第2話 グランドモービル
あれこれと貸し切り状態の貴賓室で、駄弁っていると、カンカンカンカン! と鐘の音を響かせて巨大な列車がホームへ入ってくる。
それは機関車と新幹線を足して2で割ったようなフォルムの先頭車両に、燃料となる低品質魔石を積んだ燃料車。
続いて、普通の客車と展望車が交互に、計6台。
その後ろ7台目は、屋根付きのバルコニーが前後にあり、そこに2名ずつ鎧姿の騎士が立っている。
それ以降は、ほぼ同じ外観の客車がずらっと並び、4台置きに展望車1台が挟まっている。
「変わった形だな。
新幹線に、無理矢理煙突を付けたような……」
「あれはエンジンの排気塔ですね。
魔石が粉砕された時、エネルギーと共に不活性化した魔素が放出されるので、こまめに排気しないとエンジンストップするらしいです。
しかし、その不活性魔素は多くの魔物が嫌うらしく、高い位置から周囲へ拡散することで、魔物避けとして機能しているとか……」
不活性魔素は活性化しようとして、周囲の魔素を取り込もうとする。
並みの魔物にとっては毒の霧だな。
「ややずんぐりした流線型はエンジンの強度の問題か?」
「どちらかと言うとブレーキ関係だと、ロテッシオ姉が言っていました。
停止時にエンジンルームの排気を止めて、エンジン内を不活性魔素で満たすとのこと。
その際、エンジンルーム内に残っていた魔石を取り除く必要があるとか……」
強制エンストで停める仕組みかよ。
確かに個人所有の自動車とかを運用するのは、難しいシステムだわ。
「ふぅん。
7車両目の騎士は?」
「彼らは、帝国の特務騎士ですね。
対山賊のために、各モービルに10人搭乗しているはずです」
「帝国騎士?
伯爵家の従士じゃなくて?」
「彼らには、他に貴族車両へ行こうとする平民を追い返す仕事と、乗車している貴族同士の調停を行う役目があります。
後者に置いて、トレイン伯家が一方に肩入れする危険がありますので……」
「ああ、ある意味密室だから、公平性が必要なのか」
例えば、俺が気に食わない貴族を殺して、モービルから捨てたとして、トレイン伯家の従士だと隠蔽に協力するかもしれず……。
多分、帝国の特務騎士でも同じだな。
むしろ、率先して排除しそうだけど……。
まあ、あくまでも加害者が"俺"だったらだ。
「あ、そうそう。
7車両が関と言うことは俺達が乗るのは前の6両のどれかか?」
「はい。
1両目の第1号室を使用するようにとのことです。
早速、向かいますか?」
「だな。
此処で待つのも、車内で待つのも変わらんだろうし……」
リッテの言葉に、そう答えて席を立ったタイミングで、貴賓室へ入ってくる輩があった。
「やっと帝都か」
「お坊っちゃま、長旅お疲れ様でした」
「本当に疲れたよ。
だって、ウチは大陸南西の端なんだよ?
マウントホーク公爵家だって、僕ら程度気にもしていないだろうってのに、出遅れ覚悟で弔問に行けとかさ!」
見た所、貴族のボンボンと付き添いの執事と言った辺り。
敢えて、付け加えるなら財力のある男爵クラスの。
何故そこまで分かるかと言えば、消去法。
まず、長距離区間モービルに乗れるだけの財力があること。
この時点で準貴族以下は有り得ない。
次いで、彼らの到着した時期。
モービルに乗れるだけの財力があるのに、到着したのが、俺の葬式の終わった後と言うことは、高位貴族に席を譲ってのものだろう。
なので、伯爵以上も消去。
残る選択肢は、男爵か子爵かのどちらかだな?
