第8話 πの中心で愛を悟った獣
自分の事のように怒り狂う姫麗を見て、直樹の中で何かが砕けた。
「……信じてくれるのか?」
ポロポロと両の眼から熱い物が流れ落ちる。
「だってそんな嘘つく理由ないじゃん!」
「……そんなのわかんないだろ。千春は清楚な人気者で、俺はこの通り冴えないモブ男なんだぜ……」
「あ~しには分かるし! だって芦村、あ~しの事抱かなかったじゃん! 学校一のヤリマンビッチのエロエロ美少女が抱いてって言ってるのにだよ!? そんなヤリチンいるわけないもん!」
「う、ぐふ、うぐ、うぉぉおおおおおん!」
止まっていた時が動き出したように、あるいはダムが決壊するように、直樹は漢泣きに泣きまくった。
「お~よしよし。辛かったねぇ、悔しかったねぇ。姫麗ちゃんはアッシーの味方だよ~」
気が付けば直樹は姫麗の巨大な母性の間に挟まれていた。
普通ならエッチスケベ変態とぶっ飛ばされてもおかしくないのに、姫麗は嫌な顔一つ見せず一緒になってぐすぐすと鼻を鳴らしながら直樹の頭を撫でている。
姫麗の胸の間で泣くのは気持ちよかった。
性的な快楽ではない。
おっぱいの間に挟まれているにも関わらず!
それこそ姫麗の掲げる真実のラブに似た何か。
性欲とは無関係な地平の先で直樹は無上の安らぎを得ていた。
涙と共に今まで溜め込んできたどす黒い感情が流れ落ちていく気さえする。
泣きたいだけ泣くと直樹は冷静さを取り戻した。
「……わりぃ。いきなり変な事して……」
「い~のい~の。あ〜しのおっぱいは泣いてる人の涙を受け止める為にあるんだって今思いついたし!」
無邪気なダブルピースで姫麗が笑いかける。
「……はっ。適当な奴」
「でも実際、あ~し結構こーいうの慣れてるんだよ? 相手はみんな女の子だったけど」
昔の話で孤立している女子を助けているとか言っていた。
ヤリマンビッチではなくとも、トップカーストのギャル軍団の頭を張るだけの器はあるという事なのだろう。
「……そうか」
「そ~だよ? てかあ~しの方こそいきなり変な事言って迷惑かけちゃったし。これでおあいこって事で! ね?」
「……ぉう」
姫麗の優しさにまたしても目頭が熱くなる。
女なんかみんな自己中の淫売のクズだと思っていたがとんでもない。
中には姫麗のように天使みたいな女もいるのである。
それだけでも直樹は救われた気分だった。
「それで提案なんだけどさ。あ~しと芦村付き合ってる事にしない?」
「………………なんだって?」
突然の提案に耳を疑う。
「だって芦村可哀想じゃん! 彼女に浮気されて濡れ衣着せられて学校でも居場所なくなっちゃって! ほっといたらあ~しまで気分悪いし!」
「……いや、同情してくれるのはありがたいんだが。どうしてそれで花房さんと付き合うふりをする事になるんだ?」
「急にさん付けとかキモいから。姫麗でい~よ」
「でも――」
「い~から! あ~しらもう友達っしょ? 変な遠慮はなし!」
友達になった覚えはないが遠慮が生まれたのは本当だった。
千春と同じヤリマンビッチだと思ってぞんざいに扱っていたが、蓋を開けたら身も心も清らかな本物の清楚である。
そりゃ思わず苗字でさん付けにもなるというものだ。
「花房さんがそれでいいなら……」
「い~ってば。あ~しも芦村の事はアッシーって呼ぶし」
それはなんかパシリっぽくて嫌な気もするが。
姫麗に愛称で呼ばれるのなら悪い気はしない。
「で! 話し戻すけど。ちはビッチのせいでアッシーの評判地の底じゃん? みんな陰口言ってるし、嫌がらせしてやろうみたいな話も聞くし」
「……まぁな」
姫麗の言う通り学校での直樹の立場は最悪だった。
机に落書きされたり、靴や教科書を隠されたり、すれ違いざまに足を引っかけられたり、散々である。
