第13話

 やっぱりアタシはあの時とは違う。変わった。

と、ベッドの上に仰向けになり脱力感で重くなった瞼をゆっくり動かしながら、薄暗い天井を見つめ改めて実感した。翠生あきおが素敵な男性なのは変りはないが、あの頃彼から言われて嬉しかった言葉達は、今は心に響かない。

彼とホテルに泊まり、朝方、カラスがカァとなく声を聞くと淋しくなったものだが今日は早く帰って自分のベッドで寝たいと、現実的に思っている自分に気づく。

 今、隣に横たわってる彼を見ても、これはあの時の彼なのか?と思うほど、自分の気持ちが変わってしまっていた。間違いなく翠生だが、もうときめきはない。

それなのに、抱かれてたのは確かに自分だが、自分はいったい何者なのだろう、なんでこんなことをしたのか、沈思黙考し後悔し始めていた。

 起き上がってシャワーへ向かうと、彼から「泊まらないの?」と聞かれたが「明日、用事あるの」と嘘をついた。


 車で送ってもらって家に着いた。車を降り際に

「また連絡して」

「うん」

と、会話したが多分もう連絡はしない。

車が走り去り、その場で大きくため息をつき心の中で宿っていた翠生に対する小さな火を吹き消した。そして、

「あぁ消えた……」

と、ひとり呟いた。


 車道を渡って門扉の前にいくと、銀二ぎんじがいた。

「今の、アイツ……アイツじゃん」と、あれ以来だというのに、挨拶もなしに不愛想に話しかけてきた。

無言でコクコクと頷くと

「より戻したんかよ」と、聞くので

「そんなわけないじゃん。たまたま会っただけだよ。」と、嘘をついた。今さっき自分の中で死んだ翠生のことは銀二も知っていて、今日起こったことは絶対に知られたくない。

誤解もされたくないし、そういうだらしない女だとも思われたくない。いや、今日のアタシはだらしない女だけど銀二には知られたくない。

気まずい空気のまま沈黙があって、彼は目を反らした。

そしてくるりと背を向けて帰ろうとしたところで思い出した。

「あ、銀! 電話ごめん! なんだった?」

と、呼び止めたが銀二は振り返ることなく「今度でいいやー」と、言いながら帰って行った。

1週間ぶりに会話をかわしたが、2人の気まずい空気は解消されなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る