第13話 投票合わせ



 ハヤトの提案により今回の投票は数を合わせることが決まっている。だから、誰も死なない。夜のターンまでの間、全員が延命されたことになる。もちろん、オニも。

 私たちの作戦ではこうして犠牲者を最小限に抑えつつ、警察が私たちを見つけてくれるのを待つことだ。海外に連れてこられてしまっていたら難しいかもしれないけれど、今の私たちにはこうする他ないのだ。


「投票までサン! ニー!」


 福山レオンが死んだ時よりも緊張感がまるでなかった。投票先は決まっていたし、オニも含めてこの中で誰も死にたくない。だから、予定調和のまま進むんだ。不思議と昨日よりも心が穏やかで私は自分の役割を確認する。

 私は横田セリナに投票することになっている。ヨナもだ。ハヤトはきっと私怨で裏切りにくい様に投票先を分散した。そもそも、犠牲者を少なくしようというもの自体が彼の提案だったし……。聡明で優しいハヤト、彼と恋人になって本当よかったと誇らしい気分になった。

 大丈夫、この瞬間は誰も死なない。


「イチ!」


 私は予定通りに横田セリナを指差した。問題は横田セリナだ。彼女が私や谷山さんを指差していた場合のみ死者が出ることになる。といっても死ぬのは横田セリナ自身だが……。恐る恐る彼女に視線を向けると横田セリナは憎しみいっぱいと言った表情でヨナを睨みながら指差していた。ヨナも予定通り横田セリナを指差している。

 よかった。非協力的な人がしっかり予定通り動いてくれていれば私たちの作戦は成功だ。

「じゃあ、投票を読み上げてネ! 白井ユキちゃんから!」

 私は突然名前を呼ばれてビクッとしたが深呼吸をして呼吸を整える。大丈夫、誰も死なないから落ち着いて、私。

「私は横田さんに」

「私は横田さんに」

 ヨナが静かに言ったが横田セリナが舌打ちをした。私はヨナの手を握った。

「俺は黒瀬さんに」

「黒瀬に投票した」

 横田セリナはそう言って、腕を下ろした。そして、私たちは谷山アオイ以外が腕を下げた瞬間に違和感に気がついたのだ。

「嘘……だろ?」

 ハヤトが谷山アオイに向かっていったが、谷山アオイは狂った様に笑い出す。

「あははは、あはは! 私は、横田セリナに投票しまーす!」

「はぁ?」

 谷山アオイはハヤトに投票するはずだった。しかし、彼女が指差していたのはハヤトではなく横田セリナだったのだ。ハヤトと横田セリナが隣同士に座っていたことで気が付かなかったが、谷山アオイはしっかりと横田セリナを指差していた。彼女の投票先が変わったことで2・2・1になるはずが3・2の投票になりヨナが2票、横田セリナが3票と票が偏ってしまった。

 この瞬間、今日の昼のターンで処刑者が出ることが確定した。

「話が違うだろ、アオイ!」

 横田セリナが絶叫する。信じられないといった表情で谷山アオイを見つめる。横田セリナの目は血走り、目前に迫った死の実感に足がガタガタと震えている。

「おい、谷山お前がオニなのか?」

 ハヤトが声を震わせる。みんなで助かろうと決めたことを裏切った谷山アオイはオニなのだろうか。少なくとも裏切ったことは確かだ。

「谷山さん……? どうして」

 谷山アオイは狂ったように転げ回って笑う。クールなお姉さん系ギャルの彼女がまるで小学生の男の子の様に笑って転げ回って足をバタつかせた。その光景が視聴者映えするのかウサギは一向に彼女を止めようとしなかった。

