第16話 信じていたもの


 放課後の教室、誰もいない広い空間で私とハヤトは居残り勉強をしていた。というのも次のテストでクラス成績上位をとったら遊園地デートをしてもいいとお互いの良心に了解をとっていたから、私たちは必死に勉強をしてたのだ。

 最終下校を告げるチャイムがなる。そろそろ帰ろうか、と私が言おうかなと顔を上げた時だった。

「俺さ、ユキと同じ大学に言って卒業したらすぐに結婚したい」

「えっ?」

 少し頬を赤く染めて、真剣な表情のハヤトはまっすぐに私を見つめている。

「俺さ将来は、姉貴と同じ公務員になるんだ。だから安定するよ? それに、ユキに寂しい思いはさせない」

 付き合って数ヶ月、ハヤトが私の手を握ってそう言った。まだ、キス以上のことはしていないのにプロポーズ……?

「ハヤト、まだ早いよ」

「早くない、ユキは可愛いんだ。予約しておかないと俺に飽きて他にいっちゃうかもしれないだろ?」

 と冗談混じりに言いながらハヤトはポケットから小さな小箱を取り出すと私の目のまでパカっと開けた。そこには小さなシルバーリングが輝いていた。

「はー、朝練前に新聞配達のバイトして買ったんだ」

「えっ、高かったでしょ」

「まーね。お小遣い半年分。ほら〜、婚約指輪は給料3ヶ月分とかいうっしょ」

「それ昭和だよ」

「いーの、はい。左手出して」

 私は左手をそっと彼に預ける。ハヤトは当然の様に指輪を薬指にはめると私の手を握ってそっとキスをした。

「結婚するまで、手は出さない。大事にする。だから、俺と……大学卒業したら結婚して……?」

 ハヤトはずるい。いつも大人っぽくてかっこいいくせに、こうやってお願いするときは小動物みたいに可愛いんだから。断る選択肢なんて全くなかった。

「はいっ」

 ハヤトは完璧な彼氏だ。彼を好きになってよかったと心から思った瞬間だった。

「そろそろ、帰ろっか」

「うん」

「そうだ、テスト終わったらさ。遊園地に行けるかどうか関係なくクレープ食いに行こうぜ」

 ハヤトはニヤッと笑うとスマホで美味しそうなクレープの画像を見せてくる。このクレープ屋さんは私とハヤト2人の思い出のお店だ。

「ハヤト、甘いもの好きだよね」

「うん、うち共働きでさ〜、小さい頃、姉貴が甘いもんばっかつくってくれてたせいかな」

「素敵」

「結婚したらさ、今度はユキが作ってよ」

「ハヤト……好き」

「俺も」

 もう一度キスをして私たちは学校を後にした。これが私の最初で最後のプロポーズになるんだろう。そうなってほしい。そうしたい。

 ハヤトの大きくて安心する手を握りながら一生手放したくないと思ったのだ。


***


「はい、中川ハヤトくんを道連れにします」


「は……?」

 ハヤトの声と私の声はほぼ同時だった。

「ユキ、ユキは生きて」

「どうしてっ……」

 私に被せる様にハヤトが大声を出した。

「黒瀬、撤回してくれよ。俺は本当はユキじゃなくてお前が好きだったんだ。それに、ユキはお前を出し抜いて……」

「うるさい、全部知ってる。お前がそういう最低な男だから道連れにするの」

 ドスの効いた声でヨナは吐き捨てる様に言った、あまりの腱膜にハヤトは押し黙る。

「ユキ、今聞いてたでしょ? 中川ハヤトはさ……最低な男なんだよ。ユキにはふさわしくない」

 私はもう感情がぐじゃぐじゃでほとんど正常に頭が働かなかった。親友が殺人鬼で、恋人は命を目の前にして私を裏切る様なこと言った。今までどんなに辛い状況でも正義を貫いていたハヤトは、やすやすとあんなことを言った。嘘までついて私を陥れようと……。


