第21話

 アタシと杏奈あんな金比良かねひらでランチに行った。

席についてカバンから指輪を取り出し「ジャーン」と言って左指につけて見せた。2人は燦然と輝く指輪に目が釘付けだ。実は銀二と婚約したと打ち明けた。

桜子さくらこさんオレのこと好きなのかと思ってたっス」

と、金比良が言うのでみんなで笑った。近いうちにお祝いで銀二ぎんじも呼んで飲みに行こうと盛り上がっていた。

その途中、杏奈が席を立ち化粧室に行き、戻ってきて気分が悪いから早退するという。

「2人はごゆっくり。残りは金比良食べて」

と、言ってほとんど手を付けてない皿を金比良の方に寄せて、ランチを早々に切り上げて会社に戻った。

気になったのでその日の夕方メッセージを送ってみたが、杏奈からは<大丈夫です>と返事が来たきりで、結局次の日も、また次の日も体調不良で休んでいた。


 数日ぶりに出社した杏奈はあまり元気そうではなく顔色が悪かった。

「本当に大丈夫?」

と、聞くと

「会社帰りいいっすか。桜子さんには話しておきたくて」

と、杏奈が言うのでもちろんだと言って帰りに話を聞くことにした。

 いつも溌溂としている杏奈の言い方があまりに深刻そうだったし、体調もあまり良さそうではなかったので、夕方の騒がしい街中の飲食店より、会社から近い自分の家に連れて帰ることにした。

家に行けば車もあるし、それで帰りは送ればいいと思っていた。


 杏奈は家に何度か訪れたことがあって、母とは顔見知りだった。事前に母に事情を話していたので、温かくて体に負担の少ない夕食を作って部屋まで運んでくれた。

それを食べながら、杏奈が話し出した。

「実は私、妊娠して……どうしようか悩んでて……」

思いもよらぬ告白で、アタシは食べるのを止めて真剣な顔で彼女をただ見つめるだけしかできないでいた。相手について話し始めた丁度のタイミングでドタドタと階段を上がってくる音がした。

「ちょっと待って、杏奈。空気読めない奴来たから、追い出してくる」

と、慌てて銀二であろうを帰そうと立ち上がったものの間に合わず、

「杏奈ちゃん来てるんだってー?」

と銀二はドアを開けた。

2人は会ったことがあったので陽気に入ってきた銀二だったが、さすがにこの部屋のただならぬ空気を察して気まずそうにしたのを見た杏奈が一緒にどうぞと彼を招き入れた。銀二はアタシの横に静かに座った。


 杏奈は続けて話した。

相手は少し前まで付き合ってた人で今は仕事で海外に行ってしまって、楽しくお付き合いしていたが結婚を考えるほど深い付き合いではなかったという。妊娠のことを伝えてはいないのだそう。

 自分はどうしたいのか杏奈に尋ねてみた。

1番強く思うのは仕事は続けたいということ。それで子供を産むべきかどうか悩んでいる。が、日々強くなっていくつわりが辛く、考えがまとまらず今に至っている。

 杏奈は大学進学を機に広島から上京した。両親始め親族のほとんどが広島にいる状態で、子育てを手伝ってもらえる人が身近にはいない。

さらに今の状態で出産するとシングルマザーということになる。会社や国の制度を存分に使って産休・育休は取れたとしても、それ以降が厳しい状況だ。産んで終わるものではないのだ。

冷静に分析すると「そうなんすよね……」と、杏奈もわかっていた。


 一旦、話を止めて体のために夕飯の続きをしようと再び黙って食べだした。

ふと隣に座っている銀二に目をやった。さっきまでアタシの夕飯をつまんでいたが下を向いて真剣な表情をして固まっている。

(あぁ、銀二にはこの話、酷だったかも……)


 「杏奈ちゃん、産むべきだよ」と、食事の最中だというのに銀二が言い出した。

杏奈はなにも答えなかっので、

「急に無責任なこと言わないで」と、アタシが口を開くと、

「産みたいなら産むべきだよ」

「産んだ後どうするのかまず考えないと」

「どうにもなんねぇから諦めるって選択肢があんのかよ」

「でも、簡単に決められないからこうやって……」

「おまえ、案外冷たいよな」

と、銀二に否定されたて傷ついたアタシは、

「銀、自分がさ──」と、言ってはいけない事を口走りってしまった。しまったと思って止めても時すでに遅しで、銀二は悲しい顔をしてアタシを見ていた。そして黙った。


 杏奈は話の最後を理解していないが、穏やかではない2人を察知して様子をうかがっている。まずは彼女の話を聞くべきだったのに、なんでアタシと銀二が熱くなってるのかあべこべだ。しかも最悪なアタシは銀二を傷つけた。黙ったまま険悪な空気を垂れ流していた。

「私も1人で子供産もうなんてバカだけど、2人も他人のことでケンカするなんてバカっすね」

部屋に充満する重い空気を一変しようと、他人のもめごとを見て元気が出たのか、少し明るさを取り戻した杏奈が口を開いた。

 アタシは聞き逃さなかった。杏奈はもう1人で子供を産もうと決断している。きっと、そう決めたと口にするのが怖かっただけなんだ。

「じゃ、銀二の言う通り産みたいなら産もうよ。バカかもしれないけど」

と、言うと杏奈が泣き始めた。その彼女を抱きしめながら、銀二にごめんねと口パクで言うと彼まで泣きそうになっていた。

 そして、シングルで出産するにあたって国や会社の制度もろもろを明日から調べたり、申請に行ったりしようと計画して、銀二の運転で杏奈を送り届けた。

アタシは改めて銀二に謝った。もういいよというようにハンドルを握る手とは反対の手でアタシの手を握って

「おまえのこと冷たいないなんて思ったことないよ。オレもごめん」

と言うのでアタシは銀二の大きくて暖かい手を強く握り返した。

彼は

「杏奈ちゃんがかすがいでよかったな」

と、返事した。鎹が何かも知らないくせに。

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