「なんで……だよ。まさか、アオイもあたしがオニだって」

「違うよ」

 さっきまでとは一変、谷山アオイはスッと真顔になった。あまりの変わり様に別の人格が乗り移ったのかと思うほどだった。

「セリナ、まだ気が付かないの?」

「はぁ?」

「ほんと、脳みそスカスカだよね。昔っからあんたはさ」

 谷山アオイは深いため息をつくと

「こんなデスゲーム、許されると思う? 普通、5万人にも配信されてたら正義厨が通報して警察が捜索して1日目の夜には保護されててもおかしくないって思わないの? そもそも、このからくり屋敷みたいな施設も、死体がすぐに片付くのもおかしいと思わないの?」

 横田セリナは答えないが、谷山アオイの言っていることは至極真っ当だ。デスゲームをやるためだけに作られた様な施設。すぐに片付く死体。毎日配給される食事。少なくとも半年以上は計画されたものだろうし、膨大な費用がかかっているはずだ。

 こんな大掛かりなものを警察が見つけられないのもよく考えたらおかしい。私たちは路地裏で拉致された。都内の、防犯カメラがたっぷりある場所で。

「どういうことだよ、谷山」

「あんたたちは巻き込まれただけだろうね。ごめんね。多分、このゲームにオニなんていないよ。だって犯人は二条さつきの家のやつらだもん」

「二条……さん?」

「さっき、レイの暴露動画で流れてたあの子。1年前に自殺した子。緊急集会あんたたちも出たでしょ。あの自殺配信した子」


 谷山アオイは二条さつきについて話し出した。

 二条家は元財閥の家系で代々警察関係者や官僚、葬儀屋、病院などさまざまな組織施設にかかわる家柄だった。二条家の出身であれば昇進は容易いなんてのが陰謀説として唱えらていることもあったそうだ。

「さつきは、その二条家の分家。あとはわかるでしょ。さつきが死んだ復讐をしてるんだよ。黒瀬さんは髪……切られてないよね?」

 突然話を振られたヨナは不思議そうに長い黒髪を触って頷いた。

 そういえば朝……


「いじめ方が……反映されてるんだよ! ミユはお前の髪を切った。だからミユの髪が切れてた。 レイは……お前をしょんべんだらけの便器に顔を突っ込ませた。なぁ、黒瀬お前がオニなんだろ?」


 と横田セリナが言ったことを思い出した。

 そうか……そういえば動画の中でこれと同じ様なことを二条さつきがやられたと言っていた様な。

 谷山アオイが続ける。

「ミユはさつきの自慢だった髪をカットした。レイは……さっき見た通り。だから、オニなんかいない。さつきの復讐をしたい二条家の誰かがこんなことしてるんだ。だから、セリナを殺して終わりにする」

「ふざけんな!」

 横田セリナは何も反論ができず谷山アオイに罵声を浴びせる。しかし、谷山アオイはそれを無視する。

「ねぇ、セリナ。私たちがさつきをいじめ始めた理由、あんたは覚えてる?」

「はぁ? それがなんなんだよ」

「やっぱり、覚えてないんだ」

「さつきが……金持ちなことウチらに隠してたから。セリナがさつきの財布を勝手に漁った時にできてたブラックカード。さつきは金持ちなのを隠してて知られたくなくて、それをうちらが勝手に暴いてそれでいじめ始めたんだよ」

 二条さつきにどんな理由があったかわからないが、二条家の人間であることを隠して入学していたらしい。

「はぁ? あいつが嫌味っぽく庶民のふりなんかしてるからいけないんだろ! っていうか、それがなんなんだよ!」

「わかんないの? さつきは……うちらに金持ちだってバラされていろんなやつからたかられて、週刊誌に二条家の隠し子って報道されて……。日本中に自分の顔と名前が拡散されて、金持ちだからって嫉妬されて誹謗中傷されて……ねぇこれって今のうちらとおんなじじゃん。バラされたくないことをバラされて殺される。さつきがされたことと一緒じゃん!」

