから。なに着たい? 全身鎧とか着ぐるみまで行くと流石に厳しいけど……。いや、でも、アッシーがどうしてもって言うなら頑張るよ!」


 謎の決意を見せて姫麗が拳を握る。


「いや、気が早いって! てか悪いし! 衣装ぐらい自分で買うよ!」

「あ~しが作りたいの! 買ったら高いし、その割にクオリティーも低いし。メンズの既製品ってめっちゃ少ないんだよ? どうせ一緒に併せるならちゃんとした衣装来て欲しいじゃん!」

「わかったから! 声がデカいって!」


 直樹が人差し指を立てると、姫麗はハッとして口を抑えた。


「ご、ごめん。あたし、コスプレの事になるとつい興奮しちゃって……」


 まぁ、オタクのサガという事なのだろう。


「いや、俺はいいんだけどさ。困るのはそっちだし、気を付けようぜ」

「……ぅん」


 神妙な顔で頷くと、姫麗はお口にチャックのジェスチャーをした。


「そんじゃ、取りとりあえずその辺周るか」

「うん! レイヤーさんの画像撮る? ちゃんとお願いしたら大体のレイヤーさんは気前よく撮らせてくれるよ!」

「マジか!?」

「マジマジ! むしろ喜んでって感じだから! あ~しの場合はだけど」

「……それって、一緒に映っても平気だったりするか?」

「当然じゃん! てか、そっちの方が嬉しいかも。あ! この人ちゃんと作品好きなんだなって感じするし!」

「マジか~! 超撮りてぇ! けど大丈夫か? 俺がオタクムーブかましたら姫麗に迷惑かかるんじゃ……」

「そこは平気じゃない? アッシーは元々オタクだったわけだし。アッシーの趣味にあ~しが付き合ってるって体にしておけば。てかさ、あ~しも学校でオタクムーブ出来ないの窮屈になって来たし、アッシーの影響でオタクになったって事にしてちょっとずつオタバレしちゃおっかなぁ~」


 どう思う? っと姫麗が聞く。


「好きにしろよ。俺は十分助けて貰ってるんだ。ちょっとくらい利用して貰わないとこっちが申し訳ないぜ」

「……こうしてるだけでもあ~しは十分元取れてるけど」


 もにょもにょと呟くと、「じゃあ遠慮なく利用させて貰おうかな!」


 照れ隠しをするように姫麗ははにかんだ。



 †



(……なにこれ。めっちゃオタク臭いじゃない)


 ファンタジーランドに来て早々、千春はムカついていた。


 そもそもの話、千春は遊園地やテーマパークの類が好きではない。


 子供の頃は人並みに興味があったが、家が貧乏なせいで行くことが出来ず、それが原因で仲間外れにされる事が何度もあった。


 お陰でこの通り根性が腐り果て、遊園地なんかではしゃぐ奴は精神が幼稚なバカだと決めつけている。


 一方でかなりミーハーな所のある千春である。


 ファンタジーランドは学校のイケてる連中にも人気があるし、よくテレビでCMもやっている。人気の韓国アイドルや流行りのバンドが野外ライブをしたというニュースを見た事もあるし、インスタに上がっているオシャ可愛な画像を見てちょっとは期待をしていた。


