第12話 犠牲者2の秘密


「ジャジャーン! 鳥谷レイちゃんの秘密はコレ!」

 ドラムロールのあと、プロジェクターに映し出されたのは診断書だった。患者名はもちろん鳥谷レイ。


<適応障害により通学が困難なため本日より1年の療養が必要と診断する>


 適応障害というのは精神的な病気だと聞いたことがあった。私の周りではそういった経験がないからかあまり詳しくはないけれど、診断書の内容を見るに1年ほど量量が必要だとすればかなり重い症状だったに違いない。

「え?」

 谷山アオイがプロジェクターを指差した。

「どうした?」

「生年月日、ウチらの1個上になってる」

 そういわれて確認してみると診断書の上の方に一緒に写されている鳥谷レイの保険証の生年月日が私たちの学年と同じ生年月日ではなかった。それどころか、保険証の住所も全く違う県になっている。

「谷山アオイチャン、するどいね〜! そう、鳥谷レイちゃんの秘密は1年の留年! 年齢をみんなに詐称してたことだよ〜?」

 ウサギのいうことが本当だとすれば(本当なんだろうけど)、鳥谷レイは1年の休学を経てうちの学校へ編入してきたということだ。

 私たちにとって留年は結構気まずい要素だったりする。先輩なのに同じクラスってすごく気を使うし、何より相手もやりにくいだろうし。鳥谷レイが大人びていたのはクールだからでもボーイッシュだからでもなくんだ。どこか冷めた様な雰囲気も、自分の立場を守るために一番強い横田セリナの取り巻きにいたのも歳上だからこその処世術だったんだ。

(歳上なら、いじめを止めるってこともできなかったのかな)

 

「ま、今まで通り秘密にはこの先もあるんだヨー!」

 ウサギのアナウンスにコメント欄は大盛り上がりだ。今までの暴露のほとんどは犯罪だった。鳥谷レイも犯罪者なのだろうか。

「じゃじゃーん!」

 画面に映し出されたのは芋っぽくて太った少女、その少女が虐められているような証拠の数々だった。

 鳥谷レイがいじめた子なのだろうか?

「じーつーはー? 鳥谷レイちゃんは前の学校でいじめられて自殺未遂、適応障害になって休学してたんだぴょんっ。イメチェンして今の学校では見事いじめっ子グループに昇格したよ!」

 まるで整形外科のCMのようなビフォーアフター動画が流れる。芋っぽいデブな少女が鳥谷レイに変化する。過去の不細工な卒業写真や虐められていると見られるメッセージアプリの証拠の数々、入退院の記録。鳥谷レイのリストカット跡……。

 そして次に映し出された動画はイメチェン後の鳥谷レイが写っていた。


「最近仲良くなったレイちゃんでーす! 今日は二条さつきちゃんと仲良くしようと思いまーす!」

 動画の撮影主の声は明らかに横田セリナのものだった。引き攣った表情の鳥谷レイと写っているのは二条さつきだった。怯えた表情の二条さつきは女子トイレの中央で腰を抜かしている。

「はーい、セリナは撮影役だから〜今日はレイがやってよ」

「えっ」

「なに? レイできないの? ホースで水かけるだけじゃん。もしかして、うちらノリ合わない系?」

「違う違う、かしてホース」

「やめて……レイちゃん。お願い」

 命乞いのように鳥谷レイを見上げる二条さつき。前髪がおかしな形に切られていた。

「昨日ミユはこいつの髪切ったんだよ? レイはどんな面白い動画見せてくれるかな〜、セリナ楽しみだな〜」

 鳥谷レイはホースをぎゅっと握ると画面の外側にいる誰かに目配せをした。ホースが踊る様に跳ねると一気に水が溢れ出し、鳥谷レイは水の勢いが強くなり拡散されるようにホースの先を潰して二条さつきの顔目掛けて噴射した。

「いやぁ! 冷たい! 寒い!」

 二条さつきは顔を庇う様に手を前に出すが二股にも三股にも割れた水は容赦なく彼女の顔に降りかかる。次第にセーターがぐっしょりと濡れて重くなり、シャツが透けて下着が浮き上がっていた。

 鳥谷レイはチラチラとカメラの方を見る。まるで怖い親の機嫌を子供が伺う様なそんな様子だ。

「うーん、これならセリナもやったことあるんだよね〜」

「汚物は……もっと綺麗にしなきゃ」

「レイちゃん……やめて」

「汚物は……トイレに流さなきゃ」

 鳥谷レイの言葉に横田セリナが嬉しそうに声を上げる。その瞬間、鳥谷レイはへたりこんでいた二条さつきをひきずってトイレの個室にひきづり込んだ。横田セリナは爆笑しながらカメラであとを追い続ける。

