エピローグ
「ユキちゃーん、検温ですよ」
真っ白な病室、看護師の伊藤さんがカーテンを開けると朝日が差し込んできた。ほんと10センチほどしか開かない窓を開けて、換気をする。そよ風を感じて私はやっとのことで体を起こした。
ピピッと電子音がして私は体をびくつかせる。あの出来事以降、私は電子音とウサギのぬいぐるみが苦手になってしまった。
「ごめんね、はい検温おしまい。今日、お友達が面会にくるよ」
精神病棟に入院して2年が経った。私はヨナが死んだ後、森の中に倒れているところを保護された。
母親の話では私たちは浅田先生の独断のもとキャンプ講習に行くという名目で山に入ったことになっていた。私以外の生徒は全員行方不明。体の一部などが見つかった人もいるが、全員が行方不明のままだった。
私は警察の取り調べや学校の調査でデスゲームのこと、みんなが死んだこと、ヨナのことや二条さつきのことを話したものの誰も取り合ってはくれなかった。
***
「あのね、そんなおかしな配信があったら僕たち警察はすぐに動いてるんですよ」
「でも、確かにあれは」
「それに、君がチャットでヨナさんやハヤトさんとキャンプ講習の話をしている証拠もあるし……」
「ヨナはいじめられてたんです! そんな人たちとキャンプなんか」
「仲直りをさせようって先生が気を遣ったんじゃない?」
「ママ、お願い信じて! 私たち変な施設に閉じ込められて……」
女性の警察官は怪訝そうに私をみてから「ちょっと待っててね」と作り笑いになりママと一緒に一度病室の外へと出ていった。
しばらくしてママは戻ってくると「混乱して変な夢でもみているだけだから」と私を無理やり寝かせると
「一応、変な薬やってないかだけ尿検査と血液検査だって。何もなかったら、ママと一緒にクリニックに通おうね」
「ママ私おかしなんかなってない! だって、本当に……!」
ママが私をそっと抱きしめた。
家でつかってるシャンプーの匂い、クローゼットの匂い。それだけでぶわっと涙が溢れてきた。私以外みんな死んじゃったんだよ。どうして、信じてくれないの?
***
私は妄想と現実の区別が大きなショックにより着かなくなってしまったとかなんとか診断され、投薬で治療をしている。
最初はみんなを理不尽に殺されたことを伝えなきゃいけけないんだという正義感と、自分だけ生き残ってしまった罪悪感から必死で真実を主張していたが薬の量を増やされたり拘束されたりするのでそれももうやめてしまった。
もう、あの事件が本当に起きたことなのかそれすらわからなくなってしまいそうだった。大好きだったヨナとハヤトの本性も、恐ろしい秘密を抱えていたクラスメイトや先生たちも……。
そうやって時間をかけて、あれは私の妄想だったんだと思い込んで先生の意見に従ってやっと最近、面会や外出が許される様になった。みんなが信じなれば真実も真実でなくなる。もう忘れよう。みんなの言う通り、私の妄想だったんだ。全部、全部。
「失礼します」
そういえばさっき、友達が面会にくるって言ってたな。クラスの友人たちももう大学生。私は、高校も卒業できてないままだけど……。ちゃんと笑えるかな、ちゃんと話せるかな。
「久しぶり、ユキ」
目の前にたっていた女性は真っ白なワンピースを着ていた。すらっとした足、腰まで伸びている黒い髪は窓からのそよ風にゆらめいている。引き締まった腰にふんわり膨らんだ胸。美しいデコルテラインに長い首。
「え……」
黒髪ストレートの髪にパッツン前髪、見覚えのある可愛らしい猫目と整った顔。ミステリアスで掴みどころのない美人。
手には百合の花束を持っていた。百合の香りが病室に広がる。真っ白な百合。
目の前に立っていたのは、紛れもなく黒瀬ヨナだった。彼女の妖しい瞳を見て私はあの時の光景を鮮明に思い出す。両手を広げて「処刑だ」と叫ぶヨナ、彼女の眉間にナイフが突き刺さる瞬間、最後にあった目から光が消えていく瞬間。
「これは妄想、妄想、妄想」
私の言葉とは裏腹に、目の前の黒瀬ヨナは百合の花束を花瓶に飾ってそれから静かにもう一度私の名前を呼んだ。
「ユキ」
「ヨナ……なの?」
「うん、私だよ」
