第3話 地獄にビッチ
あれからどれ程経っただろう。
直樹には分からない。
尊厳と脳ミソを同時に破壊され、直樹は時間感覚を失ってしまった。
一億年と二千年経ったような気がするし、いまだに三組の女子に囲まれてボコられているような気もする。
永遠の中で同じ一日を繰り返しているような気もすれば、まだあの一日が終わっていないだけのようにも思える。
実際は一週間が経っていた。
長かったような気もするし、一瞬だったような気もする。
なんにせよ、直樹は社会的に死に、多くの女子と一部の男子から軽蔑の眼差しを向けられている。中には直樹の噂を武勇と捉えて声をかけてくるバカもいたが、相手をする気力はなかった。
ただただ流れゆく時間の中を亡霊のように過ごすだけである。
朝起きて学校に行き勉強をして家に帰る。
ただそれだけの繰り返しだ。
仕方がない。
愛し合っていると思っていた相手に裏切られ、謝罪の一つもなく、その上さらに裏切られ、濡れ衣まで着せられたのだ。
もう恋なんかしない。
女なんか信じない。
俺は一生独りでいい。
そう考えたとしても責められまい。
不思議な事に怒りはなかった。
怒る気力もない。
生きるだけで精一杯。
それくらいコテンパンに参っている。
いずれは時間という万能薬が傷を癒し、怒る元気も湧いてくるかもしれないが、それは当分先の事だろう。
そういうわけで学校が終わり、直樹はとぼとぼと帰路についていた。
ふとした時に以前はこの道を千春と手を繋いで歩いていた事もあるんだなぁなどと思い出したくもない事を思いだして泣きそうになる。
愛を失った悲しみなのか、愛に裏切られた悔しさなのか、もはや判別もつかない。
思考を捨て、なにも考えないようにする事だけが今の直樹に出来る精一杯の行動だった。
他人の視線が疎ましく、直樹はずっと下を向いて歩いていた。
狭い視界の中に、ふと紺色のハイソックスを履いた艶めかしい程に白い生足が映った。
顔を上げると、以前の直樹なら息を呑んで瞬きをしキョドりまくって視線を逸らすようなエロ可愛い金髪巨乳の白ギャルが立っていた。
「あんたが誰とでも寝るって噂の芦村直樹?」
人をバカにしたようなサイズの胸を張り、人をバカにしたような笑みを浮かべるのは、学校一のヤリマンビッチと噂される
灰色の世界に色がつく。
火薬が燃えるような焦げ臭い炎の色。
どうやら時の特効薬が効き始め、少しだけ感情を取り戻したらしい。
怒りだ。
女に対する怒り。
人間に対する怒り。
無神経な無作法に対する怒り。
八つ当たりのような怒り。
なんでもいいが直樹は腹が立った。
「……だったらどうだってんだよ」
ムッとして言い返す。
赤々とした唇がニヤリと笑った。
「じゃ、あーしとヤラない?」
左手で作った指の輪に、派手なネイルの中指を抜き差ししながら。
死んだ魚のような目でじっとり見返すと、直樹は「いいぜ」と答えた。
何故かと言えば、ヤケクソの自暴自棄だったからだ。
千春の言う通りに開き直って誰とでも寝る男になってやろうと思った。
千春に対するやり場のない怒りを目の前のクソビッチにぶつけてやろうという気持ちもあったかもしれない。
そういう意味では、姫麗と千春には共通点があった。
清楚系とは程遠いが、姫麗は千春と比べても遜色ない、いや、それ以上の美少女だった。
イイ女といった方が正確か。
姫麗という女は男の欲望を具現化したような姿をしていた。
女にしては少し背が高く、長い手足に小さな頭。スタイルがよく見えるのに肉付きもあり、ボンキュッボンの擬人化みたいだ。短すぎるスカートから覗くパンと張った太ももだけで男子は米を三杯食えるだろう。
姫麗はどこぞの誰かが言い出したヤリたい女子ランキングでぶっちぎりの一位である。
オカズにされている女子部門でも以下同文。
ちなみに千春は二位である。
男を弄ぶビッチという点も千春と同じだ。
というか、そちらでも姫麗は千春に勝っている。
校内には姫麗と寝たと豪語する男子が何人もいる。
それ以外にも、休日に毎回違うイケメンとデートしているとか、おっさんとホテルに入る所を目撃したとか、その手の噂には事欠かない。
本人だって認めていて、文字通り学校一のヤリマンビッチだった。
そう考えると不特定多数の男が使った穴に入れるのは嫌な気もするが仕方ない。
直樹にとって、これは千春に対するささやかな復讐、あるいは当てつけの意味もあった。
こんな事をしたってなんの意味もないのかもしれないが。
それでも直樹はなにかをしなければ腹の虫がおさまらなかった。
例えそれが自分自身を傷つける事になるとしてもだ。
「……ね~。どこ行くの?」
「いいぜ」と答えたっきりムスッと黙って歩いていたからだろう。
おっかなびっくりな様子で姫麗が聞いてきた。
「家だよ」
ぶっきら棒に直樹が答える。
「家って……芦村んち?」
「他に誰の家があるんだよ」
「……いや、だって、エッチするんだし……。ホテルとか行くのかと思って……」
「高校生はホテル入れないだろ」
真っ当なラブホテルは十八歳未満や高校生はお断りだ。
入ろうと思えば入れなくもないのだが、学校帰りの制服姿では絶対に無理だろう。下手したら補導される。
仮に入れたとしても高校生にとってホテル代は大金である。
こんな彼女でもないヤリマンビッチの為に出す金はない。
その辺の事情は姫麗の方が詳しそうなものなのだが。
「そうなの!?」
姫麗は蕾のような口元に手を当てて上品に驚いて見せた。
「……そうなのって、ホテル行った事ないのか?」
不思議に思って尋ねると姫麗は「そ、そんなわけないし! 行きまくりのヤリまくりだし!」と声を荒げる。
じゃあなんで未成年はホテルに入れない事を知らないんだよと思うが、面倒なので口にはしない。
が、表情には表れていたらしい。
聞いてもいないのに姫麗は「ホテルの手配とかは全部相手の男がやってくれんの! だから知らなくたっておかしくないし!」
両手を翼みたいにパタパタさせながら言い訳をする。
姫麗の体臭が風にのって甘く香った。
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