第11話 犠牲者2



「ユキってさ、姉貴と雰囲気似てるよな〜」

 ハヤトのお姉さんおすすめのカフェ。お姉さんもいれて3人で美味しいハチミツラテを飲んでいた。

 彼のお姉さんは公務員でふわふわした可愛らしい印象の女性だった。いつも笑顔でニコニコ。話す速度もゆっくりで可愛い声、おっとりした優しい典型的なふわふわ系女子。

「ハヤト、ユキちゃんは私なんかよりもとっても素敵じゃない?」

「いえいえ、そんなぁ」

「姉貴ってばほんと謙虚だよな〜。さすが公務員って感じ。でもほら、2人とも色が白くてふわっとしてていつも明るいところとか面白いところとか」

 ハヤトは私の方を見てにっこりと笑う。その顔がカッコよくて、大好きで自慢の彼氏だ。

「あ〜、ハヤト。ユキちゃん独り占めしないでよ。今度、女の子だけでショッピング行こうね」

「あっ、ずりぃ」

 ハヤトとお姉さんは歳は離れているもののかなり似たもの姉弟だ。美形なところも優しいところも一緒にいると安心するところも……。

 どうしてこんなカッコいいハヤトが私を選んでくれたんだろう? いつ彼をみてもそう思ってしまう。私とヨナと3人で仲が良かったハヤト。と言っても私とヨナがハヤトを「推し」ていたことはなんというか誰でも知っている事実だった。むしろ、ハヤトを推している女子はクラス内外含めたくさんいたし、その中でもたまたま私とヨナは彼と同じクラスで席が近くなったことがきっかけで話したりするようになっただけの話だ。

 私の最大のライバルはヨナだった。

 ヨナはご両親がお医者さんで常に成績もトップ。竹下通りを歩けばスカウトが渋滞するくらいの美人でオーラを持っている魅力的な子だ。一方で私は小さい頃からヨナにくっついているオマケのような存在で、ヨナに近づきたい男子たちが私に話しかけてくる程度の見た目だったし、ヨナのそばでは存在が消し飛んでしまうくらいの存在感だと自認していた。


「俺、黒瀬さんのこと気になってるんだけどさ。白井って黒瀬さんと仲良いよな? よかったら今度遊びに誘って……」

 私の初恋は呆気なく終わった。私の初恋の人を知っていたヨナはその後、男の子をこっぴどく振って

「ユキの良さがわからない男なんてサイテーだよ」

 と爽やかに笑った。


——私はヨナが大好きだ。

 小さい頃のヨナはまるでお姫様みたいに可愛くて私の憧れだった。どんなことがあっても一緒にいてくれるヨナがどんどん好きになって、中学にもなれば彼女が隣にいることが当たり前だった。だから、初恋の苦い経験も、ヨナの付属品扱いされることも全然気にならなかった。

「白井、あのさ。俺……お前のことが好き」

「へっ」

 ハヤトに飛び出されてそう告白された時、私はあまりの驚きにしばらくフリーズしてしまった。

 だって、ハヤトはてっきりヨナが好きなんだと思っていたから。私と一緒にいてくれる男の子のほとんどがヨナ目当てだったから。何よりもハヤトとヨナはお似合いだったし、ヨナが「好きな男の子」を私に教えてくれたのは初めてだった。だから2人がくっつくものだとばっかり思ってたのに。

「ごめん、俺じゃ嫌?」

「えっ、へっ? ううん、全然っ。むしろお願いしますぅ!」

「ははっ、白井ってほんと面白いよな〜。でも、ありがとう。よろしく」

 



 けたたましいサイレンの音で幸せな夢から目覚めてしまった。あまりにも不快な不協和音のサイレンで頭がガンガンする。あまりのうるささに身を起こすとサイレンはピタリと止まった。

(もしかして、私が起きたと認識されるまで鳴り続ける……?)

 しゃべるウサギのぬいぐるみといい、部屋のどこからか飛んでくるナイフといい……この建物は一体どうなっているんだろう? ここは本当に日本なのかな。怪しい組織が海外の孤島とかに立てた富裕層が楽しむための施設とかで……本当にアニメや漫画の世界のように逃げられないとか、ないよね?

 さすがに日本の警察はすぐにわたしたちを見つけてくれるよね?

