第27話 †Cloister Black†

 花房姫麗は百人斬りのセックスマスターにして学校一のイケてるギャルとして恐れられている。


 言うまでもなく真っ赤な嘘なのだが、それはそれとして姫麗に恋愛相談を持ち掛ける女子は多い。


 男の落とし方から性の悩みまで、その中には当然デートに関する相談も含まれている。


 ぶっちゃけデートってなにすんだ?


 恐らくこれは子供から大人まで全ての男女が未来永劫悩み続ける難問なのではないだろうか。


 人の数だけデートの形があるとしても、尋ねられたからにはクールに答えなければいけないのがイケてるギャルの辛い所だ。


 一応今までも少女漫画やラブコメ知識で答えてはきたが、説得力を増すには自身で体験するのが一番だろう。


「てか、デートした事ないのにデートについてアドバイスするのってなんか罪悪感あるし」


 そういう訳で姫麗はデートをお望みだった。


「……あと。あ~しだって普通の女の子だし、嘘でも男の子とデートっぽい事してみたいじゃん?」


 ヤリマンビッチの仮面を被った優しくてエロ可愛い処女ギャルオタクに赤い顔でそう言われて断れる男がいるだろうか?


 否!

 

 というか断る理由は全くない。


 他ならぬ大恩人の頼みである。


 直樹的にも姫麗とデートなんて望む所だ。


 姫麗といちゃつけば千春にもダメージが入る。


 一石二鳥どころの話ではない。


 一石百ドラゴンくらいお得な話だ。


 だが、ここで一つ問題が発生する。


「……俺、姫麗とデート出来るような服もってないかも」


 直樹は根っからのオタクである。


 洋服に使う金があるならゲームや漫画やオタクグッズを買いたい。


 周りが色気づきはじめる中学生の頃に下手に美人な彼女が出来てしまったという事もあり、直樹はお洒落に気を遣う事を知らないまま高校生になってしまった。


 持っている服と言ったらユニクロでセールの棚にぶち込まれているダッセェ奴かオタク系コラボTぐらいである。


 千春と付き合っている時はそれでいいと思っていた。


 お洒落なんかモテたい奴がするものだ。彼女がいる男がモテてどうする。そんなの不純だろ。俺は千春以外の女にモテなくていい。そんな気持ちでお洒落を拒絶していた。一人のオタクとして、お洒落なんかしたらオタク強度が下がるような気もする。


 だが、今更になって直樹は自分の間違いに気づいた。


 今回のデートは姫麗の話の種にするべく、一般受けしそうな場所に行く予定だ。


 場合によっては学校の連中と出会う事もあるかもしれない。


 今や二人は学校で知らぬ者のいない有名人だから、こっちは知らなくても向こうは知っているという事は多いにあり得る。


 そこにCloister Blackググればわかるがプリントされて胸元に謎の紐がついたザ・中学生の黒歴史ファッションみたいな格好で行ったら自分だけでなく姫麗まで笑い者になる。


 姫麗の彼氏を演じるからには自分もそれ見合ったロールプレイを徹底しなければいけない。


 さてどうする?


 お察しの通り、ここでも姫麗が大活躍だ。


「へいアッシー。あ~しを誰だと思ってるし? イケてるギャルレベル99の姫麗ちゃんだよ?」


 イケてるギャルを名乗るからには、ファッションスキルは必要不可欠なのである。


 曰く、お洒落とは単体で成立する物ではない。


 どんなにカッコいい服も組み合わせを間違えたらクソダサだ。


 逆にどんなにダサい服も上手い組み合わせを見つけたらお洒落に見える。


「て~か、今のアッシーはイケメンバフかかってるから、よっぽどヤバい服じゃなきゃなに着てもそれなりに見えるっしょ」


 ネットで流行った画像にこんな物がある。


 イケメンとブサメンにそれぞれ安い服と高い服を着せて比べた画像だ。


 イケメンはトータル数千円のコーディネートでもイケメンだし、ブサメンは数十万の服でもブサメンだった。


 てか、ユニクロの広告見れば分かるだろ?


 外人のイケメンモデルが着てるの見て同じコーデを買ったのに全然かっこよくないアレである。


「……言いたい事は分かるけどめちゃくちゃ同意したくないな……」

「勘違いしないでね。あ~しは別に顔が全てとか思ってないから。てか顏なんか努力と工夫で幾らでもイイ感じに出来るし」

「俺みたいに?」

「あ~しみたいに」


 直樹の皮肉に姫麗はそう返した。


「そっちはモノホンの美少女だろ」

「そう見せるのがテクニックなんだって。あ~しだってこれでもか~な~り~努力してるんだからね? 髪型にメイクにダイエットに姿勢に表情にその他いろいろ! 全部コスプレの為だけど」


