第10話 オニは誰?
「でも、オニが誰かは常に考えておくべきじゃないかな」
ヨナが珍しく自発的に発言をすると、ハヤトも鳥谷レイも「確かに」と言った。わたしたちは警察が自分達を保護してくれるまでに犠牲者を最小限にしたいという目的で先ほどの案を出したが、オニだと確信できる要素を見つけらればオニと道連れの犠牲のみで解放される。
(道連れ……か)
「とはいっても、私は見当がつかないよ」
谷山アオイは諦めたようにいうと、給仕口の方へ向かった。福山レオンの処刑でパニックになっていたわたしたちだったがその間に昼食の配給があったらしい。
「あのさ……みんなトイレどうしてる?」
私は昨日からほとんど飲まず食わずで冷や汗ばっかりかいていたから尿意を感じていなかったが、みんなと少し団結した安心感からか少しもよおしていた。
「トイレの監視カメラは上方向から……多分音とかは入っちゃうって感じだったよ」
谷山アオイはそういうと「絶対あそこではできない」と付け足した。そうだよね、こんなふうに本名も顔もネットに映像として、誰かがスクリーンショットをしていたら一生画像として残るのにトイレをしている映像や画像がそうなると思うと生きているのが辛くなる。
生きて戻ったとしても将来、就職や結婚をする時に苦労することになるかもしれない。
「ユキ、私はね……完全消灯時間の後に部屋のおまるで済ませたよ」
横田セリナがおかしくなってからヨナが元気を取り戻したのか、少し目に光が宿っている。こんな状況じゃなければすごくすごく嬉しいはずなのに。
「そっか、夜時間は配信されないんだっけ」
「多分、部屋のカメラの赤いランプ……消えてたから。手探りでおまるを探して、済ませたらベッドの下に入れて……朝、廊下の奥の方のトイレに流してってした」
「それ、いいアイデアだね」
鳥谷レイがそういうとヨナが遠慮がちに微笑んだ。
「稲荷寿司。一応配るよ」
谷山アオイはそういうと私たちの前に稲荷寿司とお茶を配って行く。簡素なパックに入った2個の稲荷寿司。極限状態だからか全くお腹は減っていなかった。
「今日も誰か……死ぬんだね。ねぇ、もうやめよ? 殺すの、辞めようよ」
先ほどまで冷静だった鳥谷レイが泣き出した。
「オニもさ、知られたくない秘密があってやってるかも……な」
ハヤトの言葉に鳥谷が「そうかもね」と答えた。
「バラされたくない秘密がありそうな人が……オニ。ってことか」
私の言葉に谷山アオイが反応する。
「確かに、オニは処刑されなければ死ぬことはない。だから、オニじゃない人間に比べたらここでの活動理由って秘密をバラされないことが最優先になるんじゃない……? 処刑されずに動ければオニは夜に絶対死なないのがわかってるから」
谷山アオイは発言のあとに横田セリナを見た。
横田セリナは憔悴しきっていて見られていることに気がついていないようだった。
「たとえ人を……同級生を殺したとしても守りたい秘密がある人物……か」
ハヤトも同じく横田セリナを見た。
確かに、横田セリナは浅田先生を除くとこの中で唯一、仕事をしている人間だった。彼女は薬物使用が秘密だろうし、それが知られないためなら……オニを推敲するかもしれない。この極限の状況での殺人に関してはきっと罪に問われないだろうし、あんなイジメをしていた非道な彼女は「顔を売るきっかけになる」くらいにしか思ってないかも……。
「違う! あたしは別にモデルをずっと続けたいわけじゃ……読モしてるとオンラインライブで投げ銭とかプレゼントとかで小銭稼げんだよ! お金のため!」
「オニはゲームに勝利したら大量の金銭が手に入る。セリナ、自白してるようなもんだよ」
谷山アオイ冷たく言い放った。
「違う……あたしじゃない。あたしはミユを殺したりしない! 殺すなら絶対黒瀬とかにする」
「それじゃ、すぐにセリナだってバレちゃうじゃん。だから、ウチらの中で一番可愛いミユを殺したんでしょ。言ってたもんね、セリナ。黒瀬さんが不登校になった後、ミユが生意気だ〜って。セリナ自分より可愛い子はいじめて服従させて……」
鳥谷レイと谷山アオイは完全に横田セリナの敵になったような言種で彼女を攻め立てた。仲間割れ……じゃなくて、恐怖に支配されていたただの共存関係だったのだ。オブラートよりも薄っぺらい友情は簡単に溶けて消えてしまったのだ。
「やめろって。俺も横田を疑ってる。けど、決めたろ。確証がない限りは殺さない。これ以上、横田をせめたてるとお前らを疑わざるを得なくなる」
ハヤト、どうしてそんな女を庇うの?
