第26話 これで付き合ってないとか嘘だろ???
あれから数日が経っていた。
姫麗による冴えないモブ男大改造劇的ビフォーアフターは功を奏して、直樹のスクールライフは平穏を取り戻していた。
面と向かって陰口を言ってくる女子はいなくなり、それどころか「芦村って変わったよね……」「……うん。悔しいけど、超カッコイイ」「あれだけイケメンならヤリチンでも納得だよね」「なんか逆に有りかもって思えるからイケメンってズルいよね」なんて声まで聞こえてくる。
(いやいやいや! イケメンだってヤリチンはダメだろ! 目を覚ませお前ら!)
と内心では思うのだが、思うだけに留めている。
男子の中でも直樹の株は急上昇し、クラスのイケてる連中にモテる秘訣を聞かれる事すらある始末だ。
そんな時は「女に媚びを売らない事だ」とか適当な事を言って誤魔化しているが。
ヤリチンのイケメン野郎なんてろくなもんじゃないと思っていたが、称号としてはそれなりの力を持っているらしい。
「そ~なんだよね~。だからあ~しも経験ないのに恋愛相談とかされて困ってるわけだし」
直樹の話を聞いて姫麗が苦い笑みを浮かべる。
それこそ、ヤリマンビッチのデマを流された姫麗と同じ道をたどっているという事なのだろう。
ともあれその日も姫麗は芦村家に遊びに来ていた。
直近で姫麗が受けた恋愛相談について二人でそれらしい答えを見つけると、残りの時間はいつも通りゲームをして過ごしている。
ちなみに今は某大人気MOBAを一緒にプレイしている。
言っておくがライアットゲームズではなくバルブコーポレーションの方である。
分からな奴はググってくれ。
そしてDLして遊んでくれ。
無料で全ヒーロー使えるから。
面白いぞ!
PCゲームなので直樹は姫麗用にお古のデスクトップを机に並べていた。
最新ゲームを遊ぶにはスペック不足だがDOTA2程度であれば余裕である。
あぁ、まさかこの俺が彼女(偽)と一緒にDOTA2をする日が来るとは。
一人のオタクとして直樹は感無量だった。
千春はゲーム嫌いだし、セックスをする時以外はお家デートを嫌がるので、一緒にゲームをする事なんて一度もなかった。
それよりも新しく出来た話題のカフェに行ったり、人気の映画を見に行ったり、プールや夏祭りと言った季節行事など、人に自慢できるデートを好んでいた。
別に直樹も楽しかったので嫌ではなかったが、それはそれとして彼女と一緒にゲームというシチュエーションには憧れていた。
しかも自分がハマっているごりごりに硬派なMOBAだ。
世界的には流行っているが日本ではマイナー扱いである。
それを姫麗が知っているというだけでも大興奮なのに、レートまで高かった。
直樹には負けるが、それでも上の下くらいはある。
ポジションもオフレーンを得意としていて、サポート専の直樹とは噛み合った。
二人で一緒にレーンに行き、相手レーンを封殺して縦横無尽にガンクして脳汁を溢れさせている。
「このままジャングル確保してファーム阻止したいな」
「おっけー。じゃあここで
「あぁ。そしたら攻めに入るか」
味方チームに英語で意思表示を行う。
海外ゲーのチャットは基本的に英語だ。
直樹は別に英語が得意というわけではないが、ゲームで使う用語だけはなんとなく覚えている。
今回の味方は物分かりがよく、意思疎通は成功した。
毎回こうならいいのだが、実際は三割近くが人語の通じないエイリアンである。
後半キャリーがしゃしゃって危うく逆転されそうになったが、大事な集団戦で直樹がビッグウルトを決め、BKBを持った姫麗が相手キャリーを早めに潰してどうにか勝ちを拾った。
「「GG~!」」
崩れ行く相手エンシェントを眺めながら二人でハイタッチする。
気分は最高だ。
「ふぅ~。通話もいいけど、こうやってリアルで一緒にやるのも悪くないな」
「ね! なんかすっごい付き合ってるって感じする!」
汗ばんだ額を拭いながら姫麗が笑いかける。
姫麗もマイPCを持っていて、家に帰った後もディスコを繋いでゲームをする事が多い。
PC環境を考えればそちらの方が快適なはずだが、隣り合ってゲームをするのは姫麗が言う様に特別な感覚があった。
直樹もそれは認めつつ。
「ははっ、それが通じるのはオタクだけだろ」
「分かってるし! 今のあ~しは普通のオタクの姫麗タソだからいいの!」
むくれた姫麗がベーっと小さな舌を出す。
それが可愛くて直樹は笑い、釣られて姫麗もあははと笑った。
(……こうしてると本当に付き合ってるみたいだよな)
みたいなだけで実際は違うのだが。
変な勘違いはするんじゃないぞと、直樹は自分に言い聞かせた。
何度でも言い聞かせなければ本当に勘違いをしてしまいそうだ。
「どうする? 時間的にもう一戦出来そうだけど」
「ん~。今日はもういいかな。今の戦闘で頑張り過ぎて疲れちゃった」
