第9話 処刑
「いやだ、いやだ! 俺はまだ秘密があるだろ? ほら、中学の時に後輩無理やりヤッたとこととか、車盗んだこととかあるだろ? まだたくさん秘密があるだろぉ?」
大声で叫び散らかす福山レオンはウサギのぬいぐるみに近寄ると土下座するポーズで「お願いだから。お願いだから」と最後には声を枯らして懇願した。
<自ら黒歴史暴露に笑う>
<こいつまじで最低だな>
<余罪暴露乙>
<これは恥ずか死と入っても過言ではないなw>
<親も自殺するレベル>
コメント欄のスピードが増していく。初日から思っていたが視聴者と呼ばれる人たちは私たちが苦しんだり怖がったりする様子に興奮するらしい。視聴者数は5万人と表示されていた。嘘か本当かはわからないが、仮にそんな人数の人が見ているとしたら……と思うと虫唾が走った。
他人が苦しむ様子をみて面白おかしくコメントを打っている奴らだって片岡ミユは福山レオンと変わりない、もっと酷いじゃん。
「じゃ、処刑執行〜!」
ウサギの声と同時にどこからか「ブンッ」と風を切る音が2度した。浅井先生の時と同じだった。
「いやっ……いやー!!」
悲鳴を上げたのは谷山アオイだった。谷山アオイも福山レオンに投票していたが……あまりの恐怖で悲鳴を上げた。
福山レオンは「がっ、がっ」と首元を抑えて転げ回る。
浅田先生と違ってナイフは急所に刺さらず。右目と喉笛に突き刺さっていた。福山レオンは盛大に口から血を吐き出し、両手で喉のナイフを抜こうと必死にもがいている。
「ひぃっ……」
凄惨な光景に私も恐怖を感じて彼から目を背けた。ヨナが私に抱きつき、私たちを庇うようにハヤトが前にしゃがみ込む。真っ暗闇の中でぐしゅりとかびちゃりとか福山レオンの血が飛び散る音と、横田セリナたちがあげる悲鳴が聞こえる。
ぎゅっと耳を塞いでも頭から離れない。しばらくそうしているとウサギの声で「死亡確認完了! それでは夜の最終消灯時間まで自由だよ!」とアナウンスが入った。
福山は畳5枚分くらいを動き回ったのか、大広間は血の海になっていた。私が目を閉じて耳を塞いでいたのはどのくらいだろう? すごく長い時間だったはずだ。なら、福山レオンはその分苦しんで、苦しんで死んでいったんだ。今朝見た片岡ミユも、たった今亡くなった福山レオンも人間としては誉められるようなことはしていないし、正直言って最低だと思う。でも、殺されるべきだったかといえばそうではないと思う。
「風呂場にバスタオル、あったよな」
ハヤトがボソッと呟くと立ち上がって風呂の方へ向かった。私は福山レオンのしたいから目を背けるように背を向けて座るとぎゅっと体を小さく丸めて思考を巡らせないようにする。
怖い、怖い。
処刑の時間が終わった後は「夜のターン」がやってくるのだ。福山レオンはオニではなかった。つまりは、ハヤトがオニである可能性が高いということだ。
きっと暴れる片岡ミユを押さえつけてナイフで刺し殺すなんて女の子では到底不可能だと思う。福山レオンが犯人じゃなければ残りの男子はハヤトだけ。
風呂場の方からバスタオルを何枚か持ってきたハヤトは福山レオンの死体にそれを被せてから
「気持ち程度かもしれないけど、少しは楽になるからさ」
と独り言を呟くと私とヨナの近くに座ってため息をついた。
こんなに優しいハヤトがオニ? ありえない、だってハヤトはこんな状況でも誰よりもやさしくて、みんなを引っ張って……。
「あのさ、話合おう」
突然話しかけられてビクッとしてしまったせいか、鳥谷レイは「ごめん」と小さく言った。
「話し合うって、何を?」
「ウチらが黒瀬さんにしたことは許せないかもしれないけど、でもオニ……探そ」
鳥谷レイは横田組の中でも一際大人びていた印象だった。片岡ミユと同じように彼女も学校での立場を守るために横田組に所属しているだけで本当は普通の女の子なのかもしれない。
「ヨナ、行こう」
ヨナは小さく頷くと立ち上がってゆっくり、横田セリナたちの方へと近寄って座った。私も彼女を追いかけるように近寄って、ヨナの隣に座った。
横田セリナは福山レオンが死んでからずっと泣いていて、谷山アオイも鳥谷レイもそれを放置していた。おそらく、もう連んでいても仕方ないと思ったんだろう。このデスゲームは本物でもし生きて帰ったとしても私たちは一生ネットのおもちゃにされることが確定してしまっているのだ。
学校での立場とか、いじめを回避するためとか、モテるためとかそんなことのために自分の意見を押し殺して誰かと一緒にいることに意味がなくなってしまったのだ。
「あのさ、オニについてみんなで話し合おう?」
鳥谷レイは真剣な表情でいうと少しベタついたショートカットの髪をかき上げた。一際大人っぽい彼女はハヤトから投票を受けていたはずだ。
「まず、冷静に話すってこと約束しよう? 人をいじめてた私がいうのも難だけど……。オニ、見つけてできるだけ多い人数でここを出たいってのはみんな一緒だよね?」
ハヤトは頷いたが少し気まずそうだった。
「それぞれ、今日投票した理由とか話すのはどう?」
