第18話 仕返し

 そういう訳で二人で廊下を歩いている。


 姫麗は宝物のぬいぐるみを抱くみたいに直樹の腕に両手を絡めている。


「で、今日はどうすんだ? いつものプレイか?」


 今のは隠語でエロ動画勉強会の事である。


「それもいいけど、今日はちょっと大人のオモチャ使ってみたいな~って」


 モジモジしながら姫麗が言う。


 期待するような上目遣いが煽情的だ。


 もちろん今のも隠語である。


 大人のオモチャはゲームの事だ。


 仮面ビッチがバレない為に、二人は日常会話にも気を配っている。


 以降はルビで解説しよう。


「……別に良いけど、お前も好きだな」

「えへへ~。だってあ~しビッチオタクだし? エッチな事オタクな遊びだ~い好きなんだもん!」


 無邪気な笑顔に周囲の生徒がドン引きする。


 本当は一緒にゲームをしたいだけだと知っている直樹としては微笑ましくすらあった。


 姫麗はオタクである。


 それだけなら珍しくない。


 今時漫画やアニメ、ゲーム類に全く触れない子供なんかそうそういないだろう。


 ちなみに千春は数少ない例外だった。


 貧乏だったのでその手のコンテンツに触れる機会が少なかったのだ。


 それで友達の輪に入れない事が多く、オタクコンテンツ全般を毛嫌いしている。


 直樹が誘っても効果はなし。


 直観的にオタクコンテンツは金がかかると理解していて、ハマる事を恐れていたのかもしれない。


 それより千春は周りに自慢できるインスタ映えしそうな行為を好んでいた。


 生憎直樹には理解が難しかったが。


 話を姫麗に戻そう。


 姫麗はヤリマンビッチであると同時にイケてるギャルである。


 これも自衛の為なのだが、トップカーストを保つ為に色々気を遣っているらしい。


 ちょっとくらいのオタクならいいが、ちょっとじゃないレベルのオタクだから困っている。


 ゲームは勿論、漫画アニメラノベは大大大好き。アニメ化する前から知っているのは当然で、むしろあの作品がついにアニメ化! とテンション爆上げする側である。


 ゲーム機だって複数揃えていて人気の有名タイトルからPCのみのマイナーなインディーズ物まで幅広く手を出している。


 Vチューバーも大好きで、家ではアニメを見ながらゲームをして裏ではVの配信も流すなんて器用な事をしている。


『それ、すっげーわかる! Vに手を出すと時間がいくらあっても足りねぇよな!』

『ね! ね! 最近はストリーマー系のコラボも多いし! コラボの度に推しが増えてマジ大変!』


 直樹も同じレベルのオタクなので、姫麗とはめちゃくちゃ話が合った。


 実の所、エッチな勉強会をする時間よりもオタク談義をしながらゲームをしている時間の方が長いくらいである。


 姫麗としてはオタクを隠さずに同じレベルで話が出来て遊び相手にもなってくれる直樹は貴重な存在らしい。


 やりたいけど出来なかった多人数プレイのゲームが沢山あるという。


 そんなわけで姫麗は直樹の家に入り浸るようになっていた。


 普通なら女子が男子の家に頻繁に遊びに行っていたらヤリマンだのビッチだのと後ろ指を指されるが、こちらはむしろ好都合である。


 玄関を出て暫く歩くと、急に直樹が立ち止まった。


「……? どったのアッシー?」


 不思議そうに姫麗が聞く。


 直樹は答えられなかった。


 息が出来ない。


 肺と心臓をまとめて鷲掴みにされた気分だ。


 血管が逆流したみたいに眩暈がする。


「アッシー? ねぇ、大丈夫?」


 異変を感じた姫麗の呼び掛けも直樹の耳には届かない。


 直樹の視線は校門の前に釘付けになっていた。


 そこにはいた。


 あいつが。


 忘れもしない、忘れる事なんか出来るはずもない、千春を寝取った金持ち風の大学生だ。


「本当どーしたの? あいつがどうかしたの?」


 聞きたいのこっちの方だった。


 なんであいつがこんな所に。


 直樹は訳が分からなかった。


 洒落た格好をしたイケメン野郎は路肩にとめた高級車の横に立っていた。


 スマホを眺めながらスタバのコーヒーを飲んでいる。


 悔しいが、ドラマに出て来る俳優みたいにカッコイイ。


 ふと男がなにかに気づき、こちらを向いて手を振った。


 狭まった視界の端に見慣れた黒髪の美少女が現れる。


「やっほ~千春ちゃん。お務めご苦労様」

「金城さん。お待たせしましたぁ」


 爽やかに笑うイケメン野郎金城に、千春は甘い声を出して腕を絡めた。


「……もしかしてあいつ、ちはビッチの浮気相手?」


 姫麗も気付いたらしい。


 生憎直樹の世界には、自分と浮気女と浮気相手の三人しか存在しない。


「でもよかったの? 学校に迎えに来ちゃって」

「なんか最近変な男子に粘着されてて。ちゃんと素敵な彼氏がいますって伝えておいた方がいいのかなって」

「あらら。千春ちゃんは可愛いからね。気を付けないと大変だ」


 肩をすくめると、不意に金城は直樹の視線に気づいた。


「なんかすごい顔で見てる奴がいるけど。もしかしてあいつがそう?」


 顔をしかめると、金城が千春を守るように肩を抱いた。


「いいえ。あんな人、全然知りません。金城さんがかっこいいから嫉妬してるだけじゃないですか?」

「それを言うなら千春ちゃんが可愛すぎるからでしょ? それにしてもあいつ、あんなエロい彼女がいるのに別の女に色目を使うなんて……。イテテテ! ごめん千春ちゃん! 抓らないでよ! もちろん君が一番だから!」

「……他の女によそ見したら、泣いちゃいますから……」

「と、当然だろ? 僕はそんな軽薄な男じゃないから!」


 メンヘラオーラを出す千春に焦ると、金城が助手席のドアを開いた。


 千春を座らせると金城が運転席に乗り込む。


 千春は一瞬直樹の方を向き、氷のような表情をした。


 そして金城の方を向き、見せつけるように唇を重ねた。


 再び千春がこちらを向き、絶望する直樹を嘲笑う様に鼻で笑った。


 他の人間には分からないような微かな動きだったが、直樹には分った。


 二人を乗せた高級車が発進する。


 どこに行くのかなんて考えたくもない。


「――シー! ねぇ、アッシー! しっかりしてってば!?」


 ようやく直樹は姫麗の呼び声に気づいた。


 頬を流れる涙と込み上げる吐き気にも。


「……ごめん」


 それだけ言って直樹は走り出した。


 なにがごめんなのか自分でもわからない。


 とにかく走りたかった。


 そして一人で家に閉じ籠り、核爆弾のボタンを押してなにもかもを消し去りたい気分だ。

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