「やべっ」

「うるさいっ」

 鳥谷レイは二条さつきを洋式トイレの前にひさまずかせると髪を掴んで思いっきり便器の中に彼女の頭を押し込んだ。

「うっわ、きったな! まじ汚物!」

 ブクブクという泡音と、顔が上がるたびに悲鳴を上げる二条さつき、バタバタとトイレの床や壁をたたく大きな音。二条さつきがもがく様に手足を必死で動かしている。

「アオイ、ミユおさえてよ」

 横田セリナの一際冷たい声、すぐに画面の中に2人が現れて暴れる二条さつきを抑え込んだ。抑え込まれた彼女はまるで水責めの拷問をうけているような格好になってなんども何度も洋式便所の中に頭を突っ込まれた。

「はーい、お顔撮影ターイム!」

 前髪を掴まれて上をむかされた二条さつきは鼻血だらけで泣きながら「許して、助けて」とカメラに向かって懇願する。ちらりと端に写った鳥谷レイは真っ青な顔で死んだ目をしていた。

「汚物は流さないと」

 横田セリナはそういうと手を伸ばしてトイレの洗浄ボタンを押した。それを合図に鳥谷レイが二条さつきの頭を便器の中に押し込む。

「がふっ、がふっ」

「やっば、こいつトイレの水飲んでるんですけど! 元貴族のお嬢さまは庶民の心を理解するためにおトイレのお水も美味しく頂戴しまーす!」




 動画はそこで終わった。あまりの凄惨な映像に私は言葉も出なかった。いじめを経験した人が、同じ人間にすることじゃない。あまりにも自分勝手で最低だと思った。

「このように、鳥谷レイちゃんは自分もいじめられっ子だったのに二条さつきチャンをいじめて自殺に追い込んだド畜生なのでした〜!」



 秘密の暴露が終わると、全員がへたり込んで黙っていた。横田セリナと谷山アオイには罪の実感をあたえ、関係のない私たちにとってあのいじめの映像はショック以外の何者でもなかった。

 鳥谷レイがいじめの経験者だったとか、留年を隠していたことなんて言い訳にならない。あれは、あんなことができるのはもう人間じゃないと思った。少しでも心があればあんなことできないと思うからだ。あんなひどいこと、絶対にしてはいけない。

「ヨナ……」

 私は同じ境遇にあったであろうヨナをぎゅうと抱きしめた。ヨナの体は震えていて、かすかに花の香りがした。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 ヨナはいじめの動画をみて嫌な記憶を思い出してしまったのか小さな声でずっと誤り続けていた。

「ヨナ……大丈夫、大丈夫だから」

 彼女を抱きしめて背中をさする。もう限界だ。こんなの耐えられないよ……。警察はいつ私たちを助けにきてくれるの……? 


「あのさ、投票のこと決めておかないか」

 ハヤトが申し訳なさそうに言った。どのくらい時間が立ったんだろう。もう谷山アオイも含めて食料を確認したいと思う人はいないようだった。

「そうだね、決めとこう。セリナは協力してくれないだろうからそれも考えて投票先を決めよう」

 谷山アオイは至って冷静だった。

「今は5人だから、票が2・2・1に分かれたら問題ないってことだよね。多分、セリナは黒瀬さんに入れるはず。だから私は中川くんに投票するよ」

 谷山アオイが私に目配せをする。私にも投票先を明示しろということらしい。

「じゃあ、私は谷山さんに」

「おっけ、黒瀬さんは?」

「私は……横田さんに」

「じゃあ俺は黒瀬に、ユキ、横田に変えてくれないか」

「えっ」

 ヨナが声を上げる。すかさずハヤトが説明する。

「横田に二票集めて、おれが1票で分散させる。そうすれば横田がユキを指ささない限り死人は出ない。横田がユキや谷山を指差したら……横田が死ぬことになる」

 ハヤトはわざと聞こえるようにいうと、横田セリナは

「あたしは黒瀬がオニだと思ってる。だから、黒瀬に投票する」

 と宣言。

 私たちはその頑固さに救われた。と同時に昼のターンでオニが処刑できない以上、今夜また誰かが殺されることが確定する。


「大丈夫、俺たちはきっと生きて出られる」

 そういったハヤトの拳には青いあざができていた。こんなにも優しく、みんなを守ってくれる彼も1人になった時は辛いのかもしれない。

 どうしてこんなことになってしまったんだろう? 私もハヤトもただ幸せに高校生活を過ごしていただけなのに。横田組の人たちとは違って私は悪いことなんて何もしていないのに……どうして。

 私は今すぐにでも警察が助けにきてくれることを祈りながら投票時刻が迫るのを待った。



2日目 夜のターン


犠牲者 鳥谷レイ 死亡


残り 5人

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る