第10話 復讐なんて何も生まない
「……なんて夢を見てたんじゃないのか?」
現実感がなさ過ぎて、翌朝直樹は呟いた。
だって浮気した彼女に誰とでも寝るヤリチン男と噂され社会的地位がマイナスに振り切ったところに学校一のヤリマンビッチが「ヤラないか?(意訳)」と声をかけて来ただけでなく実はそいつは男性経験ゼロのオタクに優しい口だけ処女ビッチで可哀想な直樹に同情して仕返しに手を貸す為に付き合っているふりをしてくれると言うのである。
気分はまさに
千春を寝取られたショックで破壊された脳が見た哀しい幻想だったとしてもおかしくはない。
「……いや、でも、ちゃんと花房さんの連絡先登録されてんだよなぁ……」
ラインにはバッチリ姫麗が登録されている。
ゴミ箱の中にだって、姫麗が帰った後にシコり散らかした青臭いシコティッシュが白薔薇のように丸まっている。
つまりこれは紛う事なき現実なのである。
「……てか、付き合ったふりするって具体的になにをどうするんだ?」
勢いで始めたドキ! 二人だけのエロ動画鑑賞会! 解説もあるよ! に熱中しすぎてその辺の所を全く詰めずに解散してしまった。
果たして姫麗はどこまで本気なのか。
その場のテンションで生きてそうな生き物だったし、一日経ったら忘れていてもおかしくない。
「……まぁ、別に期待はしてないけど」
姫麗に性の特別授業を施してやるのは別に良いが、その対価が付き合っているふりというのは大きすぎる。なんと言っても相手はヤリたい女ランキング一位の超イイ女だ。
直樹としては悩みを聞いて貰い、大きなペェで泣かせてくれただけでも十分といった気持ちである。
だから姫麗が「やっぱごめん! 昨日のナシ!」と言って来ても素直に受け入れるつもりだし、その方向で覚悟していたのだが。
『おっは~! アッシー起きてる~?』
そんなラインがいきなり届いた。
「……マジか」
思わず呟きどうしたもんかと画面を眺める。
『へいへいへい! 起きてるのは分かってるし! 既読無視すんなし!』
程なくしてそんなメッセージと共に頬を膨らませた怒り顔のドアップ画像が送られてくる。上からの自撮りは子供っぽいパジャマ姿だった。はだけた胸元からは子供らしさの欠片もないペェが覗いている。
直樹の直樹はガッチガチに硬くなっていた。
朝勃ちである。だがそれだけだろうか? 真相は闇の中である。
『……朝っぱらから何事だよ』
むず痒い相棒を軽く揉みながら直樹は返した。
『なにとかないけど。しいて言うなら愛のモーニングコール的な?』
『……意味不明なんだが』
『ノックしてもしも~し? 昨日の話忘れちゃった? ふりでもあ~しとアッシーは付き合ってるわ~け。ラブラブなカップルの朝はラブたっぷりの甘々モーニングラインから始まるって相場が決まってるじゃん』
『どこの相場だよ』
姫麗がバカな事を言う前に直樹は『答えんでいい』と打った。
『俺が言いたいのはそういう事じゃなくてだな……』
『わかってるって! で~もさ? 敵を騙すにはまず味方からって言うじゃん? この場合は自分達っしょ? ゴッドは細部に宿るって言うし。見えない所でもちゃんと付き合ってるロールプレイしとかないといざって時にボロ出そうじゃん?』
『……まぁ、そうだけど』
言いたい事は分かる。
この先本気で姫麗を悔しがらせたいのなら、これくらい徹底しないとダメという事なのだろう。半端な演技をして作戦がバレたらお互いにダメージを負うわけだし。
だとしてもだ。
『……本気でやるのか?』
『今更!? あ~しは昨日の時点で本気だったじゃん!』
『そうだけど……。一日経って後悔とかしてないかと思って……』
