メタモルフォーゼ、指

 こんなことを考えた経験は、あるだろうか?

 ある日突然、ヒーローやヒロインになったら、どんな風に振る舞おうか。

 ある日いきなり、自分の眠れる力が目覚めたら、何をしようか。

 ある朝目覚めて有名人になっていたら、どんな展開になるだろうか。

 私は最近、小学校に登校する道すがら、そんなことを考えていた。


 そんなことを考えていたら、ある朝目覚めると――左手の中指がソーセージになっていた。

 肉々しい、一本。

 中指の付け根から指先まで、まるまる一本、加熱前のソーセージと化していた。


「あぁ、それは『中指ソーセージ症候群』だね」

 お医者さんは問診のあと、そう言った。

「これ、治るんですか?」

「治るよ。ただ、その指を熱したフライパンなどに近づけてはいけないよ」

「近づけると、どうなるんですか?」

「ほら、こんな風になるんだ」

 そう言うと、お医者さんは自分の左手を広げて見せた。

「僕の左手、どんな風に見える?」

「……なんか、とても美味しそうに見えます」

 ジューシーで、肉厚。

 食べたら、パキッ! って快音が鳴りそう。

 良い香りがする――ような気もする。

「そう。そうなのさ。僕も子どもの頃、『中指ソーセージ症候群』にかかってしまってね。好奇心に任せて、指をフライパンに近づけたら、このザマさ」

「このザマって……そのザマですか」

「うん。治ったは良いものの、『指がとても美味しそうに見えてしまう』という後遺症が残ってしまった。おかげで毎朝、ペットのチワワに指をかじられそうになるんだ」

「…………」

「だから、これから二、三日は、火に指を近づけてはいけないよ。直に自然治癒するから。すぐに元通りになるからね」


 それから一日、私は火に近づかないようにした。お母さんの料理を手伝うこともなかったし、念のため、温かい緑茶や紅茶も飲まないようにした。


「たしかに中指って、ソーセージっぽいよねー」


 夜、私はお風呂でリラックスしながら、自分の指を眺めた。

 ソーセージには、ボロニア、フランクフルト、ウインナーなどの種類があるらしいけれど、これは一体どういうソーセージなのだろうか。


 ……というか、あれ?

 お風呂、入ってよかったのかな?

 マズいのかな、これ。加熱されちゃうのかな。

 ボイルソーセージになっちゃうのかな、これ。

 なんか香ばしい匂いが漂ってきたけど、大丈夫かな……。


 数日後、私の中指は元通りになった。

 だが、しばらくの間、私の周りから香ばしい匂いが消えることはなかった。

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