「GM。こいつの秘密を教えてあげてよ」

 ヨナの声にウサギが反応する。プロジェクターに映し出されたのはハヤトのスマホだった。

 チャット画面はハヤトとハヤトのお姉さんのものだった。

<ハヤト、子供できちゃった>

<姉さん、産むよね? 俺の子だよね?>

<うん。ハヤトの子だよ。産むけど……そしたら彼氏と結婚しなきゃだ>

<結婚してすぐ殺そうよ、そしたら邪魔な男はいなくなって可愛い子供だけ残るじゃん>

<でも、ハヤトも彼女ちゃんいるでしょ? だからさ、子供は産むけどこういう関係もうやめよう?>

<姉さん、そんなこと言わないでよ。あいつは姉さんに雰囲気が似てるからカモフラージュとしては優秀だから付き合ってるだけ>

<そうなの……?>

<うん、俺は姉さんしかいないんだから。でも、この国では結婚はできない。だからお互いカモフラージュしてさ……そう約束したろ?>


 狂っている……。

 狂ってるよ……。

 私は溢れてくる涙を拭く気力も無くしていた。信じていたものが全て全て嘘だったんだから。


「中川ハヤトクンは実のお姉さんと肉体関係がありました! さらに〜、ハヤトくんのこんな姿も見せちゃおうかな!」


 ウサギがそういうとプロジェクターに動画が映し出された。その瞬間、耳を塞いでしまいたくなる様な断末魔のような音と動物の鳴き声が大広間に響いた。

「何っ……これ」

 ぶしゅっ、ざしゅっ、ギャーっ! 骨を折る様な音、何かが金属にぶつかる様な音。肉と骨が潰れる音。断末魔、断末魔、断末魔……。

 遠くからの暗視カメラの映像だった。映し出されていたのは暗くてよく見えないがうちの学校、校庭……ウサギ小屋……!

 ウサギ小屋から出てきたのは黒いレインコートをきた人間。そいつはカメラの方に近寄ってくるとフードをはずしてカメラを持ち上げた。

「あー、雑音結構入ってるな。まぁいっか」

 紛れもなく、中川ハヤトだった。手には大きなナイフとエアガン。レインコートにはべっとりと血がついているのか羽毛やウサギの毛がくっついていた。

「はい、ウサギと鶏のレポートです。ウサギは四肢よりも耳のほうが痛がってました。鶏は前と同じなので省きます」

 感情のない顔でハヤトはカメラに向かって説明をすると、ウサギ小屋の状況をカメラに映す。暗視カメラの緑色でもわかる悲惨な光景。バラバラになって飛び散った動物の残骸。

「学校1人気の中川ハヤトくんを演じるのは疲れます。好きでもない女と付き合うのも疲れます。姉さんしか本物の俺を認めてくれない。これが本物の俺なのに」

 ぐしゃり。ハヤトが卵を踏み潰した。


 バチッ。


 映像が終わるとヨナが

「ユキ、だからハヤトには死んでもらう。彼のお姉さんもただでは済まないでしょうね」

「ふざけんな!ぶっ殺してやる!」 

 ハヤトはそういうとヨナに殴りかかり、ヨナの口端から血が流れた。その瞬間、ハヤトの眉間にナイフが突き立っていた。

「あーあー、ルール違反」

 ドスンと目を見開いたままのハヤトが倒れた。これは夢……夢だよね……?


「GM,私の秘密は私から伝えるわ」


 状況が飲み込めていない私にヨナそっと近づいてくる。ヨナ、嘘だよね? ヨナ、夢だって言って……。


「ユキ、あのね。私の秘密はね」

 ヨナがそっと私を抱きしめた。ヨナはお花の匂いがした。彼女の吐息が耳にかかって暖かい体温を感じ、彼女の鼓動が聞こえた。

「私、このゲームの主催者なの」

「えっ……」

 ヨナは私に質問する暇なんて与えてくれなかった。ぱっと私から離れると大広間のど真ん中まで走っていった。そして両手を広げて大声で叫んだ。

「さぁ、処刑を実行して!」

 まるで大袈裟な舞台の演技みたいにヨナは叫んだ。その瞬間、天井から降ってきたナイフがヨナの眉間に突き刺さった。その全てがスローモーションに見えて私は彼女を助けようと届かない手を伸ばした。

 ナイフが眉間に刺さるその瞬間、ヨナは微笑んで私を見つめていた。

「いやっー!」

 私はただ悲鳴を上げた。目の前の全ての現実を否定する様にただ叫び続けた。もうこの世にはヨナもハヤトもいない。

 後頭部に衝撃が走って私の意識は途切れた。

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