第15話 オニ
一睡もせずに大広間に向かうと、すでにそこにはハヤトとヨナが待っていた。
「おはよう」
「おはよう」
2人は私にそう言ってくれたが、私は愛想笑いを浮かべるのがやっとだった。谷山アオイは時間になっても大広間に現れず……彼女のいう通り犠牲者になったのは彼女の様だった。
「俺が見るよ」
ハヤトはそういうと先頭を切って廊下を歩いた。谷山アオイの木札がかかった襖を開けると血の匂いはしなかった。排泄物の匂いで彼女が死んでいることが見なくてもわかったが、ウサギが
「全員死体を確認シテネ」と念を押すので部屋の中を確かめる。部屋は今までのものとは違って真っ白なままでベッドの上では谷山アオイが眠る様にして死んでいた。眉間にぽっかりと穴が開いていたが。
死亡確認完了の合図と共に、私たちは大広間へ戻る。もう慣れたものだ。人の死も凄惨な光景も、この恐ろしい場所での恐怖も。全部、もう慣れてしまった。
谷山アオイの秘密は「横山セリナの兄と不倫している」というくだらないもので、コメントも盛り上がりにかけていた。
「どっちが、オニなの」
私はウサギの号令が終わると間髪入れずに発言する。ハヤトもヨナも俯いた。
「俺は、オニじゃない。ユキが違うんなら黒瀬だ」
「ユキ……私はオニじゃないよ」
2人はそう言った。ハヤトもヨナも私をじっと見つめて悲しそうな顔をする。私たちは仲良しの3人だった。これからいつまでも仲の良い友人として、恋人として普通の人生を送っていくはずだった。
でも、この中の誰かはオニで……生き残るのはどう転んでも1人だけ。
「ヨナ……どうして嘘つくの?」
「ユキ、嘘ついてないよ」
「ヨナ……オニなんでしょ」
「私は、オニじゃない。ねぇハヤトくんを好きなのはわかる。でも、ハヤトくんはずっとおかしかったよ。投票を合わせようなんてオニにしか有利じゃないこと言ってたんだよ?」
「それは、警察が助けに来てくれるかもって」
「ヨナ、どうして……」
ハヤトが私の肩に手を置いた。
「ユキはどうして黒瀬がオニだって思うんだ?」
「だって……」
私はヨナの方をじっと眺めた。ヨナは初日にあった時よりも少し元気になっていて、それでも痩せてしまっていた。灰色のスウェットを着ているせいか、病人のようで彼女の瞳が濁って見えた。
私の目の前に大好きだったヨナはいないんだ。
「ユキ……?」
「だって、ヨナはお花の香りがするんだもん」
私の発言に2人がフリーズする。空気がピンと張ってそれから沈黙が続いた。
「さっき、ハヤトに抱きしめられた時にね汗とか垢とかそういう匂いがした。でも、この前ヨナに抱きしめられた時、ヨナからはいいにおいがした。まるで昨晩シャンプーでもしたみたいにいい匂いがした」
オニが人間を襲撃した後は非常に凄惨な光景が広がっていた。片岡ミユ、鳥谷レイ。ふたりとも恐ろしい量の血が飛び散っていた。それを実行したオニが返り血を浴びないはずがない。
「たぶん……だけど、オニは夜の行動の後にバレない様にお風呂に入ってたんじゃないかな。返り血とかそういうのでバレないように」
ヨナは悲しそうな表情のまま動かない。私は畳み掛ける様に言葉を続ける。
「ヨナ、どうしてこんな……」
「そっか、ユキは私を信じてくれないんだ」
「信じたいよ、でもこんなことダメだよ」
「じゃあ、初日に私が死んでればよかったってこと?」
「今の、自白ってことだよな」
ハヤトが静かに言った。
「そうよ。私がオニ。私は、ユキに投票するよ」
今日、ヨナは投票をうけて死ぬだろう。
そして、ヨナが道連れにするのは……私だ。
***
ハヤトの部活が終わるまで暇を潰すために教室で音楽を聴いていた。バスケ部ってなんで外で練習しないんだろう? 窓から校庭を眺めながら口を尖らせる。かと言って体育館まで観にいくのもちょっと恥ずかしいし……。