こめかみを人差し指でぐりぐりしながら姫麗が言う。
直樹のレートに引っ張られて姫麗は普段より格上相手との戦闘を強いられている。
その中での大活躍だったのでそりゃ疲れもするだろう。
名残惜しい気持ちもあったが、直樹は素直に「そうだな」と答えておいた。
「じゃあ、なんかオヤツ取って来る」
「気にしなくていいって」
遠慮しているのは分かっていた。
姫麗は直樹と同じで甘いもの好きだ。
ドタは頭を使うから、試合後は絶対に甘い物が欲しいはずだ。
「俺が食べたいんだよ」
そう言って直樹はお菓子とジュースをお盆に載せて戻ってきた。
「……ありがと」
一応お客様なので、姫麗には普段直樹が使っているゲーミングチェアを貸していた。
その上に座って脚をぶらぶらさせる姫麗はどことなく借りてきた猫を思わせる。
学校ではヤリマンビッチギャルのロールプレイに余念のない姫麗だが、二人っきりの時は結構お淑やかなタイプだった。
「こっちの台詞だろ」
安物の椅子に腰かけると直樹は言った。
「なにが?」
キョトンとすると、姫麗は「いただきます」と律義に言って直樹の持ってきたジュースを小さな口で啜った。
「なにもかもさ。姫麗が助けてくれなかったら、今頃俺は不登校になってたかもしれないわけだし」
「けほ、けほっ。アッシー、大袈裟!」
軽くむせると、赤くなった姫麗が言う。
「大袈裟じゃないだろ。その後だって俺がヘタレても見捨てなかったし。その上こんな風にイケメンにして貰って。お陰でなんか自信ついて、学校で千春とすれ違っても堂々としてられるようになったし。本当、ありがとな」
姫麗の施した魔改造は直樹の内面にも影響を与えていた。
嘘でも振りでも自分に自信を持つ事で、直樹は千春を前にしても以前のようにビビったり緊張しなくなった。むしろやんのかこら! と強気に出られる程だ。
千春は知らん顔でツンとしているが、内心穏やかでない事は雰囲気で分かる。
あの日から学校は戦場と化し、毎日が戦いの連続だ。
そこから逃げ出せずにいられるのは全て姫麗のお陰である。
「……どういたしまして」
両手に持ったコップで顔を隠すように姫麗が言う。
照れた顔がひたすらに可愛い。
あるいは、こちらが素の姫麗なのだろうか。
「でも、勘違いしないでよね。これは対等な取引なんだから。あ~しはアッシーを助けて、アッシーはあ~しを助けるの。あ~しだってアッシーに感謝したい事いっぱいあるんだから。自分だけ助けて貰ってるみたいな顏されたらいやなんだから」
ぷっくりと頬が膨らみジト目になる。
そんな顔も勿論可愛い。
「そうか? 俺は大した事出来てないと思うけど……」
直樹からしたら貰ってばかりでとても釣り合わない関係だ。
「そんな事ないよ! アッシーがいい人じゃなかったらあ~しわけわかんないまま初体験しちゃってたし! 冷静になって考えたらやっぱり、ああいうのって良くなかったなって思うし……。ちゃんと止めてくれてありがと」
「……それはまぁ、あんな顔されたら誰だって止めるだろ」
「そう? アッシーじゃなかったらとりあえず抱いちゃう人の方が多いと思うけど」
「……まぁ、絶対に違うとは言い切れないけど。俺は別にそんな大した奴じゃないし……」
「ストップ! また弱気になってるよ! あ~しはそんな顔して欲しくて言ってるんじゃないんだからね!」
頬の膨らみが大きくなり、今度はちょっと怒り顔。
どんな顔していても姫麗は可愛かった。
「すまん。これでいいか?」
人差し指で頬を吊り上げ、無理やり皮肉っぽい顔を作って見せる。
直樹なりのヤリチン顔だ。
「……もぇぇ」
ニヒルな表情に、姫麗はぽぅっと見惚れた。
「その趣味だけはよくわからん」
「しょうがないじゃん! あ~しの中のイケメン像を投影したんだから! あ~し好みの雰囲気になっちゃったんだもん!」
頬を叩いて落ち着くと姫麗は言う。
「それにだよ? アッシーだってエッチなお勉強とか恋愛相談乗ってくれてるじゃん? おかげであ~しも周りに処女だってバレずに済んでるし。アッシーとカップルロールプレイ始めてから前よりも株が上がった感あるし。おあいこでしょ?」
「そうかぁ?」
姫麗みたいなイイ女の役に立てるというだけで直樹にとっては役得だ。
お返しという感覚はまるでない。
「納得出来ない?」
「全然な。俺ばっかり得してる気がする」
「あ~しだってそうだけど。納得出来ないって言うなら一つ働いて貰おうかにゃ~?」
猫の真似をすると、姫麗は急にぎこちなくなった。
「……ねぇ、アッシー?」
「……なんだよ」
なんとなく直樹も緊張した。
姫麗はなにかを言おうとして、空気の塊が喉に詰まったみたいに言い淀んだ。
ハフハフと息を荒げると、ようやく言葉を紡ぐ。
「あ、あたしね、デートしてみたい……」
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