第19話 優しさという名の弱さ

「ねぇ聞いた? 清水さん、大学生の超カッコイイ彼氏出来たんだって!」

「聞いた聞いた。しかもお金持ちで、高そうな車で学校まで迎えに来てくれるんでしょ? 少女漫画みたいで憧れるよね!」

「浮気されたのは可哀想だけど、あんな冴えないヤリチンのクズ男なら別れて正解だよね。ほんとざまぁって感じ」

「てか花房もバカだよね。芦村なんかのどこがよくって付き合ってるんだか。あんなのと一緒にいても株が下がるだけなのに。まぁ、元々下がる程の株でもないんだけど」

「言えてる~。ちょっと可愛いからってデカい顔してウザいし、このまま芦村と一緒に自滅してくんないかな~」

「それな。てかあの顔もどうせ援交で稼いだ整形っしょ」

「あははははは~」


(黙れよクソ女! 姫麗はそんな奴じゃねぇんだよ!)


 心の中で直樹は叫んだ。


 心の中で叫ぶ事しか出来なかった。


 勇気がないからか?


 そうかもしれない。


 自分の事はいい。


 だが、自分の為に頑張ってくれた姫麗の為に怒るくらいの勇気は見せるべきではないのか?


 その通りだと思う。


 一方で、そんな事をしても嘲笑されるだけだという確信もあった。


 あれから数日、学校では千春の彼氏の話で持ちきりだった。


 千春の流したデマは歪曲されて尾鰭が付き、ヤリチンの直樹が身体目当てで姫麗に乗り換えた事になっている。


 悲劇のヒロインである千春は白馬の王子様に見出されめでたしめでたし。相対的に直樹と姫麗はざまぁされた雰囲気になっていた。


 実際、直樹に対する周りのアタリは厳しい物になっていた。以前のように直接嫌がらせを受ける程にはまだなっていないが、この通り姫麗のいない所では露骨に陰口を言われている。


 あれ以来直樹も落ち込んでいて、弱気なオーラを漂わせているのも原因の一つではあるのだろう。


 嘘でも直樹は姫麗の彼氏だ。


 自分がちゃんとしていないと姫麗にも迷惑がかかる。


 頭では分かっているが気持ちが追いつかない。


 一度やり返して振り切ったつもりになっていたが、千春が浮気相手とイチャイチャしている姿を見せつけられたら自分でも驚く程にショックだった。


 あの日の事がトラウマになっているというのもあるのだろう。


 三年ちょっと付き合った幼馴染だから、千春は直樹の繊細さを知っている。


 知っていて、わざと見せつけるような事をしたのだ。


 仕返しの仕返しという事である。


 何故?


 悪いのはそっちだろ!?


 そんな理屈が通じる相手ではない。


 千春と喧嘩になると、最後はいつも直樹が謝る羽目になった。


 それでいて喧嘩の原因は大抵千春の側にあるのである。


 そんな女となんで三年ちょっとも付き合っていたのか。


 後悔だけが残ればまだ割り切れるのだが、千春にだって可愛い所はあったのだ。


 直樹が謝れば途端に素直になって大泣きする。


 意地を張ってごめんなさい、お願いだから捨てないでと。


 そしてお決まりの仲直りセックスだ。


 それだけで許すのは甘いのかもしれないが、それだけでない色々が三年ちょっとの中にはあった。


 なまじ互いに愛し合っていたから、こんな風に傷ついて落ち込み、拗れる事になっているのだろう。


 このままではいけない事は分かっている。


 ここで引き下がったら自分だけじゃなく姫麗の面子まで潰す事になる。


 だが、ここで引き下がらなければ千春は何度でも直樹に地獄を与えるだろう。


 復讐という行為において、優しさだけが取り柄の直樹が性悪の腹黒女に勝てるとは思えない。


 誰かを殴る時、殴られた相手の痛みを気にするような人間に喧嘩に勝つ事が出来るだろうか?


 直樹はそういう男だった。


『やっぽ~! アッシー元気? 今日は一緒にお昼食べれそう?』


 姫麗からラインが届く。


 あれ以来直樹は姫麗と一緒に昼食を食べていない。


 放課後の性の特別授業も無期限延期だ。


 とてもじゃないがそんな気分にはなれないし、今の自分が一緒にいたら姫麗の株を下げる事になる。


 あれだけ仲良くしていたのに急に別行動を取り出したら色々邪推されるだろうが(というか現にされているが)それでも落ち込んだ顔で隣にいるよりはマイナスは少ないはずだ。


『ごめん』


 たった三文字を送るのが酷く億劫だ。


『謝らないでよ。あんな事されたら落ち込むのは当然だし。あ~しは気にしてないから無理しなくていいんだよ』


『ごめん』


 反射的にそう返しそうになって取り消す。


 代わりになんと返せばいいのか。


『ありがとう』


 そう返すのが正解なのは分かっている。


 だが出来ない。


 姫麗の好意に答える事が出来ないのに上辺だけのお礼なんか言えなかった。


 迷っている間に次のメッセージが届いた。


『放課後暇? エッチな勉強会とか抜きにしてさ、今日は普通に遊ばない? カラオケでもゲームでもなんでもいいけど。パーッと遊んだらちょっとはスッキリするんじゃない?』


 姫麗の優しさに涙が込み上げ、直樹は慌てて顔を覆った。


(……良い奴過ぎるだろ本当……)


 こんな奴が学校一のヤリマンビッチなんて呼ばれている現状が悔しくて仕方がない。


 一方で血も涙のない大嘘付きの千春が悲劇のヒロイン扱いで持てはやされている。


 この世に神はいないのか?


(……って、なに神様のせいにしてんだよ俺は……)


 神でも仏でも誰でもなく、これは自分の事なのだ。


 だから自分がなんとかしなくてはいけない。


 この状況をどうするべきか。


 悩んだ末に直樹は決断した。


『ごめん姫麗。別れよう』

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