「ごめん。この話、やめよっか」
鳥谷レイはそういうと稲荷寿司とお茶をもって部屋の端っこの方へ移動した。谷山アオイはそれを気まずそうに見送ると無言で食べ始める。
「ユキ、少し食べよ」
ヨナは私を心配そうに見つめると稲荷寿司のパッケージを開いてみせた。甘いお揚げの香りと酢飯の匂い。普段なら大好きで三つは食べられるのに……、今は全く食欲が湧かなかった。
「ううん、いらない」
「私、ユキには生きてほしい。だから、食べよ?」
ヨナはそういうと少し強い力の宿った瞳で私を見て、私の返答を待った。
「うん、少しだけ」
「ありがとう」
なぜお礼を言われたのかわからないけど、ヨナは満足そうに微笑んだ。後ろには同級生の死体があって、今日の夜死ぬかもわからない状況なのにヨナはいつも通りのヨナで……。その瞬間、私の頭の中には小学生時代からのヨナとの楽しい思い出が蘇った。
ヨナが不登校になって連絡がつかなくなってから私の心にはずっと穴が空いたままだった。大好きな恋人といても楽しいことをしても何かどこかが足りないような感覚。
——これだったんだ
その足りない部分がピタッと埋まった気がした。こうしてヨナが笑っていてくれて、私を好きでいてくれることが私には必要だったんだ。
稲荷寿司を箸でつまんで飛び出たお揚げの部分をかじる。甘く煮付けられたお揚げ、コンビニのものだからか少し薄くて食感はイマイチだけどすごく美味しい味がした。昨日ツナマヨおにぎりを食べた時は感じなかったのにな。
「美味しい……」
感情とは違って涙がとめどなく溢れてくる。もうこれが最後の食事になるかもしれないとか、ヨナがまた笑ってくれて嬉しいとか、もうお母さんには会えないのかもしれないとか、とにかくいろんな感情がぐじゃぐじゃになって溢れて自分ではどうすることもできなかった。
「これ、よかったらどうぞ」
鳥谷レイが私たちによこしたのは暖かいハンドタオルだった。
「え?」
「風呂場にあったハンドタオル。お湯で濡らした。お風呂、入れないし……脱ぎたくないから見えるところだけでも拭いたら? はい、黒瀬さんも」
「あ、ありがとう」
「お礼なら彼氏に言って。中川くんのアイデアだからさ」
鳥谷レイは私たちにタオルを押し付けるとさっさと部屋の端っこに戻った。風呂場の方ではハヤトがにっこりと笑っている。
「なんか、少し楽になったね」
ヨナがタオルで首元を拭きながらハヤトの方を見る。
「うん。人間ってすごいね。わたしたち、希望が見えたからこんなやばい状況でも頑張ろうって精一杯普通に戻ろうとしてるんだよね」
「ユキ、絶対に生きて帰ろうね」
「うん。ヨナとやりたいこといっぱいあるから。だから、また一緒に」
「完全消灯まであと10分だヨー! みなさん個室で待機をしてネ!」
無情にも私たちの誰かに死刑宣告が下された。
まだ暖かい温タオルをぎゅっと握って、ヨナと目配せをする。絶対に生きて帰ろう。大丈夫、きっと。
タオルを風呂場に戻して、わたしたちは廊下へと向かった。私は大広間を出る時、プロジェクターの近くにある福山レオンを見た。ハヤトの配慮でバスタオルがかけられていた。周りの畳は血濡れていて、彼が包んで死んだ最後のあの瞬間を思い出してしまう。
(もしかしたら、即死だった浅田先生が一番辛くなかったのかな)
そんなふうに思えるような最後だった。
(どうか安らかに)
「ユキ、それじゃあね」
ヨナは震える唇でそういうと「おやすみ」と言って部屋に入っていった。私は「おやすみ」と返事をして襖に手をかける。
「ユキっ」
ふわっと後ろから抱きしめられて、安心感に包まれる。ぎゅっと私に巻きつく腕は細いのに筋肉質で大きくて無骨な手は安心感いっぱいだった。
「ハヤト……?」
「絶対、絶対、死ぬなよ」
「ハヤトも死なないでね」
そんなこと言っても私たちに命を選ぶ権利なんかないのはわかっていた。多分、彼も理解している。オニではない人間は何の抵抗もできずに殺される運命だから「死なない」なんていう約束は無意味で守れるものではない。
でも、こうして約束をしてくれるのが嬉しかった。明日も会えるかもしれないと思うだけで恐怖が少しだけ和らいだ。
「じゃあ、おやすみ」
ハヤトと別れて私は部屋に入ると、一気に現実に引き戻される。フラッシュバックするのは片岡ミユの惨殺死体。私もあんなふうに殺されるかもしれないのだ。
「最終消灯です!」
ウサギのアナウンスにびっくりして、私はおまるをベッドの脇に準備する。大丈夫、大丈夫。
ウサギのカウントダウンのあとバチッと電気が消えた。私は監視カメラがあった方を確認したが赤いランプは光っていなかった。手探りでおまるを探し、下着を下ろす。
あぁ、紙をトイレから持ってきておくんだった。大丈夫、ポケットにティッシュがあったはず。
用をすませると私はおまるをスライドさせてベッドの下に入れ込み、そのまま自分はベッドに上がった。手探りで枕を探してそれを抱きしめるようにして三角座りをする。
「大丈夫、大丈夫」
ぎゅっと目を閉じて、オニが部屋に来ないことを祈り続けた。
2日目 昼のターン
福山レオン 死亡
残り6名
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