第7話

 だいぶ先だがもうすぐ春だ。

アタシの勤め先は広告代理店なので、そういった感覚だ。この春も化粧品メーカーのキャンペーンのチームに入った。春のキャンペーンはどこよりも、なによりもすごく大がかりなのが伝統だ。80年代あたりから各メーカー、社をあげて一大キャンペーンを打つ。

かつてはこのキャンペーンから大ヒット商品と、大ヒットソングが生まれ、そのキャンペーンの顔となったタレントは一躍スターとなっていった。または、スターしか出演できない案件だった。

 昨今となってはバブル時代のいい思い出として語られがちだが、その頃程ではないにしろ今年も変わらず忙しい日々が始まる。


 そんな折、他部署から移動になりこのチームに1人の若い男性が加えられた。

金比良かねひらと元気に名乗った彼は、初日から物怖じすることなくテキパキと言われた事をやっていた。今時の29歳にしては彼は外見は少しあか抜けない感じだが、優秀な大学出身で頭の回転もよく、元気もよく、愛想もよく、やる気に満ち溢れた好青年だった。

重要な仕事は割り振られなかったが、アシスタント的に雑用をそつなくこなし、数日後にはチームに必要な存在になっていた。


 重要な会議の日だ。ここで起用するタレントや音楽を決めなくてはならない。

メーカー側の希望は、去年から引き続き同じ女優を使い続けることだった。30代で同世代ではトップの女優だ。去年の春に起用して以来、評判がよくそのまま1年メーカーの顔としてやってきた。

もともと高感度は高く、これといってスキャンダルがないのも好感度の一因で、昨今のご時世を考えると不安要素はないに限る。

だからだが、たくさんの企業のCMにでているので、安定感はあるのだが新鮮さにはかけてしまう。

 それに対案として去年アイドルグループからしたモデルを推していた。彼女は10代のころからトップアイドルチームに所属し、そのグループ内で常に3本の指に入るほどの人気だった。

グループの中でもひと際スタイルがよく大人びていたので、20歳をすぎると女性誌でのモデル業との兼業を始め、女性人気も獲得し始めていた。モデル業に専念するために、去年泣く泣くグループから旅立ち、今後の動向が気になる旬な女性だった。

しかしこの案は提案前にボツとなった。数日前に妻子ある男性俳優と不倫しているというスキャンダルがでてしまった。アタシは密かにこの案は面白みがないと思っていて、乗り気ではなかったのでボツになってホっとしていた。

 そして、逆に男性アイドルや人気俳優なんて斬新なんじゃないか?という案もあったが、それはもうとっくにやられていることで、それならば思い切って世界的に人気の男性K-POPスターの起用を検討し始めた。商品のターゲット層は20代~30代で、彼らのファン層とも合致している。どこの代理店でも企業でも彼らを使いたいだろう。しかし今なら誰でも思いつくような案でこれにも面白みを感じないでいた。

この会議はこんな調子で、アイデアが出ては消え、出ては消えを繰り返していた。


 「ちょっと聞いてもらっていいですか?!」

と、金比良が突然部屋の端から声を上げた。

「ボクの友達の女性ラッパーっていうか、シンガーがいるんスけど。今年人気出ると思うんスよね」

言葉遣いはどうかと思うが、何か面白そうなことを言いそうなのでみんなが注目した。

 クラブ界隈で人気のあった女性シンガーが数年前にメジャーデビューして、今若い女性を中心に人気がジワジワ上がってきているという。女性やマイノリティへの賛美や応援歌的な曲が多く共感を得てるらしい。みんな各々検索すると、そこには個性的で健康的な美人が現れた。

金比良がスマートフォンから彼女の曲を聴かせると、それに1番に食いついたのが、メーカーから来ている2人組の内の女性の方だった。

若い女性の憧れというより等身大を表現できるのじゃないかと、このシンガーの起用を検討することにした。


 しかし、なんでこんなあか抜けない金比良と、このトレンドの最先端みたいな女性が友人なのか気になった。

「大学で一緒だったんスよ。ボクのサークルによく遊びに来てたんで、ボクもアイツがクラブで歌ってんの見に行ったりしてたんス」

ということだが、それよりも気になるのは金比良の所属していたのが、お笑いサークルだったことだ。意外だったが彼のコミュニケーション能力の高さはそのせいかと納得だった。この案件が落ち着いたらゆっくり大学時代の話を聞きたいとアタシは彼に興味深々だった。

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