第19話
あの
それにまだ銀二は無職だったので仕事から帰るとすでに家で彼が待ってることもあった。休みの日は2人で買い物に出かけたり、外食したり、
めずらしく別々に過ごした夜だった。銀二は碧唯夫婦の居酒屋で飲んでいて、アタシは仕事で疲れていたので家でゆっくりしていた。就寝しようと布団に入ったにもかかわらず、銀二からの<すぐウチきて>と、穏やかではないメッセージがきたので何事かとあわてて駆け付けた。
すると小脇に子猫を抱えた銀二が出てきて、飲んだ帰り道路に鳴いているこの子を見つけ拾ってきたというのだ。
「おまえんち“
と、猫を飼ったことのあるアタシを頼って呼び出したのだった。
茶トラの小さい猫は、コンビニで買ったご飯を与えると、よほどお腹を空かせていたのか勢いよく食べきった。そして洗面所で汚れた体を洗った。
その間、銀二は「チビ」とか「
少し悩んだ後“チェリー”という名前にするという。愛情を込めて桜子にちなんだのだろうが、当のアタシにはなまくら坊主が脳裏を横切り、
「シルバーにすればいいじゃん。同じ男なんだから」
と、提案すると『なぜ?』という顔をしたので「あんた自分の名前も忘れたの?」と呆れたように言うと、意味が分かったようで豪快に笑っていた。
しかしながら鼻と肉球がピンク色だからという理由でやはりチェリーと命名した。
銀二は小さいチェリーにすっかり夢中で、酔いも手伝ってか、その日のうちに大量のおもちゃをポチリポチリと買い物かごに入れていき、「1番高ぇの買ってやるからな」と、ニコニコつぶやきながらお皿もネットで注文していた。
次の日、仕事中に遅く起きた銀二から電話がきた。仕事中に電話なんてめずらしいと、出てみると寝ぼけた声で「起きたら、あれがないんだよ!」と慌てている。何がないのかと聞くと
「4本足の...」
「猫でしょ?!」
「あぁ猫、猫。リンゴ」
とぼけた会話に脱力した。それに、リンゴじゃなくてチェリーと名付けたはずだ。
「なにそれ、夢でも見たんじゃないの?あんた猫飼ったことないでしょ?」
と、からかってやろうとまじめなトーンで言うと銀二は「え、まじ?!」と、言ってガタガタと音を立てて探し出した。
アタシは音を立てれば立てるほど子猫は怖がって何処かに隠れてしまうのを知っている。おかしくてクスクス笑っていると、銀二が「ポール」やら「ジョン」やらとチェリーを呼んで探している。
「ジョージいた!」
と、銀二のご機嫌な様子が電話越しに伝わってくる。ついにベッドの下に隠れていたチェリーを見つけたようだ。
「小さいうちは入り込まないように、部屋の中何とかしないとね」
「あぁ、また夢とか言われたら焦るしな」
と、銀二はホッとしたような声色で電話を切った。
今のアタシにとってこんな銀二がかわいくて愛おしくて、今日はピアノバーにでも連れて行ってやろうと企んでいた。
また別の日はめずらしく銀二が本家に出かけていたので、アタシは自室で持ち帰った仕事をしていた。
しばらくすると着物姿の銀二が部屋に入ってきた。
「本家の仕事しようと思う」と、銀二がまじめな顔で語りだした。
華道の家元の一族に産まれながら、子供の頃母親から生け花を習ってたくらいで、それすら真剣にやっていなかった銀二が、なぜ急にそう決めたのか聞いた。
「おめぇを食わせねぇとなんねぇしな」
「ねぇ、江戸っ子。アタシ、自分で自分の分は稼げるけど?」
と、答えると「あいかわらず、かわいくねぇなぁ」と笑って、
「じゃぁヨーコを育てるために稼がねぇとなぁ」と言う。
もう性別まで変わってしまった。
ヨーコとは「チェリーな」と、冷めた口調でつっこむといつものように豪快に銀二は笑っていた。
こんな粗忽者が家元の仕事が務まるのだろうかと心配だったのと同時に、銀二は結婚を本気で考えているんだと他人事のように思った。
結婚を意識してないわけじゃないがさほど興味はない。
興味がないというと誤解をされそうだが、ただ今の関係でも十分に幸せなのだ。
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