第14話 処刑者2の秘密
私は気が気でなかった。正直、横田セリナの秘密なんかどうでもよかった。私にとって大事な2人の中のどちらかが殺人者かもしれない。
明日の投票でオニを見つけなければ殺されるかもしれない。
「じゃーん、これが整形前のセリナチャンだよ!」
プロジェクターに映し出されたのは小さくて彫刻刀で傷つけた切り傷の様な目をした豚鼻の少女だった。唇の下のほくろでなんとか横田セリナと判別できるが……。小学校の卒業写真を見るに彼女が整形をしたというのは本当らしかった。
<えっぐ>
<ゲロブスのくせしていじめっ子わろ>
<こっちの方がキャワ>
<豊胸?>
<うわー、萎えたわ>
<これは抱けない>
横田セリナは何もいわなかった。どうせ死ぬからなんでもいえばと諦め切った表情でプロジェクターに背を向けていた。整形箇所を表す矢印と金額が表示される。
<目:全切開40万>
<鼻:フル 150万>
<頬:脂肪吸引 30万>
<顎:プロテーゼ 30万>
<エラ:骨けずり、ボトックス 150万>
<その他:定期メンテナンス、ヒアルロン酸、ボトックス治療>
「なんと、合計で500万円近くのフルカスタムだぴょん!」
「別に、整形は悪いことじゃないし。芸能人みんなしてるよ、私が通ってたクリニックにモデルだっていっぱい来てたし。整形は努力のうちだし。っていうか、死ぬ前の人間の整形暴露して楽しい? どーも、元ブスでーす」
横田セリナは大声で叫んで唾を吐く。
「うんうん、整形は悪くないよ! でもこれは悪いんだヨー!」
プロジェクターの画面が切り替わった。
ラブホテルの部屋の中の映像だ。毒々しいピンク色の照明にやけにテラテラと開くシルクの様なシーツ。ベッドの枕元には照明のボタンがいくつもついている。雰囲気を高めるためかジャズっぽい音楽が流れていた。
ベッドに横になっているのはバスローブを着たおじさん。誰だかわからないが腕にはかなり高級そうな時計をしている。
パパ活……だろうか?
そう思っていると部屋のドアが開いて若い女がが2人、入ってくる。おじさんは体を起こすと
「よくきたねぇ」
といやらしく若い女を上から下まで舐め回す様に眺める。若い女の顔がよく見えないが多分片方は横田セリナだった。背が高く印象的な金髪だったし……なによりこれは彼女の暴露動画だし。
「じゃあ、シャワー入っておいで」
横田セリナらしき方が、もう1人の若い女の背を押してシャワールームに入る様に促した。予想外だったのは横田セリナはシャワールームに入らずにベッドに向かい合う様に置かれた椅子に座るとおじさんと話し出したのだ。
「いやー、セリちゃん今日もかわいいねえ」
「え〜、ってかパパの友達は?」
「あぁ、遅くなるっていうからお金だけ預かってきたよ」
おじさんはバスローブ姿のままベッド脇のバッグから茶封筒を取り出すと横田セリナに手渡した。横田セリナは茶封筒を受け取ると中身を取り出す。中身はもちろんお金だった。それもかなりの量の札束。
「100?」
「150だよ。セリちゃんからもらった写真さ、俺の仲間が気に入っちゃって。今日人数来るんだよね」
「まじ? 何人分?」
「合流するのは1人だけど、その後スイートルームの方5人。まぁそっちはお試しだから1人10万だけどね」
「おっけ〜、まじ助かるわ〜」
「今日の子はいいねぇ、ウブな感じが最高に好みだ。あの子を僕たち色に染めてあげれると思うと……。それで口止めは?」
おじさんが真剣な声色になる。
「大丈夫、あいつのヤバい写真はこっちで抑えてるから。ネットにばら撒かれたくないだろうしクチは割らないと思うよ」
おじさんは再度カバンに手をかけると財布らしきものを取り出して
「はい、セリちゃん今日のタクシー代。また頼むね」
「え〜うれぴー! ありがと。じゃあ次の子探すまでそいつで我慢してよ。なかなかいないんだよね。芋っぽくて処女」
横田セリナが部屋をあとにして数分、シャワーから出てきた若い女はぎこちなくベッドに座った。おじさんに肩を抱かれ、近い距離で会話が始まった。
「名前は、サツキちゃん」
「ひっ」
「大丈夫、大丈夫。おじさん優しくするからねぇ。初めては一生忘れられないからねぇ」
「最低……」
ラブホテルの映像が終わるとその後、どこかのホテルの大きな部屋にうつり早送りになったが一晩中盗撮カメラが回し続けられていた。あまりにも悲惨で恐ろしい映像だった。私は目を背け、横田セリナは死ぬべきだと強く思った。
横田セリナを見ると死んだ目でプロジェクターを眺めていた。先ほど谷山アオイが「私たちが殺したも同然」と言っていたのはこのことだったんだろう。
二条さつきはたったの百万ちょっとでその身を汚され、脅され続ける人生を自らの手で終わらせたのだ。家族の誰にも頼れず、自分だけでは対処もできず、全てに絶望して死んでいったのだ。
すでにいじめによって様々な誹謗中傷や噂をネットや週刊誌に書かれていた彼女はこの最後の秘密がいつか漏れてしまうのなら死んでしまおうと思ったに違いない。