ヨナはベッドに腰掛けて私にピッタリとくっつくと、愛おしそうに私の手を撫でた。ヨナの吐息がかかり、彼女が本当に生きていると実感する。
「なんで……」
「言ったじゃない。私は主催者。だから死んでないよ」
彼女はバッグから古びたウサギの人形を取り出した。
「覚えてる? ウサギのうーちゃん。ユキと小学生のころよくお人形遊びしたのにな〜。 せっかくうーちゃんをGMにしたのにユキったら全然気がついてくれないんだもんっ」
私はあのデスゲームのウサギを見た時、懐かしい気持ちになったが今やっと「ヨナが大事にしていたウサギのぬいぐるみ」だと思い出した。
「あ、思い出してくれた? デスゲームも、その前のうーちゃんであそんだことも?」
ヨナは妖しく微笑むと「だから全部妄想じゃないよ。みんなが間違ってる」と付け足した。
「じゃあ、どうして」
「覚えているでしょう。二条家。主催者は私、出資元は二条家。私はさつきさんの復讐を請け負う条件であのデスゲームを二条家に提案した」
ヨナはペラペラと語り出した。二条さつきの兄と心療内科で出会ったこと、そこから仲良くなり復讐を企てたこと。さつきさんが味わった恐怖をいじめっ子たちに味合わせるためにデスゲームという形を選んだこと。
その計画が……ヨナが不登校になってからすぐに始まっていたこと。
「どうして……私とハヤトを巻き込んだの?」
ヨナは薄ら笑いをやめて、真顔で私の頬を撫でた。間近で見るヨナの美しさはこの2年で拍車がかかり、まるで絵画の様だ。恐いほどに美しい。
「どうして、私を生かしたの?」
私は立て続けに彼女に言葉をぶつける。
「なんで、ハヤトを殺したの? ヨナ、ハヤトが好きだって言ってたじゃない」
気がつけば私は理不尽を全て目の前のヨナにぶつけていた。ヨナは真顔のまま私を見つめるだけだった。
「どうして、こんなこと」
と私が言いかけた時、ヨナがにっこりと笑顔になる。恐いくらい、自然な笑顔。
「私が復讐したかったのは、ユキだからだよ」
「ユキ、私が横田たちにトイレに連れ込まれたの見てたよね。それ以外にも何度も何度も助けることはできたよね。でも……ユキは傍観者だった」
ヨナはベッドから立ち上がるとぐるりと回ってみせた。まるでデートでも楽しんでいる様にふらふらと歩く。
「いじめが起こってる時、一番悪いのって傍観者だと思うんだ。いじめを止めることができる唯一の立場なのに、自分の損得を考えて傍観する。自分は手を出してないから関係ないんだって正当化して、いじめっ子に罰が下れば全力で石を投げる。ね、最低でしょ?」
私は何もいえなかった。
だって、私は彼女言うとり、傍観者だったから。大切な親友がいじめられているのに保身のために傍観し、デスゲームの中で横田セリナたちが罰せられるように石を投げた。
「だからね、いじめっ子は死んでもらった。死ぬのって一瞬怖いけど終わっちゃえば楽だからいじめと一緒だよね。中川ハヤトはね、ウサギを殺してるのがわかったから参加してもらった。それに、言ったでしょ? 私はユキに復讐がしたかった。ユキは中川ハヤトの正体を知って自分が好きだったものが、信じてたものがまがいものだったとしって絶望したでしょ? でも、ユキのせいなんだよ」
ヨナが再び笑顔になる。
「私の……せい?」
「そ。みんながデスゲームに巻き込まれたのはユキのせい。ユキがあの時傍観者になってなければ……こんなことにならなかったの」
呼吸が浅くなる、苦しくなる。
「はぁっ……は……」
ヨナが私の背中をさすった。嫌なのに、怖いのに体が動かない。
「ユキを生き残らせたのはね、一生。傍観者らしくみんなを殺したっていう罪悪感に苛まれてほしいからだよ。ねぇユキ、またくるね」
ヨナはナースコールを押すと私の額にそっとキスをして立ち去った。ほどなくて過呼吸になった私を看護師さんが起こしてベッドに拘束した。
鎮静剤で意識が朦朧とするなか、看護師たちの話が耳に入ってきた。
「まだ、面会は早かったかしら……でも会長のお願いだったし」
「あー、二条会長の。確か、この子のカウンセラーになるってすごいプッシュだったわね」
「ワケありらしいよ。さ、仕事仕事〜」
終
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