第24話 宣戦布告

 翌日、直樹は久しぶりに姫麗と食堂で昼食を共にしていた。


「え? 誰あれ? あんなイケメンうちの学校にいたっけ?」

「居たんじゃない? 知らんけど。てか花房の奴、もう別の男に乗り換えてるし。流石ビッチ」

「まぁ当然じゃない? 芦村だっけ? 冴えない上にヤリチンとかビッチにしか需要ないし。何回かヤったら飽きたんでしょ」

「清水さんもなんかイイ感じの彼氏出来たみたいだし。その上ヤリマン女にも振られてほんと芦村ざまぁって感じだよね。あははははは」

「……それにしてもあの人誰なんだろ。上級生かな?」

「気になるよね。どーせビッチの事だからすぐに飽きるだろうし。次狙っちゃおうかな」

「え~。止めときなよ……。なんかワルそうだし、女殴ってそうじゃん……」

「そこがいいんじゃん!」

「ね~!」


(……すっげー複雑な気分)


 漏れ聞こえるコソコソ話に直樹は渋い顔をした。


 姫麗の大改造が功を奏して、直樹は文字通り別人のような扱いを受けている。


 生まれてこの方一度だってイケメン扱いをされた事のない直樹だから、この状況は正直嬉しい。今日一日、すれ違う生徒がみんな「誰だこのイケメンは!?」という顔で驚くのである。油断すると頬がニヤケてしまいそうだ。


 一方で、姫麗の扱いには納得がいかなかった。


 事情を知らない外野からすれば仕方ないのだろうが、大恩人を悪く言われると素直には喜べない。


 で、当の姫麗と言えばだが。


「……うぇひひひひ」


 ネタツイートが万バズしたような顔でニヤケている。


 大満足のご満悦といった顏である。


「……よく笑ってられるな」

「アッシーにはわかんないかもしんないけど、レイヤーは自分の作品が褒められるとちょ~嬉しいんだよ? 自分のコス褒められるより嬉しいまであるし」


 潜めた声は翼が生えたみたいに浮かれていた。


「……わかんないわけじゃないけど」


 ツイッターに挙げた神プレイ動画が伸びたみたいな感覚なのだろう。


 自分の技術が認められたという点では同じはずだ。


 直樹も何度か経験があるので気持ちは分かる。


「じゃあなにが気に入らないの?」

「……だって。俺ばっかり褒められて姫麗は悪口言われてるんじゃ不公平だろ」


 なんかズルしているみたいでモヤモヤする。


 それでなくとも姫麗が悪口を言われているのは嫌な気分だ。


「そんな事気にしてたの? 平気平気! あ~しはそ~いうの慣れっこだし」


(……なわけねぇだろ)


 他人の気持ちなど分からないが、直樹にはそんな風には思えなかった。


 確かに姫麗はメンタル強者かもしれないが、それでも悪口を言われて何も感じないはずはない。慣れているのと気にならないのはイコールではないはずだ。


 姫麗が平気と言っているのだから、うだうだ言うつもりはないが。


「ありがと。アッシーが怒ってくれるだけであ~しは十分だよ。てか、次はあ~しのターンだし? だからそんな顔しないしない! 折角のイケメンが台無しじゃん?」


 ね? っと姫麗がウィンクする。


 底抜けの可愛さに胸がドキッとした。


 それだけで心のささくれが消し飛ぶほどだ。


「……まぁ、姫麗がそう言うんならいいけど」

「うん。じゃ、そろそろ種明かししよっか?」

「……だな」


 頷くと、直樹はわざとらしく声の音量を上げた。


「それにしても、サンキューな姫麗。俺のイメチェンに付き合わせちまって。お陰で別人扱いだ」


 聞き覚えのある声に食堂の生徒達がガタリと慌てて注目する。


「え。嘘でしょ。あの声って……」

「あれ、芦村なの!?」

「ありえないって!?」

「完全に別人じゃん!?」


 期待通りの反応にニヤつくと、姫麗は咳ばらいをしてハピラキギャルの仮面を被った。


「イケイケギャルの姫麗ちゃんの手にかかればこれくらい楽勝だしぃ? あ~しの彼氏ならこれくらいイケメンじゃないと困るじゃん? て~か伊達に色んな男と寝てないし? アッシーの素材が良いのは最初からわかってたわ~け。まさかここまで変わるとは思ってなかったけど。もう、ちょ~惚れ直しちゃった。好きぴっ!」


 むぎゅっと胸を押し付けるようにして直樹の腕に抱きついてくる。


 直樹の直樹は甘勃起した。


(だから止めろっての!)


 直樹は息子を叱りつけた。


 昨日は姫麗が帰った後ドチャシコしたのだが足りなかったらしい。


 仕方ない。


 姫麗はこの通り身も心も超魅力的な女だ。


 いくら自制をかけても身体は勝手に反応してしまう。


 哀しい男のサガである。


 ともあれ、二人の猿芝居に食堂は騒然とした。


 女子は茫然、男子は「あげまんビッチじゃん!」と羨望の視線を向ける。


 姫麗の株も上がったようで直樹は内心ホッとした。


 この大ニュースを広めようと大勢が携帯を向けて画像を撮る。


 正直言っていい気分だ。


「ね。今どんな気分?」


 ニヤニヤしながら姫麗が尋ねる。


「……まぁ、悪くはないかな」


 照れ隠しにそう言って、ふと直樹は思った。


「……コスプレで画像撮られるのってこんな感じか?」

「興味出た?」


 嬉しそうに姫麗が食いつく。


「……そういうわけじゃないけど」


 全くないと言えば嘘になる。


 恥ずかしくてそんな事は言えないが。


「照れなくてもいいじゃん。男子は貴重だし、アッシーも一緒にやる?」


 色んな考えが直樹の頭を過った。


 もっと姫麗と仲良くなりたい。


 でも、今の立場を利用してそれをするのはズルい気がした。


 姫麗は直樹に同情して良くしてくれているだけで友達ですらないのだ。


 自分なんかがコスプレなんて恐れ多いという気持ちもある。


 姫麗のコスプレ姿を見てみたいという下心もある。


 下心が全くないなんて言ったらそれこそ嘘だ。


 あわよくば本当の彼氏になりたいとすら思う。


 自分なんかには勿体ないという気持ちも。


 沢山の気持ちが渦巻きながら直樹は言った。


「……まぁ、考えとく」

「やった~!」


 姫麗はすっかりその気だったが。


 そして直樹は数日ぶりに至福の時間を味わった。


 本当に楽しくて幸せで、勝手に思いつめて別れようなんて言い出した自分の愚かさを呪った。こんな幸運、二度はない。だからもう、手放してはいけない。少なくとも、姫麗の方からやめようと言い出さない限りは。


 噂を聞きつけたのだろう。


 程なくして、血相を変えた千春が食堂を覗きに来た。


 キャラ崩壊レベルの驚愕顔に直樹は満足した。


 そして直樹は元カノに向かって舌を出し中指をおっ立てた。


 宣戦布告だ。

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