二条さつきが過ごしたのは地獄よりも辛い日々だったのだ。
「横田セリナちゃんは〜、昔から友達や同級生をパパ活あっせんして楽して稼いだお金で整形をしてたんだヨー!」
<そこまでして読者モデルで草>
<ブスはなにしてもブス>
<かわいい子ばっか狙ってた理由ほんと草>
<彼氏の浮気が可愛くみえるレベル>
<こりゃ、家族も袋叩きですわ!>
<横田紀行 45歳 〇〇株式会社 営業課長>
「は? 家族は関係ないだろ?」
コメントをみて横田セリナが発狂する。
<横田みち 44歳 〇〇デパート パート>
<横田ひまり 13歳 〇〇中学校 1年3組 テニス部>
「やめろ……家族は関係ない!」
<凶悪いじめっ子犯罪者の家族特定完了! 会社凸かましまーす!>
「やめろ! おねがいだから!」
<子供の整形みて見ぬふりした天罰でーす! こいつらが気が付いてたら金の出どころも掴めたのに親も同罪! 断罪!>
「やめて……やめて」
横田セリナは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら土下座して頭を畳に打ち付けている。大声で謝りながら無様に謝罪を続けている。
何人もの人をいじめた横田セリナも家族は大切なんだ。自分は二条さつきやヨナにひどいことをたくさんしておいて何が「ごめんなさい」だよ。
<処刑! 処刑!>
「それでは横田セリナさんの処刑を開始します!」
「ごべんばざさい……ごべ……」
横田セリナが顔をあげた瞬間、彼女の鼻にずっぷりとナイフが突き刺さった。ぎゃあと声を上げてのたうちまわる彼女に追い討ちするかの様に天井からもう一本ナイフが刺さった。脇腹にささったナイフが暴れたせいで抜けて血が噴き出す。
暖かい液体が私の顔にぶしゃりとかかった。かろうじて目を閉じたが、恐怖と血の温かさで息がうまくできない。
「ユキ!」
ハヤトの声がする。彼の大きな手が私の目の周りを優しく拭ってそれから「大丈夫、大丈夫」と言いながら私の頭を抱き込む様に包み込んだ。風呂に入っていないせいか、血の匂いとは違う不快な香りがした。
彼の胸からは心臓の鼓動が聞こえる。かなり早く波打つそれは彼が恐怖か、はたまた緊張か…それとも興奮か。その音で、過呼吸気味だったが落ち着いて
「黒瀬、バスタオル持ってきてくれないか」
「わかった……」
「横田セリナさんの死亡が確認されました! それでは完全消灯までは自由時間だヨ! じっくりオニが誰かを検討してネ!」
「大丈夫、大丈夫」
血の匂いに包まれながらゆっくり呼吸を整える。血が噴き出す瞬間、鼻にナイフの刺さった横田セリナと目があった。目が会った瞬間、スローモーションになった。横田セリナは何かを訴えるように私を見て……
ハヤトが私の背中をさすっている。大きくて安心する手。
「タオル」
「黒瀬、ありがとう。ユキ、顔にタオル当てるよ」
暖かい濡れタオルで優しく顔を拭かれる。じんわり、じんわり暖かかった。
「もう目、開けていいぞ」
恐る恐る目を開けると、そこには大好きな彼氏の顔があった。心配そうに私を見つめ、大きくて綺麗な瞳には私だけが写っていた。
「ユキ……?」
普段の私なら、きっとハヤトに抱きついてその腕の中で泣いていたんだろう。でも、今はそうすることができなかった。
だって……
——ハヤトはオニかもしれない
「大丈夫、ありがとう」
私はそっと彼から離れるとヨナからも離れて座った。コト切れた横田セリナは顔を向こう側に向けてうつ伏せに倒れており、彼女の周りには大きな血溜まりができていた。畳が少しずつ血を吸っているのか気泡が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返し、プシュ…と時折いやな音を立てていた。
「よかった、大丈夫で」
ハヤトはそういうと福山レオンの時と同じ様に風呂場からバスタオルを持ってくると横田セリナの遺体を隠す様にかけた。出血がひどいせいですぐにバスタオルの半分近くが真っ赤にそまってしまったが……。
「ねぇ! 昼ごはん! お弁当にしてよ!」
突然、谷山アオイが叫んだのでヨナも私もびくりと体を震わせる。谷山アオイはあぐらをかいて座り、リラックスした様子だった。
「谷山さん?」
「だって、これ最後の昼ごはんになるんだよ。私」
「え?」
「見たでしょ、セリナがやってたこと。次の犠牲者は私。私もさつきがいじめられてるの知ってたし、参加もしてた。殺されて当然だもん。だから、最後くらいおにぎりじゃなくてお弁当がいいよ」
涙声でそういう谷山アオイは諦めたように笑った。
「オニ、誰なんだろね。ねえ、生き残った人は私の親にごめんねって伝えて」
谷山アオイは給仕口に向かうと中に入っていたものを取り出してこちらに見せた。
「見て、ツナマヨおにぎりだって。そうだよね、あたし……人殺しだもん」
と悲しそうに笑った。
3日目 昼のターン
処刑者 横田セリナ 死亡
残り 4人
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