 そんな風には見えないのだが、それすらも姫麗の言うテクニックなのだろう。


「可愛いは作れる。ただし簡単にはいかないって事か」

「そういう事」


 神妙に頷くと姫麗は直樹の手持ちの衣類を物色した。


「わぁ! このコラボT超人気だった奴じゃん! 初日に完売して全然買えなかった奴だし!」

「あぁ、それな。どうしても欲しくて午前中学校サボって並んだんだ」

「マジぃ!? めっちゃ不良じゃん!?」

「そうか?」

「そうだよ! あ~しズル休みなんかした事ないもん!」

「姫麗は意外に真面目だよな。育ちがいいって言うか」


 靴は綺麗に並べるし、直樹の家に遊びに来る時はお邪魔しますを欠かさない。お昼を食べる時もちゃんと手を合わせていただきますとご馳走様を言う。些細な事だが、そういった行動の端々に奥ゆかしさを感じる。


「そ、そんな事ないし!」

「照れる事ないだろ。立派な事だぜ」


 一方千春はクズエピソードに事欠かない。


 だが、直樹はわざわざ言ったりしなかった。


 実際クズだし別れた女だが、それでも姫麗と比較して悪い所を面白おかしく話すのは違う気がした。


 あんな女でも過去の直樹は本気で愛していたし、本気で好きだと思っていたのだ。終わってしまった愛だとしても、あの時あった幸せまで否定したくはない。


 と、そんなこんなで掃除中に懐かしい漫画を読み漁るが如くコラボT談義で盛り上がったりしつつ、姫麗は使えそうな洋服をサーチするのだが……。


「……ぁー。そういう感じかぁ……」


 カードゲーム初心者がノリで作った最強デッキ(笑)を自慢されたような顔をすると、姫麗は優しい笑みで言うのだった。


「デートの前に洋服買いに行こっか」

「……すまん」



 †



「ねぇ聞いた? ビッチとヤリチン、今度の日曜ファンタジーランドでデートするらしいよ」

「マジ? あたしも彼氏といく予定なんだけど」

「え~! いいないいな~! あたしも彼氏と遊園地デートしたいよぉ~!」

「ならまずは彼氏作んないとね」

「うぐぐ……。てか、少子化とか言うんなら学校で彼氏の作り方教えるべきじゃない?」

「なんの授業で教えんのさ」

「そりゃ科学でしょ」

「水35L、炭素20kg、アンモニア4L、石灰1.5kg、リン800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素……」

「持ってかれたぁ!」

「「「あははははは」」」


(バッカじゃないの?)


 両手を合わせて土下座みたいなポーズを取るクラスの女子を千春は心の中で小馬鹿にした。


 意味不明だが、どうせ痛いオタクネタなのだろう。


 以前直樹が人間の原料知ってるか? とか言って似たような事を言っていたのを覚えている。


 基本的には面白い奴なのだが、唐突に寒いオタクネタをぶっこんでくるのが直樹の悪い所である。


(……ていうかこれ、遠回しにあたしの事挑発してるわよね)


 ファンタジーランドに行った事はないが、インスタ映えするお洒落な遊園地だという事は知っている。


 出不精でオタクの直樹が行きたがるような場所ではない。


 そんな場所にわざわざ行く理由はただ一つ。


 千春に対するあてつけた。


 他の生徒も来るような人気のデートスポットでビッチといちゃついている姿を見せびらかし、お似合いカップル感を演出しようという魂胆なのだろう。


 デートの質ならこちらの方が万倍も勝っているが、生憎隆と行くような所は高校生ガキの来るような場所ではない。ネタのインパクトを考えると目撃者のいない自慢話より目撃者による口コミの方が強い事は否めない。


 このままでは姫麗の大人のデートエピソードは霞んでしまい、来週いっぱいはビッチとヤリチンの遊園地デートの様子が学校の話題を独占する事になるだろう。


(そんなの許すもんですか!)


 負けず嫌いの千春である。


 ずっと前から姫麗の事はライバル視していた。


 なんであんなビッチが学校一の美少女で清楚なあたしが二番目なのか。


 千春的には直樹を寝取られたようなこの状況も気に入らない。


 あの二人が自分よりも上の立場に立つような事は絶対に許せない。


 となれば、やる事は一つ。


 早速千春は隆にデートを望む内容のメッセージを送った。


『勿論いいけど。それって夜のデートセックスの誘いかな?』


(ちげぇよシコ猿チン〇もぐぞ!)


 二言目にはセックスの事しか頭にないおちん〇野郎である。


 その上早漏短小オナニーセックスとエッチについては一つたりとも良い所がない隆である。


 だが、裏を返せばセックスという餌さえ与えておけば簡単にコントロール出来るという事でもある。


 いつも通りやんわりと餌をチラつかせて、千春は望み通りに隆を誘導した。

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