そんなことを考えていたらスマホに着信が入る。
「ハヤト、お疲れ」
「どこいんの? もう部活おわったよ。今日はクレープ食べに行こうぜ」
「うんっ」
私は急いでバッグに荷物を詰めて教室を飛び出した。その時、耳に付けていたワイヤレスイヤホンを落としてしまったのだ。
イヤホンが外れた耳に入ってきたのは女の怒鳴る声だった。廊下の遠く、目が悪くて見えないが女の子たちが喧嘩しているようだった。
「さっさとこいよ!」
「ちょっとやめてよ!」
私は視力が悪かったのもあって観て見ぬフリをした。イヤホンを耳に戻して階段へと向かった。
——違う、本当はわかっていた
トイレにひきづり込まれていくのがヨナだったことも。
ヨナが横田セリナたちのターゲットになってることも知っていた。知っているのに、知らないふりをして……彼氏に夢中なフリをして、自分に火の粉が降りかからない様にヨナを避けたんだ。
「——キ、助けて」
背中の方で聞こえた声をかき消す様にイヤホンの音量を上げた。私は何も見ていない。私のせいじゃない。私は、私は……いじめられたくない
***
「私ね、あいつらに復讐できるって思ったからオニだって言われた時、ゲームを続行することにしたの。だからね、この3人になったら自分がオニだったって話すつもりだったよ」
ヨナはケラケラ笑うと、朝の配給の焼きそばパンを齧った。
「もうすぐ投票だね、ユキ」
ヨナの妖しい瞳が私を捕らえる。ヨナは美人だ、綺麗だ。だからこそ怖かった。彼女は見て見ぬふりをした私に最後の復讐をするつもりだ。
(私、もうすぐ死ぬんだ)
「そうだね……私たち一緒には生きて帰れないんだね」
「うん、会えない」
「天国では会える?」
「ううん、私もユキも地獄だよ。地獄でなら会えるかもね」
アハハ、と糸でも切れた様にわらったヨナは綺麗な髪をかき上げた。
「あ〜、すっきりした。怖がる演技ももうしなくていいし、自殺するより百倍ましだし。そろそろかなぁ〜」
「投票の時間だヨー!」
ウサギの電子音、ドラムロール。馬鹿にした様な効果音。全てがどうでもよかった。私はもうすぐ死ぬんだ。
強いて言えば、犯罪を犯したことや秘密はない。だから。他のみんなの用意に死んだ後も恥ずかしい思いをしたり、家族に迷惑をかけることはないだろう。
「サン、ニー、イチ!」
私は大好きな親友をまっすぐに指差した。指差した先のヨナはあの頃みたいに楽しそうな笑顔で「ありがとう」と言った。私の隣に座っていたハヤトもヨナを指差している。
一方でヨナはハヤトを指差していた。
「パンパカパーン! 黒瀬ヨナさんはオニ! オニです!」
もうネタバレをしていたからかタメることなくウサギがコールするとクラッカーがパンパンと部屋のいたるところから鳴った。
「だーいせーいかい!」
「それでは、オニの黒瀬さんは道連れにする人を指さしてね!」
ヨナは私をじっと見つめて頷いた。私も、もう覚悟を決めた。あの時私がヨナを救っていたら、先生を呼んでいたら……こんな復讐劇は起きなかったのだ。
怖いけど、受け入れよう。大好きなハヤトさえ生き残ってくれたら、それでいいって……思おう。涙があふれてヨナの笑顔が歪んだ。私は涙を追い払う様に目をぎゅっとつぶった。
「それでは、道連れは中川ハヤトくんに決定だよ!」
ウサギのアナウンスに驚いて瞼を開くと、ヨナは笑顔で私を見ながらハヤトを指差していた。彼女は表情一つ変えずに私を見つめたまま
「はい、中川ハヤトくんを道連れにします」
と言った。
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