第29話 こんなはずじゃなかった

 待ち合わせは駅前で、そこからファンタジーランド直通のバスが出ている。


 前日から落ち着かなくて直樹は三十分も前に着いたのだが、姫麗は既に待ち合わせ場所である聖なるベヘリット像(と直樹他周辺学生が勝手に呼んでいる金色のオブジェ)の前に来ていた。


 どうやらナンパされているようで、チャラついた茶髪のグラサン男に付きまとわれて迷惑そうに携帯を弄っていた。


「ね~。い~だろ~? 好きな物なんでも買ってあげるからさぁ~」

「いらないって言ってんじゃん。彼氏と待ち合わせ中だから。どっか行ってよ」

「君みたいな可愛い子ちゃんを待たせるなんてろくな男じゃないって。俺、芸能関係の仕事してるし。そ~いうの興味ない?」


 舌打ちを鳴らして姫麗が無視する。


 ナンパ野郎はムッとした顔で姫麗の手首を掴もうとした。


「あのさぁ。わざわざ声かけてやってんのに無視はないよねぇ?」


 ダッシュで追いついた直樹が間一髪でナンパ野郎の手首を捕まえる。


「てめぇ、人の女になにしてんだ!」

「いだ、いだだだだ!?」


 半ギレになってナンパ野郎の手首を捩じる。


 千春もよくナンパされていたから、この手のシチュエーションは慣れっこだった。


 とは言え、普段の直樹はもう少し穏便である。


 ここまで攻撃的な態度を取れたのはヤリチン(イケメン)ロールプレイの賜物だろう。


 見た目が変われば中身も影響を受ける。


 今の直樹は文字通り不良漫画の主人公の気分だった。


「アッシー!?」

「わりぃな姫麗。待たせちまった」


 泣きそうな顔で喜ぶ姫麗にニヤリと笑いかけると、直樹はナンパ野郎の胸倉を掴んで凄んだ。


「おっさん、謝れよ」

「ひぃっ!? す、すみませんでしたぁ!?」

「俺にじゃねぇ。姫麗に謝れって言ってんだ」

「すみませんごめんなさいゆるしてくださいぃいいい!」


 こんなもんでいいか? と視線で尋ねる。


 姫麗は不愉快そうに鼻を鳴らした。


「今回だけは許してやるけど。もし他の子に同じような事したら……」


 ナンパ男をジト目で睨むと、姫麗が直樹に視線を向ける。


 以心伝心、直樹は怖い顔でナンパ野郎を脅しつけた。


「拉致ってボコって埋めんぞコラぁ!」

「二度としませんこの辺には近づきません勘弁してくださいいいいいい!」


 今にも漏らしそうなビビり具合である。


 なんならちょっとチビっているかもしれない。


 直樹が手を離すとナンパ野郎は大慌てで逃げ出した。


 途中で何度も転んだりしつつ。


「二度と顔見せんな!」

「そ~だそ~だ!」


 直樹が中指を立て、姫麗がベーっと舌を出す。


 ナンパ野郎の後ろ姿が見えなくなるとどちらともなく吹き出した。


「なんか漫画みたいだったな」

「ね! ね! 今のあ~し、少女漫画のヒロインみたいだった!」


 その場で飛び跳ねながら姫麗が言う。


 ちなみに姫麗の恰好はルーズソックスにキャメル色のカーディガンを羽織ったコギャルルックだ。ミニスカートはこの日の為に自作したのか、直樹のズボンと似たようなチェック柄の生地でペアルック感を出している。


 所詮は制服なので見慣れている筈なのだが、不思議と新鮮に映った。


 わざわざ休みの日に二人して嘘制服でデートというのはなんとなく悪い事をしているようでドキドキする。


(まぁ、昨日の夜からドキドキしっぱなしではあるんだが)


 嘘でも姫麗とデートなのだ。


 下心など勿論ないが、それでも胸は弾んでしまう。


 しょっぱなからナンパ野郎に邪魔されたのは気に入らないが。


「てか大丈夫か? 怖かっただろ?」

「全然! あ~しは見ての通りの美少女ちゃんだし? こ~いうのは慣れっこだから」


 ブイっとひまわりのような笑顔でギャルピースを掲げる。


 だが、直樹にはすぐに演技だと分かった。


 その程度には親密な付き合いをしているつもりだ。


「無理すんなって。知らない男に声かけられて怖くない奴なんかいねぇよ」


 千春だってそうだった。


 見た目だけはあの通りの美少女だからちょっと目を離すとすぐにナンパされる。


 内弁慶で引っ込み思案な性格でもあるから、ナンパ野郎を追い払った後に緊張の糸が切れて泣き出す事がよくあった。何度経験しても慣れる事なんてないのだろう。


「アッシー……」


 姫麗も同じだったようで、急に涙目になって目元を拭い始める。


「もう! イケメンムーブしないでよぉ! 折角我慢してたのに泣いちゃったじゃん!」

「す、すまん……」


 気を遣ったつもりだったのだが余計なお世話だったらしい。


 と、思いきや。


「謝んないで! 嬉し泣きだから!」

「お、おぅ……」


 乙女心は複雑である。


 ともあれ危ない所に間に合ってホッとした。


「てかさ、ナンパされてたんなら連絡くれよ。すぐに駆けつけるから」


 嘘彼女以前に姫麗は恩人であり友人だ。


 困ったことがあったら遠慮なく頼って欲しい。


 そんな気持ちで言ったのだが、姫麗は恥ずかしそうに俯くばかりだ。


「今更変な遠慮はなしだぜ」

「……そういうんじゃないけど」


 モジモジしながら姫麗は言う。


 なんとも変な態度である。


「じゃあなんなんだよ」


 追求すると、姫麗は顔を真っ赤にして呟くのだった。


「……だって。連絡したらあ~しが楽しみすぎてめっちゃ早く来ちゃったのバレちゃうじゃん……」

「……ぁ」


 それで直樹も思い出した。


 直樹は三十分前に来ている。


 そこに姫麗がいるという事は……。


「……まぁ、なんだ。それについてお互い様って事で……」

「……そ、そだね。え、えへへへ……」


 二人して真っ赤になって頬を掻いた。


(((リア充爆発しろおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ)))


 甘酸っぱいやり取り周りで見ていた独身者達の心の叫びが爆発する。

 

 †


 そんなトラブルもありつつ、二人はバスでファンタジーランドまでやってきた。


 車中ではお互いに嘘制服姿を褒め合ったり、買ってきたおやつを食べたり、一緒にスマホゲーをやったり、事前に公式から落としたデジタルパンフレットを見ながらどのアトラクション乗ろうか、どこでお昼を食べようか、なんて事を取り留めなく話していた。


 その辺のいちゃいちゃについて書きたい気持ちもあるのだが、既に十分スローな展開になっているので今回は割愛する。


 予定では前回の時点でファンタジーランドに入園している筈だったのである。

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