 不安に駆られていると排泄物の不快な匂いに気がついて私は我に返る。そうだ、おまるの中身を流しに行かなくちゃ。

 廊下に誰もいないことを確認しておまるを手で隠すようにしながらトイレへ向かった。廊下の奥にあるトイレは和式で監視カメラは後方上部に1つ確認できた。もしかしたら目の前にあるパイプとかペーパーホルダーとかに隠されている可能性もなきにしもあらずだけど……。

 トイレでおまるを綺麗にしてから一度部屋に戻り、それから大広間へと向かった。大広間にはヨナ、ハヤト、谷山アオイが先に到着していた。

「ユキ!」

 悲鳴に近い声をあげて、私に抱きついたのはヨナだった。ヨナが私をぎゅうぎゅうと抱きしめる間、背中越しにハヤトと目があった。彼は安心したように微笑みを浮かべながら何度か頷いた。私は大好きな2人が生きていたことに安心すると同時に2人がオニなのではないかと疑ってしまう自分に罪悪感を覚えた。

「セリナとレイ……か」

 谷山アオイが震える声で言った。この場にいないのは横田セリナ、それから鳥谷レイだ。

「鳥谷がオニで、横田を道連れで連れて行った……とか?」

 ハヤトの提案は残酷だが、ここにいるメンバーにとっては一番の希望的観測だった。鳥谷レイはオニに見えなかったが実はオニで昨日のみんなとの話し合いで罪悪感に駆られて殺しを実行せず、道連れにいじめの主犯である横田セリナを選んだ。

 そうだったらどれだけいいだろう。

「レイはオニじゃないと思うよ」

 谷山アオイが言った。

「だって、レイは嘘つく時に瞬きが多くなるんだよね」


 パタパタと廊下の方で音がして、全員の視線が廊下の方に注がれる。ゆっくりと姿をあらわしたのは

「セリナ……」

 やつれきった横田セリナだった。泣き腫らした目はぷっくりと腫れ上がり、真っ赤になってしまっている。頬には擦った時に引っ掻いたのかが一筋入っていた。

 横田セリナはわたしたち全員の顔を確かめるようにゆっくり見るとため息をついて床に座り込んだ。キラキラ読者モデルの変わり様にコメントの流れが速くなっているのが見えたが、もうコメントも気にならなくなってしまった。

「全員そろったネー! おっはよーございます! さっそくだけど〜、犠牲者の死亡確認にむかってネ!」

 ウサギの無機質な電子音。私たちはルール違反にならないように重い腰を上げ、廊下の方へと向かう。

「立てるか」

 ハヤトが横田セリナに手を差し伸べたが、彼女はその手を振り払って立ち上がると、私とヨナを押し退けて先頭を歩き、鳥谷レイと書かれた木札の部屋の襖をバッと勢いよく開けた。

「うっ……」

 横田セリナは口元を押さえてえずく。その瞬間、昨日と同じく尋常じゃない湿気と共に不愉快な匂いが廊下に流れた。血と排泄物の匂いだ。私は思わず袖で鼻を押さえる。昨日よりもひどい……ような。

 襖の中を覗き込むと、そこには昨日の片岡ミユよりもさらに凄惨な光景が広がっていた。

 部屋の中央に土下座のような形でおまるの中に頭をつっこんでいる鳥谷レイ。彼女の背中ぼっこりと穴が空いていて背骨が見え、部屋中に肉片が散らばっていた。彼女の痛々しい遺体の傍らには拳銃が落ちている。

 犠牲者は鳥谷レイだった。


 鳥谷レイは横田組の中でもかなり大人びた印象だった。ショートカットが非常に似合う小顔でボーイッシュ。服装もパーカーにジャージやスウェットを身につけるスポーティーなタイプのギャル。

 どこか冷めた目で人を見ている感じが少しだけヨナに似ていて、クラスでも目立つ感じではなかった。

「あー、白井さんだっけ」

「うん、えっと鳥谷さん」

「レイでいいよ。それ、重いでしょ」

 先生に頼まれたノートの運搬をしている時に声をかけてくれたのが鳥谷レイだった。普段はクールでとっつきにくい印象があったけど優しいところもあるんだなと思ったことをよく覚えてる。

「ありがとう」

 鳥谷レイは何も言わずに私が抱えていたノート半分を持って片眉を上げた。かっこいい……。おんなじ女の子だけど惚れてしまうな、と顔が熱くなったっけ。

「白井さんっていいよね」

「えっ?」

「いや、先生にも頼られて〜、いい感じに友達もいてさ」

「鳥谷さんだって横田組でしょ?」

 そういうと鳥谷レイはちょっと表情を曇らせて

「あたし、1年の途中で転校してきて流れでって感じ。白井さんは今のままがいいと思うよ」

「それってどういう?」

「あっ、おい! 先生! 女子1人にノート運ばせるとか正気かよ〜」

 あの時の話を聞けないままだったっけ。

 今考えると、鳥谷レイは横田組に属していたけど、他の3人と同じ様に「自分がターゲットになりたくない」という恐怖で縛られていただけだったのかな。




「うぅっ……」

 鳥谷レイとの記憶を思い出して、それから惨状を理解して胃の内容物がぐっと込み上げてくる。崩れ落ちそうになった時、そっと大きな手が私の体を支えた。見上げると眉間に皺を寄せ、苦しそうな彼の姿がある。私は彼に捕まりながら必死で足に力を入れて立ち上がった。

