第9話

 しばらくして化粧品メーカーの春のキャンペーンのCM撮影の日が来た。

金比良かねひらの提案がとおって、例の女性シンガーが曲とイメージモデルと両方で起用された。ここ数年他社含めて1番知名度の低いシンガー兼モデルだったので、大きな賭けではある。

しかし、新しい世代の新しい価値観を体現したような彼女の起用に自信を持っていた。

 すでに曲はできていた。女性への応援歌のような力強さも感じるが、春らしい暖かさも感じさせる期待以上のものを作ってきた。メーカー側もその曲を大絶賛だった。

 そんなシンガーはマネージャーやA&R、スタイリスト、ヘアメイクなどスタッフを連れて撮影にやってきた。

ピンク色の髪の毛をフワフワさせて、流行りの派手な格好をしている。金比良は多分彼女の本名であろう『アイ』と呼んでいた。久しぶりの再会に2人で手を取り合って喜んでいる姿はかわいらしいカップルのようだが、そうではないらしい。

金比良の方はあいかわらずあか抜けない。

彼女は外見に反してとても礼儀正しく開放的で大きな手ぶりで快活に話し、それに加え健康的な美貌が目を引いた。


 愛が連れてきたスタッフは多様性にあふれていた。マネージャーもA&Rの女性もいわゆる仕事ができそうな女。アタシとは同世代だったことから意気投合した。マネージャー女性は桜という名前でアタシと1字違いで親近感を持ったが、1人娘をかかえるシングルマザーで、アイの所属する事務所の副社長でありながらマネージャー業もこなしている、アタシとは違ったスーパーウーマンだった。

「小さい会社だから仕方ないの」

と、苦笑いしながらこんな小さな会社のミュージシャンを起用してくれてありがとうと感謝していた。

 A&Rの女性は大手レコード会社所属で、さすが音楽業界といった感じで派手ないでたちで、アイは新しい時代の女性の象徴となると予言していた。

「まぁ希望だけどね」

と、付け足したが、アタシもその予言に乗った1人でCMに起用したのだ。

メイク担当の女性は産まれた時の性別は男性だったというし、衣装を担当している男性はゲイであると打ち明けてくれた。

ここにいる女性を始めとする理不尽を強いられた経験のある人たちが皆、このシンガーに希望を託しているように見えた。

その救世主を進んで買って出た若干26歳の女性は自信に満ち溢れ眩しいほどのオーラを放っていた。

 撮影終盤、メーカーから来た上機嫌な中年男性が

「女性が多くて華やかな現場ですね!どんどん女性活躍して私達の居場所なくなっちゃうなぁ」

と、笑いながら大きな声で言っていた。スタジオの7割くらいを占めてた女性達は、シラケた顔で聞き流した。


 撮影も終わりアタシは金比良と共にタクシーに乗って帰宅した。

彼は初めての現場だったので、テンションがあがったままでよくしゃべっていた。それをに相槌を打ちながらニコニコと聞いていた。

金比良の1人しゃべりは愛との大学生時代に及んだ。

 愛はアメリカ人と日本人のダブルで高校から日本に住んでいるので学校に馴染めず、金比良は落ち着きがない子として扱われ学校に馴染めずにいた頃があったので、なにか通じるものがあったのかもしれないと彼は分析していた。

苦悩を力に変えて、今輝いている2人が眩しかった。


 なにもなく見える人でも何かを抱えてたり、人知れず苦労してたりする。

女の自分は彼らほどではないにしろ理不尽を感じることは多々ある。今日一緒だった女性達もきっと似たような経験をしてるだろうことは容易に想像できる。

もしかしたら、的外れな発言をしたあのメーカーの中年男性だって、外からは見えない何かに苦しんでいるかもしれない。世の中の流れの速さと自分の価値観のギャップとか、だったらまだマシだ。

 そして銀二ぎんじを思い出した。そういえばあれ以来会っていなかった。

あの日アタシは銀二の手を引いて家まで帰った。彼の手をつかんだのは子供時以来だった。

大きくて暖かい手だった。

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