第23話 俺氏、イケメンになる

 直樹は現実と虚構の区別をつけられるオタクである。


 だから冴えないオタクが髪を切って急にイケメンになる展開は大好きだが、そんなのはフィクションの中でだけ許されるご都合主義のファンタジーだと思っていた。


 姫麗のスタイリングが終わるまでは。


「………………これが、俺?」


 唖然として呟く。


 鏡の中では別人のようにチャラついたチョイ悪イケメンがポカンと口を開けている。


「ね! 自信はあったけどまさかここまで化けるなんて……。あ~しの才能とアッシーの資質が怖いっピ……」


 隣で鏡を覗き込む姫麗も我ながら驚いているらしい。


 元々の直樹の髪型は近所の千円カットで切って貰ったもっさりヘアーを半年放置したリアル無造作ヘアーだった。眉毛だってボサボサである。


 そこに姫麗は異次元の改革を行った。


 ジョキンジョキンと大胆にハサミを入れ、バリバリバリっと下半分をバリカンで刈り上げ、ソリソリと剃刀を当てる。


 仕上げに整髪料で整えると、いかにもチャラそうなゆるふわウルフ系刈り上げヘアーの出来上がりである。


 眉毛も存在意義が疑われる程薄くなっている。


「……いや、マジで変わり過ぎだろ。作画崩壊かよ……」

「それを言うなら劇場版って言って欲しいな! それにしてもカッコイイ……。女殴ってそうな所が超萌える……」

「……それ、誉め言葉か?」

「リアルはヤだけどそういう属性は萌えるって話! アッシーならわかるでしょ!?」

「……まぁ、分からんでもないが」


 リアルヤンデレは嫌だがヤンデレ属性は萌えるみたいなものだろう。


「それにしてもこれは……」


 直樹はナルシストキャラが鏡を見る気持ちが分かったような気がした。


 奇妙な喜びが込み上げて口の端が笑いそうになる。


「カッコよすぎ?」

「……そこまでは言わないけど」


 ここで調子に乗ってしまったらそれこそナルシストである。


 これはあくまでも姫麗のテクで化けさせてもらっただけ。


 自分の実力ではないのである。


「言ってよ! アッシーの為に頑張ったんだし! てか、実際めちゃカッコイイじゃん!」


 姫麗は頬を膨らませると、自慢の作品に見惚れるようにうっとりした。


「そう言ってくれるのはありがたいけど、本当の俺は冴えないモブ男だし……」

「アッシーのそういう所、良くないと思う。折角見た目がイケメンになってもそんな考えじゃ台無しだよ!」

「……ごめん」

「責めてるんじゃなくて! イケメンになる技術テクの話!」


 真面目な顔で姫麗が言う。


「イケメンになる技術?」

「そだよ! イケメンは作れるって言ったでしょ? イケメンになりたいんなら心もイケメンになるべし! コスプレするなら心まで飾れ! ってや~つ!」

「銀魂か」

「正解!」


 嬉しそうに姫麗がピッと両指を向ける。


「真面目な話ね? コスプレの再現度を上げるには見た目だけ頑張っても駄目なの。最終的にモノを言うのはここ!」


 ドン! と本人的には胸を叩いたつもりなのだろう。


 実際はたゆんと二つのたわわが揺れた。


「おっぱいか?」


 出かけたボケを直樹は飲み込んだ。


「ハート! つまり心だよ! 気持ちが大事なの! 下衆なキャラなら下衆な気持ち、クールなキャラならクールな気持ち。気持ちを真似れば表情とか姿勢とか眼つきとか雰囲気とかいろんなものが似てくるから! あ~しだって本当はギャルじゃないけどギャルっぽく見えるでしょ?」

「え? ギャルじゃないのか?」

「なわけないじゃん。あ~しだってオタクだよ? 中身は普通に陰キャだし」

「じゃあなんでギャルの真似なんかやってんだよ」

「……それはアレじゃん? 黒歴史と言うか、若気の至りと言うか……」


 モジモジと姫麗が胸元で指を弄る。


「ギャルってなんか強そうだし、イジメられなそうでしょ? 丁度その頃ギャル系ヒロインのラブコメハマってたし。ギャルになったらあ~しもがっこーで上手くやれるかなって……」

