第31話 オーバーロード
砂漠エリアに聳え立つ古代の王の呪われた
その最奥にある王の間で、直樹と姫麗は息も絶え絶え、互いを庇い合う様にして背中合わせに立っている。
直樹の手には赤く輝く魔法の杖、姫麗の手には青く輝く勇者の剣が構えられていた。
周囲には彼らが倒した不死の軍勢と、王の間を守護する異形の番人、半人半
額の汗を拭いながら周囲を見渡す。
先程まで津波のように押し寄せていた敵の姿は今はなく、剣撃と魔法の爆ぜる音で騒がしかった王の間は不気味なほどに静まり返っている。
「……やったのか?」
「アッシーそれ、死亡フラグ」
姫麗の指摘に答えるように、闇の中に妖しく光る二つの赤い目が浮かび上がる。
「ついにここまで来たか冒険者よ。貴様らは腹立たしいまでに優秀である。
だが、もっとも望ましい形で進んできた事は愉快でもあるぞ。
我が呪われし大墳墓は貴様らの強い命を以ってより美しく飾られる。
遊びは終い、ここからが本当の地獄だ」
さぁ、いよいよもって死ぬがよい!!!
中田譲治と同じ声帯を持つ声が静寂を打ち破る。
最終決戦を告げる壮大なBGMと共に、王の間の主である呪われた
気が付けば、二人はたったいま倒したはずの不死の軍勢に囲まれていた。
「……どうするアッシー? ここでギブしたらランキングに載れるけど」
強張った笑みで尋ねる姫麗に、直樹はニヤリと笑い返した。
「ラスボスを目の前にして尻尾巻いて逃げる勇者がいるもんかよ」
「だね。あ~しもエンディング気になるし」
姫麗の笑みから強張りが抜け落ち、勇者の剣を構え直す。
「で、どうすんの?」
「やる事は同じさ。初見のボスは時間を稼いでパターン構築!」
「あいあいさー!」
姫麗の剣が直樹を狙う矢を弾く。
「雑魚は退いてけ! エクスプロージョン!」
爆炎が退路を切り拓き、二人だけのボス攻略が始まった。
†
「くぅうううううやぁしぃいいいいいいい! あとちょっとだったのにぃいいい!」
砂漠エリアの目玉アトラクション、『カタクーム~呪われし王の秘宝~』近くの石のベンチに腰掛けて、姫麗が悔しそうに地団駄を踏む。
「ファンタジーランドでも一、二を争う高難易度のアトラクションらしいからな。初見でラスボスまで行けただけでも大したもんだろ」
パークガイドを見ながら直樹が言う。
ファンタジーランドには『カタクーム』のような体験攻略型のVRアトラクションが幾つかあり、道中で見つけたお宝や敵の撃破数、攻略深度によってスコアが決まる。
このスコアは各エリアの要所に置かれた冒険者番付に反映され、上位三十組みまでの名前が載る。
他にもランドパスと連動しており、各エリアの体験攻略型アトラクションをクリアした者はそのエリア内では英雄扱いを受ける。
ちなみに『カタクーム』は以前とある転生ラノベとコラボした事があり、その際はボスが呪われたファラオから某骸骨系魔王様に変更された。その際は難易度が跳ね上がり、コラボ終了まで一人のクリア者も出なかったという逸話がある。
『カタクーム』自体も鬼畜難易度が売りのアトラクションらしく、週に一組クリア者が出れば多い方らしい。ラスボスである呪われたファラオ戦まで到達する事すら難しいようで、あそこでギブアップしていればランキングに載れるスコアではあった。
それを思うと少し勿体ない事をしたようにも思う。
「……やっぱあそこでギブしてた方がよかったか?」
それとなく尋ねると姫麗はキョトンとして勢いよく首を振った。
「まさか! あそこまで行って帰る選択肢とかないし! 戦ってみないと攻略法も分かんないじゃん? おかげでパターンかなり掴めたし。ランキングには載れなかったけど見てた人達も凄かったって褒めてくれし。あ~しは大満足だよ!」
それを聞いて直樹を安心した。
体験攻略型のアトラクションは外のモニターで観戦できるようになっている。
直樹達の奮闘にギャラリーは大盛り上がりだったようで、ゲームオーバーになって出て来たら拍手で迎えられた。
「惜しかったな!」「かっこよかったよ!」「本物の勇者みたいだった!」などと声を掛けられ、照れ臭くなって外のベンチまで逃げてきた所である。
「……そうか」
「そうだよ! クリア出来なかったのは悔しいけど、その百倍楽しかったし!」
無邪気な笑顔が眩しくて、不思議と直樹は泣きたいような気持になった。
「……俺もだよ。次は絶対ぶっ倒してやろうな」
「うん!」
力強く頷くと、姫麗は急にもじもじしだした。
「どうかしたか?」
「……えっと、その……」
言いたい事があるのに言い出せない。
そんな顔で太ももを擦り合わせている。
トイレだろう。
長いアトラクションだったし、終わってからジュースも飲んだ。
直樹もちょっと催している。
「この辺でトイレ休憩でも挟むか」
「……ぅん」
気軽に言う直樹に、姫麗は恥ずかしそうにはにかんだ。
二人で近くのトイレに向かう。
女子トイレは少し混んでいて、直樹の方が先に出てきた。
気を遣って直樹は先程のベンチで待つことにした。
「……なんか俺、幸せ過ぎないか?」
一人になると急に幸せが込み上げて頬がにやけた。
朝から二人でファンタジーランドにやってきて、レイヤーさんと記念撮影をしたり、色んなアトラクションに乗ったり、屋台で軽食を食べたり、過去のコラボイベントの話をしたり、名所で記念撮影をしたり。
今だってショップで買ったファンタジーランドのオリキャラのショルダーチャーム(肩に乗せるぬいぐるみみたいな奴)をお揃いで付けている。
本当はアニメ系のコラボの奴にしたかったのだが、そこは二人で我慢した。
そんな事すらも直樹にとっては楽しい思い出になりそうだ。
というか、楽しくない事など一つもない。
千春とはついぞ叶わなかった、直樹が夢見ていた理想のデートがここにはある。
偽物の関係ではあるのだが、今胸の中にある温かくてむず痒い気持ちは本物だ。
「……幸せ過ぎて逆に怖くなるくらいだぜ」
悪戯な運命が帳尻を合わせようとして不幸を運んできそうな気さえする。
直樹の予感は的中した。
千春が通りかかったのだ。
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