「死亡確認したぞ!」

 ハヤトが大声を出す。すると廊下のスピーカーから「死亡確認完了!」と返ってくる。

「行こう、もう見なくていい」

 彼に抱えられる様にして大広間に戻ると、ウサギの電子音が響いた。

「死亡したのハー、鳥谷レイちゃんだよ! オニの襲撃は昨夜も成功! やったね!」


<うわ〜、えぐ>

<おまるの伏線回収クッソわろ>

<お顔見えなかったの残念>

<課金で死体をみせてくれめんす>

<パンツ見えた? パンツ見えた?>

<腸はみえたぞ>


「黒瀬!」

 最後に大広間に戻ってきた横田セリナは大声を上げた。私を支えていたハヤトはは咄嗟にヨナと横田セリナの間に入るが、横田セリナは止まらない。

「お前だろ! オニ!」

「違うっ!」

 怒鳴られたヨナが悲痛な声を上げ、恐怖で座り込む。私はさっきまでの恐怖をすっかり忘れて咄嗟にヨナに覆いかぶさった。ハヤトと谷山アオイがルール違反にならない程度に横田セリナを押さえる。

「お前が! ミユもレイも殺した!」

「違う!」

「落ち着け! 落ち着けって!」

「セリナ!ルール違反になるよ!」

「やめて、やめて」

 1人のパニックが連鎖して全員がおかしくなっていた。私もヨナもないていたし、ハヤトも谷山アオイも涙声になっていた。

「お前だ! 黒瀬! お前がオニだ!」

「違う、違う!」

「横田、なんでそう思うんだよ!」

 ハヤトが一際大きな声で怒鳴った。男性の怒鳴り声で私たちは一瞬だけ我にかえる。

 そして、横田セリナはヨナを指差して

「いじめ方が……反映されてるんだよ! ミユはお前の髪を切った。だからミユの髪が切れてた。 レイは……お前をしょんべんだらけの便器に顔を突っ込ませた。なぁ、黒瀬お前がオニなんだろ?」

「違う……違う」

 ヨナは耳を塞ぎ、小さな声で違う違うと繰り返すばかり。めくれたヨナの袖にはたくさんのリストカットの跡があった。最近のものだろうか、縦に入った線は痛々しいものだった。

 動脈に到達する様に縦に切るのは本気。なんていう噂を聞いたことがある。ヨナは死にたいほど……苦しんでいたんだ。それなのにこんなデスゲームに巻き込まれて……。

「何……仲間ぶってんだよ」

 ドスの聞いた声を出したのは谷山アオイだった。

「お前さ、仲間が殺されて悲劇のヒロインみたいな顔してるけど、違うからね? ミユもレイも私もあんたにいじめられるのが嫌で……二条さつきみたくなりたくなくて仕方なく従ってただけだから。セリナはいつだってセリナのために裏切ってきたじゃん。どーせ、黒瀬さんに罪をなすりつけるための演技でしょ。しょーもな」

「はぁ……アオイなんで」


「さーて、そろそろいいかナー?」

 ウサギがウィンウィンと上下に動いた。夢中になっていたがまだ、鳥谷レイの秘密暴露が終わっていなかった。

「どうぞ」

 谷山アオイが横田セリナから離れるとどかっと座って深いため息をついた。もううんざりだと言わんばかりの顔でプロジェクターを眺めている。

「ヨナ、けがは?」

「大丈夫……」

「ハヤト、ありがとう。もう大丈夫みたい」

「おう……」

 呆然と立ち尽くす横田セリナをよそに私たちは固まる様に座ってウサギの指示を待った。

<ギャル流石に攻めすぎたね〜、オニスケスケじゃん>

<この感じで騒ぐやつ大体オニ説>

<マジレスするといじめっ子主犯より「怖かった」とかいって逃げる取り巻きって最悪だよね>

<くっそ性格悪そう>

<鬼ギャルわからせ展開はよ>

<パンツ見えた?>


「はい、気をつけてネー! それではみなさんお待ちかねの秘密暴露ターイム!」

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