第11話

 土曜日の夜、暇を持て余したアタシは雑誌でも買おうかと、簡単な服装で髪もボサボサなままコンビニに向かって歩いていた。

アタシが着くのと同時にコンビニの前でタクシーが止まり、髪を後ろに束ねた和装の銀二が下りてきた。

仕事で忙しくしていたから、会うのはあの銀二ぎんじの涙を見た日以来だった。

「どしたの? その恰好」と、声かけると、旅に出ている母に代わって本家の手伝いをしに行っていたという。母親が不在なので夕飯を買いにコンビニに寄るようで「うちで食べれば?」と誘ったが、早く着替えに帰りたいからコンビニで済ませるという返事だった。

だったら銀二の家で一緒に飲もうということになり、2人で買い物をして家に向かった。

 着物を着こなしている銀二を、飾りっ気のない自分と一緒に歩かせて申し訳ない気持ちになったが、不釣り合いな感じがなんだかおかしくもあった。


 銀二の家にはお使いやらなんやらでよく来ていたが、彼の部屋に入るのは久々だった。結婚したのを機にだいぶ片付けてしまったようで、最後に来た時より殺風景に見えた。大きな窓からは木で遮られてはいるが、ウチの背中が見える。6割はフローリングで4割は1段上がった畳という変わった部屋の作りで、洋間の方には大きな銀二に合わせた大きなベッドとギターが3本乱雑に置いてあって、隅にはまだ手付かずの銀二と一緒に戻ってきたダンボールが3つ重ねられていた。

アタシは畳のスペースの座布団に座って、テーブルの上にコンビニで買ってきたものを広げて飲みだした。着替え終わって部屋に入ってきた銀二に対し

「あのダンボール、一生あのままな気がする」

と、余計なお世話を言うと

「オレもそんな気する……」

と、つぶやいて、よいしょっと言いながら長い足を折り畳みアタシの向かいに胡坐をかいた。

アタシの仕事の話、銀二が本家の仕事をこれからの職業にしようか悩んでること、子供ができないことの詳細など、2人きりじゃないとできない真面目な話をした。


 ほろ酔いになった頃なんのきっかけか、空気が変わった。

銀二がアタシの方に体を寄せてキスをしてきた。先ほど飲んで全身に広がった血中のアルコールが燃え出したような感覚が廻った。そしてそれが燃え尽きアルコールが飛んだようにアタシの意識もフワッとどこかへ行った。

アタシの左手は彼の髪を絡めながら彼の後頭部を軽くつかんだ。銀二の両手はアタシの背骨辺りに触れぐっと力が入った。

嫌ではなかった。そして黙ってベッドに移り、ただの幼なじみじゃない、男と女の関係に至った。


 ふと気がつくと、深夜2時をまわっていた。銀二のベッドで、銀二の腕の中で目を覚ました。あの後、眠ってしまっていたのだった。

酔いなどすっかり覚めたアタシは我に返って、勢いよく起き上がり下着や服を探した。

その物音で銀二も起きた。

「帰るの?」

「うん」と返事をし、いそいそと服を着た。

「送ってく?」

と、銀二はフェミニストぶりを発揮するが、歩いて1分だから大丈夫と言って部屋から出た。

銀二も玄関まで見送りにきたが、気まずい空気がアタシ達を包んでいた。結局目覚めてから彼の目を1度も見られなかった。

視線反らしたまま何事も無かったように、いつものように「じゃぁまたね。」と言って別れた。


 静かに玄関を開け自室に戻ったアタシは思考を巡らせた。

なぜあんなコトが起きたのかわからない。理性を失うほど飲んではいなかった。自分よりお酒に強い銀二はなおさらだ。いつもカジュアルな彼が珍しく着物姿だったからギャップにやられたのか。自分がなにか思わせぶりな態度でもとってしまったのか。2人とも独身で恋人もいないから淋しかったのか。

銀二の気持ちも分からなければ、自分の気持ちすら分からなかった。

彼が自分を見つめる優しい眼差しや、握りしめた大きくてしなやかな手や息づかいが、何度も脳裏に浮かんでは消え浮かんでは消えして、眠りを妨げた。

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