「……なるほど」

「……がっかりした?」


 不安そうに姫麗が言う。


 言わなきゃよかった。


 そんな顔だ。


「いや。むしろ尊敬した」

「え。どこに?」

「全部だろ。自分が悪いわけでもないのにイジメられて、普通だったらその時点で諦めて泣き寝入りだ。姫麗みたいに自分を変えようなんて思えないし、思ったって出来るもんじゃない。しかも結果まで出すなんて凄すぎだって」


 直樹は心から姫麗を尊敬していた。


 自分と似たような境遇なのに、姫麗は前向きに逆境を乗り越えている。


 まるで青春ラノベの主人公だ。


「ほ、褒めすぎだから! あ~しの場合はたまたま上手く行っただけだし、色んな人に助けて貰ったから……」


 赤くなって照れると姫麗は話を戻した。


「てか、今はアッシーの話! あ~しにも出来たんだからアッシーにだって出来るよ! 見た目は変わったんだから次は中身! もっと自分に自信もって、イケメンだって胸張るの!」

「そんな事急に言われても……」

「アッシー?」


 ジト目になって姫麗が睨む。


「分かってる。姫麗がここまでしてくれたんだ。ここで頑張らなきゃ男じゃないって……。でも、不安なんだよ。俺なんかがイケメンの振り出来るのかって」

「難しく考えなくていいんだよ。それこそコスプレのつもりでさ、楽しんじゃえばいいんだって。あ~しはそうしてるし。ロールプレイでただのお遊び。でも、遊びは本気でやんなきゃつまんない。でしょ?」

「……確かにな」


 直樹の口元が皮肉っぽくニヤリと笑った。


 直樹はオタクだ。遊びには人一倍真面目に取り組んできた。マルチエンディングは当然全部回収する。恋愛ゲーなら全員落とす。対戦ゲームの勝敗に本気で一喜一憂し、台パンで親に怒られた事は一度や二度ではない。推しのグッズを集める為にバイトし、隣町まで自転車を漕いで一番くじを探す男だ。


 そんな事に本気になってバカみたいだと千春は笑う。


 だが、直樹は思う。


 バカみたいな事に本気になるから楽しいのだ。


 そうでなくとも、姫麗にここまでして貰ってウジウジ言うのはあまりにも情けなさすぎる。


 出来る出来ないはこの際どうでもいい。


 姫麗だってそんな事は言っていない。


 ただ、出来ると思って頑張ってみろと言っているのだ。


 イケメンかどうかなんか関係ない。


 イケメンになったつもりで生きてみろ。


 その結果が吉と出るか凶と出るかは分からないが。


 どっちにしろ、ここでヘタレをかますよりはずっとマシだ。


「ごめん姫麗。勝手に別れるとか言って。俺が間違ってた。そんでありがとう。こんな俺を見捨てないでくれて……」

「と~ぜんじゃん? だってあ~しはアッシーの彼女だし?」


 ブイっと姫麗がダブルピースを掲げる。


 直樹はこみ上げる涙を拭った。


 こんな女が本当に彼女だったらどんなに良いだろうか。


 だが、それは過ぎた願いだろう。


 姫麗が彼女の振りをしてくれているだけでも十分すぎる。


 本当の彼女なんか恐れ多い。


 自分にはあまりにも勿体ない相手だ。


「……だな」


 なんにせよ直樹は決意した。


 もう二度と日和らない。


 姫麗がここまで自分に賭けてくれたのだ。


 ならば自分も全力でそれに応えよう。


「そう、その顔! 気持ちが入って一気にイケメン度がアップしたよ!」


 卓上の三面鏡を掲げて姫麗が言う。


「そ、そうか?」


 嬉しそうな姫麗に直樹は照れた。


「ほら! 気を抜かない! 明日からはニューアッシーでがっこー行くんだから! アッシーがイケメンになったらちはビッチも悔しがるし、あ~しの株も上がるでしょ? その為にも特訓だよ! さぁ言って! 俺はイケメン!」

「お、俺はイケメン……」

「全然ダメ! もっとクズい俺様系のナルシストみたいに!」

「お、俺はイケメン!」

「鏡を見ながら!」

「俺はイケメン!!」

「もっとうっとりして!」

「俺はイケメン!!!」

「いいよいいよカッコいいよ! よ! イケメン! モテ男! 目線下さい!」

「チッ。しょうがねぇな」


 豚を見るような目で前髪をかき上げる。


「ギャー! それいい! もっとやってええええ!」


 カシャカシャカシャ。


 黄色い悲鳴とシャッター音が響き渡る。

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