第14話

 数日後、姉が家に来た。4歳年上の姉は昔から正義感が強く品行方正で成績も優秀で、天職と思われる弁護士になった。

アタシはそんなかっこいい姉が好きで姉妹の仲はいい方だと思う。

仕事に慣れた頃から近くのマンションで同棲しているが結婚していない。というか、今は法律上できないのだ。姉の相手は同性である。

それが家族に知らされたのは、数年前、姉が司法試験に合格した祝いの席だった。


 その頃はまだ祖母が生きていたので外出は控え、家で寿司をとり母が腕に縒りをかけてたくさんのご馳走を用意した。姉の前途を祝い家族5人で楽しく食卓を囲んでいた。祖母はもうだいぶ弱っていて話しかけても返事はまばらだったが、この日は賑やかな雰囲気を察したのかめずらしく笑顔だった。

伝えたいことがあると言って注目を集めた姉がついにカミングアウトをした。

「私、レズビアンなの」

アタシはうすうす気づいていたのでさほど驚きはしなかったが、両親はあきらかに動揺していた。

父はさすがに大手に努めているだけあって、コンプライアンス講習も受けているせいか

「まぁがんばりなさい」

と、コンプラインス的には間違っていないが、父親としては正しいのかわからない不思議な事を言った。母も動揺は隠せないが

「なにがあっても、あなたたちのお母さんに変わりはないから」

と、言って食卓は静まり返った。


 するとその静けさに祖母が割って入った。

「セックスはどうするんだい?」

みんな祖母の方を見てあっけにとられた。


 祖母は気風がよくハイカラだった。銀行家で昔気質の祖父を支えながら、息子3兄弟を名門に入れ、立派な社会人に育て上げた。そして祖父を見送った後、アタシの父となる長男一家と、恐れ多くも“さん”と名付けた愛猫と、悠々自適な生活を送っていた。

落語好きの自分が孫たちの面倒をよく見ていたから、桜子さくらこが初めて発した言葉はママでもパパでもなく『じゅげむ』だと、本当か嘘かわからない噺が十八番だった。

 しかし最近の祖母はほとんど自室にこもり、ラジオを聴きながら庭を眺め、たまにラジオの会話に笑ったりはしていたが、家族が挨拶しても聞こえているのか聞こえていないのか……という様子だった。


 そんな祖母の驚きの発言に一瞬場は凍り付いたが、アタシはおかしくて大声をあげて笑った。

姉も笑いながら「今ご飯中だから、あとで2人のときに教えるね」と、祖母に言うと祖母はニコニコしながらまた寿司を食べていた。


 祖母の命日で今日、姉は祖母の好物の団子を買って家へやってきたのだった。

姉が帰るとき、タクシーまで送る途中

「あんたはどうなの? 相手いるの?」

と、聞くので、いないと答えると姉は今聞きたくない名前をだした。

銀二ぎんじでいいじゃん。あの子戻ってきたんでしょ?!」

無言で気まずい顔をしたアタシを見てケンカでもしたのかと聞く姉。

「ケンカとかじゃないんだけど……」と、濁すとさすが姉は察しがいい。笑いながら「銀二ならパパとママ大喜びじゃん」と言った。

アタシはそういう関係じゃないからと焦って否定した。

 姉がそんなこと言うから、また銀二とのギクシャクした関係を思い出して、胸がざわついてきたので呪文を唱えながら部屋へと戻った。

パイポ・パイポ・パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ。

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