そこを見分ける方法は、付き添いを見ること。
見るからに老執事って感じの付き添いがいる。
幾らモービルに乗っているだけと言っても、慣れない長距離移動はこの世界の老人には相当堪える。
なのに、付き添いが侍従長と思わしき老執事。
これは、家中に帝都へ付き添える人間がいない証拠。
此処で最初の財力のあると言う言葉が意味を持つ。
裕福な家で子爵クラスなら、伯爵家の次女や三女が本妻に来ている可能性が高く、そんな奥方の侍女として、帝都へ付き添う程度の能力がある人材はいるだろうと言う推測だな。
無論、男爵家だと伯爵家から嫁が迎えられないとは言わないが、よほど血筋の良い家門でもないと嫌がるだろう。
で、血筋が良くて財力があるなら、さっさと昇爵される。
高位貴族ほど、より多くの社会貢献が望まれるのだから。
と、長々と入室者について語ったのはただの酔狂ではない。
本拠地を遠く離れて浮かれ気味。
ましてや帝国の首都と言う大都会へ行くわけだから、若気の至りくらいは罹患しても不思議ではあるまい。
加えて、
「おい、そこの娘達!
我が家の若様が長旅でお疲れである。
少し労って差し上げろ」
おや?
「ちょっと!
爺や、貴賓室で休んでいるんだから、貴族のご令嬢だろ?
失礼なことを言わないでくれ!」
おやや?
「何を仰います。
貴族の令嬢が護衛もなしで旅をするはず御座いません。
つまりは、勝手に忍び込んだ平民かと……」
「仮にそうでも!
ウチみたいな田舎の男爵家が、あまり横暴な真似をすれば……」
まさかの逆。
普通、こういう時のパターンはドラ息子と人格者執事と言うことが多いのだがな。
「何を仰います。
帝国でこそ新参の男爵と扱われますが、若様はルシーラ王家の流れを組むランチャスタ家の次期御当主なのですぞ!
平民風情に……」
「違うな。
成り上がり者風情にだろう?」
強い剣幕で、主を煽るダメ執事の言葉を遮る。
由緒正しい元ルシーラ王国貴族にとって、帝国中枢に近い貴族は、自分達を飛び越して高い地位に付いた目の上の瘤。
だが、元ルシーラ貴族の権威では、他の帝国貴族相手に威張るに足りない。
そこにきて、帝都近郊に住むとおぼしき、平民の子供が数人。
しかも、貴族用の待合室にいる以上、多少手荒に扱っても文句は言えないと言う打算だろう。
つまり、帝国へ恭順する羽目になったコンプレックスを、無辜の平民を使って発散しようとしたと言うこと。
「自分達の能力が足らなくて、帝国へ恭順する羽目になった癖に、それを自分達より弱そうな者に八つ当たり。
実に情けない」
「何を!」
ゴキッ!
と良い音を立てて、老執事の腕が折れる。
「あ! ふ、ふん!
わ、妾に、気安く触るでないわ!
下郎が!」
胸倉を掴もうとした爺の手を軽く払い除けたら、折れちゃったので、慌てて高貴な女性ムーブで誤魔化しに掛かる。
高位貴族の女性に、勝手に触れようとすれば、腕を折られても文句は言えないのだ、と聞いたことがあるから……。
「いや、母よ。
護衛が取り押さえた拍子に腕を折ってしまうとかならまだ分かるが、軽く払い除けるだけで、腕を折るのは何か違う」
「そもそも、あ! とか言ってましたよ?
久々過ぎて力加減間違えたんでしょ?」
だが、早速身内からダメ出しが飛んでくる。
やはり、誤魔化せなかったか。
……しょうがない。
「妾はミフィア。
帝国貴族で、この黒麗の竜姫の名を知らぬはずもあるまい。
それに無礼を働こうとした輩故に、妾が自ら諫めた。
文句はないな?」
うるさい身内の言葉は無視してしまおう。
そして威圧しつつ少年と執事に言葉を掛ける。
コクコク、と必死に頷く様から、今回の一件は外に漏れることもないだろうし、
「やってることが相手の執事と同じ。
権力を使って、自分の暴力を隠してるだけ……」
「ふん。
殴って良いのは殴られる覚悟があるやつだけなのさ」
フィアーナの呆れた言葉に、向こうが先に手を出してきたのだから問題ないと返す。
「つまり、母は常に殴る気満々?。
さすがは凶竜姫の名は伊達じゃない……」
「何でそうなる……。
後、凶竜呼びはするな」
「黒麗の方が似合わない」
「フィアーナ?」
口の減らない娘に威圧を向けるが、当人は涼しい顔で、
「先に行く」
と言って待合室を出ていくのだった。
「ちょっと待て!
フィアーナ!」
もちろん、逃がす気のない俺はフィアーナを追い掛けて、モービルに向かうのだった。
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