第20話

 そんな変わりのない日常が、しかしながら幸せな日常が、ループしていた。

銀二ぎんじの母が外出していたので、この日の夜はアタシが夕飯を作って食べることにした。と、いっても主婦として凄腕の母の元にずっといるので、手伝い程度ならまだしも1人で食卓を準備するというのは挑戦だった。仕事もそこそこできるしこれくらい容易いだろうと、意味不明な自信に満ち溢れたアタシはスマートフォンでレシピを見ながら作業を進めた。

 しばらくして見た目はそれなりのパスタとサラダが出来上がった。

「腹減ったー」と、銀二がチェリーを抱えて食事を始める。サラダはまぁ、ドレッシングを手作りしたわけではないのでなんら問題はない。問題はパスタだった。

自分で思わず「なにこれまずい……」と、いうと銀二も一口食べてそんな顔をして

「洗剤の味しない?」

と、言ってお茶をガブガブ飲み干した。確かに洗剤はいれてないはずだが洗剤の味がして、2人共それ以上食べるのを辞めて、出前を取った。


 その後リビングでTVを見たりくつろいでいると、銀二が思わぬことを言い出した。

「おまえ本当に結婚する気あるの?」

不意にそんなことを聞かれたので「え?」という顔で彼を見ると、アタシが結婚したいように見えないという。

 女性というのはいざ結婚となると舞い上がって、それ関係の雑誌を読み漁ったり、料理教室などに通ってみたり、結婚に関する話しかしなくなるというのだ。

遠回しに料理教室に通えと言われてるのだろうか……。

銀二はそれは違うと大笑いしていた。アタシとしては特に盛大な式を挙げたいわけでないし、仕事を辞めるつもりもないし、それにそういうことで浮かれる性格ではないし、結婚をしたからって今の幸せが何倍にも膨らむというわけでもないので、形式上のことくらいにしか思っていない。

そういったアタシに対して、いまいち納得できない銀二は聞いてきた。

「子供出来ないから、躊躇ちゅうちょしてる?」

切ない笑顔だった。アタシはそんなこと1度も考えもしなかったのに、自分が非難されたような気がして苛立ちを覚えた。

「今いない人のことはなんて考えてないけど?」

と、そっけなく答えると「そっか」と、銀二もそっけなかった。

なんとなくギクシャクした空気になってしまったので、アタシは帰ることにした。

「結婚に浮かれるような、かわいーーーーい女の子と結婚すれば」

と、これまた可愛くない捨て台詞を残して。


 スタスタと家に向かっていると家の前で銀二が追い付いた。

「ごめん、俺がわるかったわ。ちゃんとケジメ付けてないから」

と、言ってプロポーズを始めた。そう、あの時の銀二の宣言で年齢的にも家族付き合い的にも、なし崩しに結婚がなんとなく暗黙のうちに決まっていったので、アタシも銀二もなにか判然としてなかったのだ。

もちろんうれしかった。だけどやっぱり浮かれるようなかわいい女の子ではない。

それから子供の件も気にかかっていた。というか、銀二がそれを気にしていることが気にかかっていた。

「アタシもごめん。言葉足らずで。今いない人のことはどうでもいいの。今いる銀二が大事だから」

と、かわいいことが言えたので、銀二を見上げるとピュアな彼は涙ぐんでいた。照れ臭くなって「ちょっと銀、指輪は?」と、言って銀二の涙を止めると「あぁ忘れてた」と、あい変わらずなとぼけた返答だった。

次の日指輪を買いに行く約束をして別れた。

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