 なるほど、確かに金はかかっている。


 風景は綺麗だし建物もお洒落で、仮装したキャストも含め、幼い頃に千春が憧れたシンデレラの世界に入り込んだような気分になれた。


 この日の為に千春は隆に買って貰ったお姫様みたいな白いドレス風のワンピースに身を包み、髪の毛も美容院でふわふわにして貰った。


 隆には英国紳士をイメージした大人っぽいかっちり系のスーツファッションをオーダーしてある。


 今の二人を表すなら、まさにお姫様と執事といった感じだろう。


 それについては文句はない。


 これならインスタでもいいねを荒稼ぎ出来そうだし、学校の連中も凄い! ヤバい! と羨むはずだ。直樹とガバマンビッチの淫乱カップルにも負ける事はないだろう。


 千春が気に入らないのは、至る所にオタク臭い珍妙な仮装をした連中がいる事だ。


 いわゆるコスプレイヤーという奴だろう。


 現実と妄想の区別のつかないイカれた連中である。


 いい年をした大人がリアリティーの欠片もない派手で下品な格好をして辺りを練り歩き、映えスポットのど真ん中でドヤ顔ポーズを決めて写真を撮り合っている。


 クッッッッッソ邪魔くせぇ。


 いくらお洒落な遊園地でもこんなのが歩いていたら興ざめである。


 自撮りの際に映り込んで台無しだし。


 後で編集するこっちの身にもなって欲しい。


 なによりも、こいつらを見ていると直樹の事を思い出して仕方がない。


 なんなら直樹の部屋に飾ってあったオタク人形と同じ格好をしている連中もいる。


 直樹の部屋でオセッセする時、棚に飾られたオタク人形に見られている気がしてすごく嫌だったのを思い出す。


 こんなに可愛い彼女がいるのに、なんで女の子のオタク人形なんかを欲しがるのよ!


 飾るならあたしのフィギュアを飾りなさいよ!


 そう言って喧嘩になったのは一度や二度ではない。


 直樹は「こいつらはキャラが好きで集めてるだけでエッチな目で見た事なんか一度もない」とか言っていたが絶対に嘘だ。だってみんな売女みたいな格好をしているのだ。千春の見てない所でオタク人形をオカズにチンチン電車を発車オーライしているに違いないのだ。その事を考えると反吐が出そうになる。そしてものすごく哀しくなる。あたしはオタク人形以下なのか? と。


 ともあれ、来てしまった以上は隆とラブラブデートをしている風に見せなければいけない。明日学校の連中に自慢する話のネタも作らなければいけないし。


 そういうわけで千春は内心のムカつきを隠しながら隆と一緒に王都エリアを歩いていたのだが。


「わぁ! 可愛い! 写真撮ってもいいですか!」

「へ?」


 いきなり声をかけてきたのは日曜日の朝にやっている女児向けアニメの格好をしたおばさん(20代前半くらいだが千春からしたらおばさんだ)の三人組だ。


「それ、悪役令嬢は電気執事の夢を見るのコスですよね?」

「………………いえ、ただの私服ですけど」


 隆の後ろに身を隠して、もにょもにょしながら千春は言った。


 内心では「はぁ? ちげぇよボケ! てめぇら腐れオタクと一緒にすんなや!」と思っていたが。


 内弁慶の典型みたいな千春である。


 直樹以外の相手には強気に出られないのである。


「えぇぇぇ!? じゃあカタギの人!? ごめんなさい! あんまり可愛いから間違えちゃいました!?」

「い、いえ。平気ですけど……」


 慌てふためくイカレ女にオドオドしながらそう返す。


 オタクと間違われたのは心外だが、大人の女性に可愛いと言われるのは悪い気はしない。


(ムフ、ムフフフ。まぁ~当然よね? だってあたしは美少女だもん。オタクが間違えるのも無理ないか~)


 内心でニヤニヤしていると。


「よくわかんないけど、折角だから撮って貰ったら?」


 別の意味でニヤニヤしながら隆が言った。


「……そうですね。折角ですしお願いします」


 いい気分なのでそうして貰う事にした。


 承認欲求の塊みたいな千春である。


 コスプレイヤーに写真を撮られるのもオタクに勝ったみたいで悪くない。


「それじゃあ、彼氏さんと腕を組んで笑って貰っていいですか?」


 全身ピンクのコスプレ女が首から下げた一眼カメラを二人に向ける。


「は~、いひっ!?」


 千春の声が裏返る。


 作り慣れた清楚笑いが引き攣った。


「どうかしました?」

「い、いえ……。その……なんでもないです……」


 真っ赤になって誤魔化しつつ、上目づかいで隆を睨む。


「照れ屋さんなんですよ。ね、千春ちゃん?」


 爽やかに隆が笑う。


 千春には下衆な笑みにしか見えなかったが。


「……ぅ、ぐ、きゅぅ……はぃ……」


 お腹の中で暴れる振動に耐えながら千春はこくりと頷いた。


(……なにが羞恥プレイよ。この変態野郎……)


 実の所、千春がムカついている一番の理由がコレだった。


 バンされたくないので、詳しい説明はここでは伏せる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る