「あ〜しの彼氏って事にしちゃえばその辺のざ~こは手ぇ出せないし? ちはビッチもアッシーが自分よりイイ女と付き合ってるって知ったら悔しがると思わない?」
「……どうかな。あいつ、もう俺なんか眼中にないだろうし……」
だからこそこんな鬼のような所業が出来たのだろうし。
「ノンノンノノノン! アッシーに興味なくても自分には興味あるっしょ? 話聞いてる感じ、ちはビッチプライド高そうだし。ラブラブなとこ見せつけたら効果あると思うんだよなぁ~」
「……そうかもしれないけど」
姫麗の言う通りな気もする。千春はあれで中々負けず嫌いな女なのだ。今になって思えば、同じ美少女として姫麗をライバル視する発言をしていたような気がしないでもない。
「アッシーはどうなの? やられっぱなしで悔しくない? 復讐したいって思わない?」
直樹は黙った。
真面目に考えているのだ。
「……悔しい気持ちはある。めちゃくちゃに。……でも、復讐したいかって言われると……」
わからない。
そんな直樹の本心を探るように、姫麗がまっすぐ見つめてくる。
「まだちはビッチの事好き?」
「……わかんねぇ。あいつの事、考えたくもない」
綺麗さっぱり忘れたい。
それが今の気持ちだろう。
「そっか。でも、あ~しは少しくらいやり返してやった方がいいと思う。じゃないと何年かして思い出した時すっごい悔しい気持ちになって後悔すると思うから。あぁ! もう! なんであの時の自分は泣き寝入りしちゃったんだろう! って!」
そういう経験があったのだろう。
姫麗の言葉は妙に心に響いた。
「別に復讐って言ってもそんな酷い事するわけじゃないし。あ~しとラブラブなとこ見せつけるくらいならよくなくなくない?」
それも一理ある。
エッチな話の時はポンコツでしかなかったのに、今の姫麗は別人みたいに頼もしく見えた。
「……悪くない話だとは思う。てか、良すぎるくらいだ。姫麗にメリットがない所を除けばな」
胸を貸して泣かせてくれただけでも直樹としては十分だ。
それ以上の優しさは大きすぎて借りを返せない。
「メリットならあるじゃん! アッシーが彼氏役やってくれたらあ~しがビッチなのも説得力出るし! あ~しがエッチな相談受けて困った時はアッシー頼れるし! これぞまさにWIN=WIN!」
そう言って姫麗はウィンウィンと下手くそなロボットダンスを踊る。
「……お互いに利のある対等な契約ってわけか」
「そゆこと~」
姫麗は人を食ったような笑みで裏ピースを掲げた。
どう考えても直樹の方が得が多いように思えるが。
直樹は姫麗の好意に甘える事にした。
「その話、乗ったぜ」
「二人乗りって事で」
ガシッと握手を交わす。
「それで早速聞きたいんだけど。ぶっちゃけエッチってどんな感じ?」
「俺も質問なんだが、エロ動画見た事あるか?」
姫麗の目が点になり、顔を真っ赤にして俯いた。
「……ないでしゅ」
「だと思った。俺の秘蔵を見せてやるよ」
「持ってるの!?」
「男子はみんな持ってるだろ」
「いけないんだ~! 十八禁だよ!」
「18過ぎるまでそういうのに触れない方がよっぽど問題だろ」
「たしかにぃ~?」
姫麗が両手のピースをちょきちょきする。
そういうわけで二人で並んでAVを見た。
「……あ、アッシー!? これはちょっと、エッチ過ぎない!?」
「この程度でビビってたらヤリマンなんか名乗れないぞ」
「そ、そうだけど……。って、ふぁぁああ!? あの女の人おちんちん食べてる!?」
「あれがフェラチオ、通称フェラだ。テストに出るぞ」
「ふぇぇ……」
姫麗が帰った後めちゃくちゃシコったのは言うまでもない。
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