 私は谷山アオイの言葉を聞いて思わず口から言葉が出てしまった。

「二条さんは…… 殺されたの?」

 谷山アオイがぐっと拳を握って俯く。

「セリナの秘密暴露で全部わかると思う。私からは口にしたくない。でも、私たちが殺したのも同然だと思う」

 谷山アオイは私たちの方を見て続ける。

「二条家くらいになれば警察や報道に手を回して捜査を止めることも、隠蔽することも可能だって聞いた。それに、もしかしたらここはもう日本じゃなくて海外で私たちはどこか逮捕協定のない島とかにいるのかもしれない。二条家くらいの財力なら簡単にできると思う」

 本当にそんなことがあるの……? じゃあもう私たちは……。

「セリナとあたしたちがやったこと、直接手は下してなくても人殺し……だから」

「ふざけんな、お前こそ人殺しじゃん!」

 横田セリナが鬼の形相で谷山アオイを睨んだ。唾を撒き散らしながら大声で罵る。しかし、谷山アオイはもう横田セリナに怯えることはなかった。淡々とまるで園児に言い聞かせる様に

「私は、もっと早くあんたを殺すべきだったって思ってる。ミユやレイが……ううん、さつきが死ぬ前にあんたの幼馴染の私があんたを殺しておくべきだったって後悔してる」

 涙と鼻水を撒き散らしながら谷山アオイが叫ぶ。

「セリナ、お前人間じゃないよ。さっきまで仲がよかった人間いじめてさ、自殺に追い込んでさ、次のターゲット探して、友達恐怖で支配して……何がしたかったの? あんたにとって友情って何? いじめして一緒に悪いことして確認しなきゃわからなかった? 幼馴染の私にもそうじゃなきゃ」

「うるさい」

 ぴしゃりと言ったのはヨナだった。ヨナは冷たい視線で2人を眺めると

「綺麗事にしないでよ。あんたも笑って私に水かけてたくせに。二条さんが死んだ後、平気で私をいじめたくせに。あんたたちの友情ごっこなんか聞きたくない。谷山さんも横田さんも私からしたらおんなじいじめっ子だから。誰がリーダーとか怖かったとかそんなの関係ないから」

 低くドスの効いた声、ヨナの鋭く強い表情に私は何もいえなかった。さっきまで泣いて震えていた彼女とは思えなかった。

「すみませーん、さっさと進行してもらえますか」

「おい、黒瀬」

 ハヤトを無視してヨナはウサギを眺めた。

「私、横田セリナがオニだと思ってるから……早く終わらせよう。もう、いじめのこと聞きたくないよ」

 ヨナの言葉に誰も反論しなかった。もうこうなってしまった以上、私は横田セリナがオニであることに賭けるしかなかった。でも、もし横田セリナがオニだったら……?

 横田セリナはものすごい形相でヨナを睨んでいた。

(ヨナが道連れにされちゃう!)



「投票の結果! 横田セリナチャンが処刑されることになったヨー!」

私の気持ちとは裏腹にウサギは淡々と電子音で発表をする。ファンファーレのバカにした様な音がして、拍手の効果音が流れた。

「それじゃ、横田セリナチャンはオニーー……」

 ドラムロールが流れる。ウサギが言葉をタメながらドラムロールが鳴り終わるのを待ち……

(お願い、ヨナを連れて行かないで)

(お願い、どうかオニでありますように)

(道連れに谷山さんを選んでくれますように)

「ではありませんでした!!」

 しょんぼり……といいたげな効果音が流れて大広間は静まり返る。横田セリナは

「えっ……」

 私は思わず声に出してしまった。

「だから、あたしはオニじゃない! ふざけんな!」

 私はハヤトとヨナを見つめる。谷山アオイは高確率で鬼ではないだろう。もし彼女がオニならここで横田セリナを殺さずに一晩ずつ人を殺せば良かったのだ。でも、それを裏切って彼女は行動した。それはオニの行動とはいえないだろう。

 じゃあ……そうしたら、ハヤトかヨナが鬼……? 私の脳裏には片岡ミユと鳥谷レイの惨状が思い浮かんだ。この2人のどちらかがあんなことを……したの?


「それじゃあ、お待ちかねの横田セリナちゃんの秘密をだーいこうかーい!」

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