第12話 百人斬りセックスマスター

 騒がしかった教室が不気味な程に静まり返る。


 姫麗はメガトン級の胸を支えるように腕を組み、一組の面々に湿度の高い視線を向けた。


「……ふ~ん。あ~しの男に手ぇ出すとか、いい度胸じゃん」

「「「あ~しの……」」」

「「「男ぉおおおお!?」」」


 一組の面々が叫んだ。


「は、花房さん!?」


 突然のカミングアウトに直樹は慌てた。


「ちょっとアッシー。姫麗でいいって言ってんじゃん! あ~しら付き合ってるし、エッチだってしたんだよ?」


 脇腹を肘で小突くと姫麗が腕を絡めてくる。


(いきなりすぎるだろ!?)


 付き合うふりをするとは言った。

 覚悟だってしたつもりである。

 それでも直樹の頭は真っ白になった。

 分かるのは腕に当たる巨大なペェの弾力だけだ。


 姫麗の腕が痛いくらいに直樹の腕を抱きしめていた。

 黒目がちの大きな瞳はなにかを訴えるように真剣だ。


「頑張れアッシー! ビッチに復讐するんでしょ!」


 蕾のような唇が声もなく囁いた。


 それで直樹は冷静さを取り戻した。


 無関係の姫麗がここまで身体を張ってくれたのだ。


 バカみたいに呆けている場合ではない。


 ありったけの演技力を掻き集めると、直樹は余裕の笑みでニヤリと笑った。


「あぁ。昨日のエッチは最高だったな。千春とは大違いだ」

「と~ぜんじゃん? あ~しを誰だと思ってるわ~け? 百人斬りセックスマスターの姫麗ちゃんじゃん? あんな外面だけの腹黒マグロ女と一緒にしないで欲しいんだけど?」


 姫麗のアドリブに思わず吹き出しそうになる。


 腹黒はその通りだが、千春はマグロとは程遠い人間杭打ち機パイルバンカーだ。


「目には目を! ちはビッチが好き勝手言ってるんだからこっちもある事ない事言ってやればいいんだよ!」


 姫麗が囁く。

 既に戦いは始まっているという事なのだろう。


「……だな。あの女人前じゃ清楚ぶってるけど裏じゃクソ程性格悪いし。別れ話きりだしたらわけわかんねぇデマ流しやがるし、姫麗に乗り換えて正解だったぜ」


 ダメ元で直樹は言ってみた。


 千春が浮気をしたなんて話を信じる奴はいないだろう。


 だが、直樹に振られた腹いせにデマを流したという話ならワンチャンあるかもしれない。


 姫麗も気に入ってくれたようで、「いいじゃんアッシーその調子!」と片目を瞑る。


「あ~しだって! アッシーエッチ超上手いし~? 他の男と違って超優しいし~? エッチ以外も超楽しいし~? こんなイイ男彼氏に出来て超ハピラキ~って感じ~?」


 指を折って数えると、姫麗は愛しそうに直樹の腕に頬ずりをする。


 演技なのは分かっていたが悪い気分はしなかった。


 むしろ超いい気分だ。


 クラスメイトの唖然としたマヌケ面も最高である。


「う、嘘でしょ……」

「信じられねぇ……」

「本物のヤリチン野郎じゃねぇか……」


 昨日姫麗はヤリマンビッチの振りをしたらみんなビビって一目置かれるようになったと言っていた。


 あの時はそんな馬鹿なと思ったが、どうやら事実らしい。


 姫麗と付き合っていると知った途端、クラスメイトの直樹を見る目は一変した。


 まるで伝説の聖剣に選ばれた勇者を見るような目である。


 そこに姫麗が追い打ちをかける。


「でぇ~。そんな最高の彼ピッピにつまんね~嫌がらせしたクソ雑魚ナメクジはどこのどいつだぁ~?」


 二オクターブは下がった声で一組の面々を睥睨する。


 クラスメイト達は身の潔白を証明するように慌てて首を振ったり俯いたり、とにかくビビり散らかしていた。


 直樹が思っていた以上に姫麗は恐れられる存在らしい。


 姫麗は瞳孔ガン開きのヤンデレフェイスで一人一人目を合わせるように一組の生徒の顔色を確認していく。


「……な~る。お前か」


 俯いて震えていた女子がギクリと肩を震わせる。


 姫麗が目を付けたのは一組の女子のボス猿的存在だ。


 直樹もなんとなくそうだろうなと思っていたが、証明するような証拠はない。


 俯いたまま聞こえないふりを決め込むボス猿に姫麗がクイクイと指を曲げる。


「スタンダッププリ~ズ?」

「ち、違うって! あたしじゃないから!」

「じゃあ誰なわけ?」

「そ、それは……知らないけど……」

「なわけないじゃん」


 バッサリ斬り捨てると姫麗はつかつかとボス猿の所に歩いて行った。

 髪の毛を鷲掴みにして尋ねる。


「あ~しの事舐めてるの?」

「ひぃ!? ……うぅ、だ、だっでぇ! はだぶざざんのがれぢだっでぢらながっだんらもん!」


 ボス猿が泣き出した。


 仲間を庇うようなタイプではないので自白したも同じである。


「はぁ? あ~しの彼氏じゃなかったらイジメてもいいって? なわけね~だろブス! つまんね~言い訳してんじゃねぇぞゴラァ!」


 姫麗がゴツンと拳骨を見舞い、ボス猿が子供みたいに大泣きする。


「泣いても許されねぇから。とっとと直せよ。ハリーハリーハリー!」

「うわぁあああああん! ごめんなざあああああい!」


 急かすように姫麗が手を叩く。

 ボス猿は泣きじゃくりながら机を元の位置に戻した。


(………………え? こいつ、超怖くね?)


 正直直樹はドン引きだった。


 この女、怖スギィ!


 そりゃトップカーストのギャル軍団の親玉にもなる。


 間違った事はしていないし、良い奴ではあるのだろうが、それはそれとして怖すぎである。


「ギャン泣きするくらいなら最初からやんなっつーの。そーゆーわけだからぽまえら。アッシーに手ぇ出したらあ~しが許さないし? 下駄箱の落書きした奴は帰りまでに消しとくよーに。おーけー?」


 直樹を含めて一組の面々は声を奪われたように黙っていた。


「おーけーかって聞いてんだけど!」

「「「オーケーです!」」」


 直樹以外の全員が叫んだ。

 ボス猿以外にも何人か泣いている。


「わかればいいのだ」


 ニッコリと緩い笑みを浮かべると、「よろぴく~」と姫麗が手を振る。


 そしてこちらに視線を戻し。


「って事だからアッシー。お昼は一緒にたべよ~ね~」


 ダブルピースに小首を傾げ、悪魔的に可愛い笑顔で姫麗は言う。


「……おう」


 やっぱ夢見てるんじゃないのか?


 いまだに直樹はそんな気がした。

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