第20話 鬱展開を許さないヒロイン

 姫麗からの返信はなかった。


 多分呆れて見捨てられたのだろう。


 散々助けてやったのにこの程度の事で音をあげるよう意気地なし、幻滅して当然である。


 心残りがないわけではない。


 むしろ心残りしかない。


 千春にやられっぱなしで引き下がるのは死ぬほど悔しい。


 姫麗にも恩を返せていない。


 だが仕方ない。


 結局自分はその程度の男なのだ。


 だから千春にも見限られた。


 元を正せばそういう話なのだ。


 そもそも千春は自分にはもったいない美少女で、千春はもっと相応しいイイ男に乗り換えたと言うだけの話である。


 やり方には問題があったが、直樹に千春を繋ぎとめるだけの甲斐性があればこんな事にはならなかったはずだ。


 今更じたばた足掻いても見苦しいだけ。


 そこに無関係の姫麗を巻き込むのも間違っていた。


 負け犬は負け犬らしく一人で勝手に苦しんでいればいい。


(……そうさ。俺が黙っていれば全部丸く収まるんだ……)


 千春だって鬼ではない。


 直樹が引き下がれば死にウマに鞭を打つような真似はしないだろう。


 なんでもいい。


 もう疲れた。


 考える事を放棄した途端陰口はただの雑音に変わった。


 足元を見ていれば他人の視線も気にならない。


 嫌がらせを受けたって心を閉じてしまえばなんて事ない。


 ……そんなわけはないのだが。


 姫麗に迷惑をかけた罰だと思えば耐えられる。


 世界は再び無感情の灰色に覆われた。


 無意味な時間が過ぎて放課後になる。


 嘲笑をBGMに帰路につく。


「ただいま」


 誰もいない家に直樹の声がこだまする。


 鍵を掛けようと振り返ると目の前に姫麗が立っていた。


「ばぁ!」

「うわぁ!?」


 驚いて尻餅を着く。


「姫麗……? なんでお前が……」

「ずっと後ろ付けてたんだよ? 普通に気付けし」


 呆れた顔で姫麗が笑う。


 天使のような笑みに直樹は涙を堪えた。


 もしここで泣いてしまったらまた姫麗に迷惑をかける事になる。


「俺達、終わったはずだろ……」

「な~に一人で思いつめてんの? あ~し達、まだ始まってすらないんだよ?」

「もういいだろ……。俺じゃ千春に勝てないんだ……。これ以上俺なんかと付き合ってたら姫麗まで酷い目に遭う……。情けない男だって俺を捨てたことにすればそっちの面子は――うわぁっ!?」


 姫麗が直樹の胸倉を掴んだ。


 今まで見せた事のない怒り顔で凄まれる。


「あ~しの彼氏を悪く言わないで」

「で、でも――」

「でもはなし! アッシーはなんかじゃない! 優しくて楽しくて可愛げのあるちょ~イイ男だよ! 一緒にいて、あ~しはずっと楽しかったもん! ていうか、アッシーは一つも悪くないじゃん!」

「そうだけど……」

「言い訳禁止! あ~しだってバカにされてムカついてんだから! 勝手に終わりにしないでよ!」

「けど……」


 ジロリと睨まれ直樹は慌てて口を塞いだ。


「………………相手はイケメンの金持ちだ。どう考えても俺じゃ勝ち目ないだろ……」 


 もごもご言うと、姫麗は呆れ顏で溜息をつく。


「まぁ、今のままじゃそうかもね」

「……だろ?」


 しょぼくれた直樹を睨んで黙らせると姫麗は言った。


「なら変わればいいじゃん。ちはビッチが後悔するくらいのイイ男になって見返してやればいいだよ! あぁ! なんであたしはあんなイイ男を裏切っちゃったんだろって!」

「そんなの――」

「無理じゃない! あ〜しがアッシーをイケメンにしてあげるもん!」


 ビシッと鼻先に指を向けられて、直樹は首を傾げた。


「……なんだって?」

「内緒にしてたけど、実はあ~しレイヤーなんだ」


 そう言って姫麗は鞄から美容師みたいなハサミを取り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る