『花房姫麗に二言な~し! アッシーこそ男の癖にウジウジすんなし! やるならやるで覚悟決めてとことんやるの! アッシーがそんなんじゃ一人で張り切ってるあ~しがバカみたいじゃん!』
『……だな。悪かった』
『謝罪はノーセンキュー! ヤルかヤラないか! どっちなんだい!』
即答は出来なかった。
間違いなくここが分水嶺だ。
ヤルと答えてしまえばもう後戻りは出来ない。
姫麗がなにをする気か知らないが、直樹は表向き学校一のヤリマンビッチの彼氏になる。
これ以上底がないと思っていた地獄の釜の底が抜け、誰とでも寝る男を超える汚名を被る事になるだろう。
それで千春を悔しがらせる事が出来たらまだ得るものもあるが、出来なかったらだのアホだ。千春にとって自分は本当に無価値でどうでもいい存在だったのだという事が証明され、コテンパンに打ちのめされるだろう。
一方で、このまま黙って泣き寝入りを決め込んでいればいつかは全てが風化する。一か月後か三か月後か半年か分からないが。流石に一年という事はないだろう。
騒いでいる連中だって燃えるような燃料がなければ興味が続く事はないはずだ。
だが、姫麗と付き合った振りをすれば? 大炎上間違いなしだ。
姫麗は平気だと言っているが、直樹にはそうは思えないし、どうなるかなんて想像もつかない。
復讐なんか何も生まない。
むしろあんな腹黒ビッチ別れられてラッキーだったまである。
千春の事は綺麗さっぱり忘れて新しい恋を探した方が賢明なのではないだろうか?
(……あぁ。間違いなく、きっとその方が賢いんだろう)
素直に認めて、直樹は『ヤル』と返した。
『むしろ俺からお願いするぜ。俺の彼女になって、千春をギャフンと言わせる手伝いをしてくれ!』
復讐なんか何も生まない。
あらゆる漫画、アニメ、ラノベ、その他色々で耳にタコが出来る程言われてきた言葉だ。
直樹だってそう思っていた。
少し前までは。
だが、自分が当事者になったらどうだ?
そんな綺麗ごとはビッチの中古穴に詰め込んでTNTで吹っ飛ばしてやれ!
姫麗に励まされて元気が戻ってきた今、直樹の中にあるのは怒りと哀しさと屈辱とやるせなさとふざけんなてめぇ人が優しくしてやりゃつけ上がりやがって三年ちょっと付き合った幼馴染の俺に対して浮気するだけならまだしもデマ流して後ろから刺すとかどういう神経してやがんだ! という想いだった。
ここで泣き寝入りを決め込んだら自分は一生負け犬で、一生その事を後悔して、なんであの時日和っちまったんだ! と自分自身すらも嫌いになって、別の誰かに恋する時も一々千春の顔が横切って新しい一歩なんか永遠に踏み出す事は出来ないだろう。
(……そうさ。復讐は何も生まないなんて嘘っぱちだ! 復讐だけが未来を与えてくれるんだ! 千春とのいざこざに納得のいくケリを付けない事には、俺はここから一歩だって進めない。こうしてる今だって、俺は千春に裏切られ続けてるんだからな!)
時は偉大だ。
生きてさえいればどんな傷でも癒してくれる。
だが、その傷口に刃物が突き立ったままなら?
そしてその刃物が、ぐりぐりと傷を抉り続けているとしたら?
その傷は治ることなく、どす黒い血を流し続けるだけだ。
復讐とは、心に突き立った刃物を引き抜く為に必要な儀式なのだろう。
『それを聞きたかった』
某無免許医師のスタンプで姫麗が返した。
『というわけで、アッシーのちょっとエッチな自撮りぷり~ず』
これもロールプレイの一環なのだろう。
腹を括った直樹は姿見の前でパンイチになっている画像を送った。
『ちょ!? エッチ過ぎ!!!! ライン考えて!!!!』
怒られた。
もっこりしすぎているのがダメだったらしい。
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