第3話 魔法使いのおうち


 ルイが学校を出ると、しばらくの間にルイのことを休み時間に取り囲んでいた女子たちが後ろを歩いていたが、それも女子たちの家の近くになると全員家に帰って行った。

 ルイの家までついていくつもりの人はいないみたいだ。

 しかし、赤い傘を畳んでランドセルの横のベルトにさしたカスミだけはルイにバレないように彼の後をつけた。


「本当に魔法使いなら、私にも魔法を教えてもらわないと……!」


 服装だけではなく、ルイが青い傘を持っていることも、彼が今朝通学路で会った魔法使いだとカスミが確信する材料となった。

 ルイは学校からずいぶん離れた場所に暮らしていた。商店街を通り抜け、住宅街を通り抜け、林を通り抜けた先。

 やっとカスミは足を止める。


「え……ここって……幽霊屋敷?」


 彼が煉瓦で作られた塀の間の門から家の敷地に入るところを見て、カスミは思わず息を呑む。

 彼が入っていった場所は、有名とまではいかないが、この街の子供なら一度は噂で聞いたことがある幽霊屋敷だった。

 誰も手入れしていないのか、外壁には植物の蔦が伸び放題になっていて、塀の外からも見える庭の木の枝も好き勝手に伸びている。葉がついている木もあれば、枯れてる木もそのままほったらかしにしてある。表札は汚れているというより、削れていて、誰が住んでいるのか分からない。

 ボロボロの煉瓦の家は、一部が丸い塔のようになっていて、さらに屋根がとんがり頭で、物語に出てくる魔女の家そのものだったから、カスミは元々この幽霊屋敷のことが気になっていた。

 でも、たいていこの街の子供はこの幽霊屋敷について話す時に、怖い話と一緒に話すから、今まで一緒にこの幽霊屋敷に来てくれる友達がいなかったのだ。もちろん、頼子も誘ってみたが「イヤよ。私、ボロい家に興味ないの」と言って、断られてしまった。

 夏になれば一人でも行こうと思っていた矢先のことだった。


「る、ルイくん……?」


 扉が開いた音はしなかったため、家の中に入ったわけではない。カスミは鍵のかかっていない黒い鉄の門を押して、庭を見回した。細い鉄の棒みたいな門は思っていた以上に軽くて、簡単に開いた。

 庭は草が伸び放題になっていると思っていたが、案外そうでもなかった。塀に近い場所が整備されていないだけで、石で作られた道の周りには草が生えていなかった。

 花が道の周りに咲き、赤、白、ピンク、黄の色がカスミの視界に広がる。


「ルイくん、えっと、同じクラスのカスミだけど……」


 石の道を歩くカスミはすぐに、円状に広がった石畳みの部分に辿り着いた。そして、そこには赤色のチョークで書かれたらしい丸い円があり、その中に幾何学的な模様がたくさん散りばめられていた。


「えっ、これってもしかして、魔法陣⁉」


 魔法マニアの中で魔法陣は初歩中の初歩だ。

 実際、魔法陣をなにも知らないまま素人が描いたところでなにも起こらない。魔法陣の書き方なんて本が普通の本屋さんにあるわけない。だから、本当に魔法が起こる魔法陣をカスミが見るのはこれが初めてだった。


「本当にルイくんは魔法使いなんだ!」


 カスミが顔をあげると、その円状に広がった場所だけ、丸い屋根みたいなものに覆われていた。白い柱とドーム状の屋根は、きっとこの魔法陣を消さないために建てられたものなのだとカスミは思った。


「ま、魔法陣……ほんものかな……ほ、本物だとしたら、一回、一回だけ……」


 カスミはそう言いながら、魔法陣の中心の何も書かれていない小さな円の中に恐る恐る足を踏み出した。魔法陣を消してしまわないようにぴょんと跳んで、小さな円の中に両足をつける。


 同時に。

 彼女の身体は宙に浮いた。

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