声を上げたのは谷山アオイだ。彼女は福山レオンからの票を受けている。福山レオンがどうして彼女に投票したのかもう聞くことはできないが……。
「人狼ゲームだとそういうの重要になった気がする」
私の発言に鳥谷レイが「確かに」と相槌をする。
「中川君は私、だったよね。どうしてか聞いてもいい……?」
鳥谷レイは喧嘩にならないように優しい口調で彼に質問した。ハヤトは少しの沈黙のあと
「犯人は男なんじゃないかって言い出したことが理由……かな。俺は自分がオニじゃないって知ってるし、正直福山はオニじゃないと思ってた」
「なんで? あの時、オニじゃないって思ったの?」
「だって、仮に福山がオニだったら片岡を殺さないと思ったから」
「なんで?」
鳥谷レイとハヤトが早いテンポで会話をする。
「だって……片岡の秘密が中絶のことだって福山なら大体予想がついていたはずだろ。自分の立場も危うくなるかもしれないってわかってて片岡を殺すかよ」
ハヤトの言葉を聞いて思い出した。
片岡ミユの死体が発見されて、彼女の秘密が暴露されていた時に福山レオンは冷や汗をびっしょりかきながら「やめてくれ」と呟いていた。
「私、中川君の言っていることは正しいと思う」
ヨナが発言をすると一瞬だけ鳥谷レイがフリーズする。谷山アオイも気まずそうに俯いてしまった。
「そう……だね。確かに。じゃあ中川君からみたら男子にオニはいないってあの時点でそうわかったってことなのか」
「あぁ。だから、男子にオニがいるんじゃないかって言い出した鳥谷に投票したんだ」
彼の言い分は非常に筋が通っていて真っ当だ。私は、それなのに福山レオンに何も考えずに投票した……。
「そっか。中川君の気持ちはわかった。でも、私はオニじゃない。ミユの……あんな姿をみて女の人の力じゃできないのかなってそんなふうに思っただけ」
その言葉がオニでなかった福山レオンを殺した。だから、私は殺されずに済んだのかもしれない。
「人殺し……」
横田セリナだった。
「えっ」
「レイの人殺し。レオンはオニじゃなかった、悪いことはしてたけど、私を大事にしてくれてた!」
横田セリナの言い分はめちゃくちゃだ。泣き腫らした目で鳥谷レイを睨むと「覚えてろよ」と凄んだ。いつもなら怯えるはずの取り巻き2人も私もヨナも怖くもなんともなかった。
「白井さんは? 福山に投票した理由他にある?」
谷山アオイは横田セリナを無視して話を進めた。
「私は、鳥谷さんの意見と同じことを思ってたんだ。片岡さんの……その死体を見た時、ナイフが見えて……抵抗する人間をナイフでって力がないとできないとおもったから……ハヤトは初日からルールとか確認してオニじゃないって思ってたからだから福山君にした」
私は嘘をつくことなく本当のことを話した。もちろん、嘘をつく必要なんてないわけだし。
「黒瀬さんは……? セリナだったよね」
谷山アオイと鳥谷レイが気まずそうに顔を見合わせた。
「あんな残酷なこと……横田さんならできるかもって思った……から」
「はぁ? てめぇふざけんなよ!」
横田セリナが大声をあげ、立ち上がる。すかさずハヤトがヨナを庇うように立ち上がって彼女を止めた。
「いじめ……してたんだからそう思われても仕方ねぇんじゃねぇの」
ハヤトに両肩を掴まれて座らされた横田セリナはチッと舌打ちをして俯いた。
「そっか。黒瀬さん、ありがとう」
鳥谷レイはヨナに礼をいうと考え込むように顎をさすりながら「うーん」と唸った。彼女につられるように私も頭の中を整理してみる。
まず、私はオニじゃない。これは自分自身がわかっているので確定情報だ。次に、私が鬼じゃないと思う筆頭はハヤト。ハヤトは初日から黙っていればよかったものをオニにふりになるようなルールの確認や違反しないように注意するなどの行動があった。もしもハヤトがあの混乱をまとめてくれなかったらルール違反でもっと人が死んでいたと思う。
次にヨナだ。もしもヨナがオニなら真っ先に横田セリナを殺しているはずだ。これは後付けになってしまうが、福山レオンが明らかに疑わしい状況でもヨナは横田セリナに投票していたし……。
となると、私からみてオニの候補は横田組の3人になる。恋人の浮気、恋人の死を一気に経験し、薬物使用から生存したとしても逮捕、芸能界追放が確定して発狂寸前の横田セリナ。
彼女なら「金のため」にオニを遂行しようと考える可能性は十分にあるだろう。なにより、ヨナが先ほど言っていたようにかなり残酷なことも平気で行っていた人物だ。
時点で谷山アオイ。彼女は「オニじゃない」と確定している福山レオンが投票した人物だ。その上で、彼女の意見はいつも誰かの意見の追従で……ってそれは私もそうか。
「じゃあさ、みんなはオニ……誰だと思う?」
鳥谷レイはそういって私たち全員を見回した。けれど答える人はいない。しばらくの沈黙の後、彼女と目があった。
「オニじゃないかもっていう要素は見つかるのに、オニかもって思う要素はなかなか見つからないかも」
私の発言に「そうだね」と鳥谷レイが返事をしてくれた。
「ゲームの人狼だと、夜の犠牲者が殺された理由を考えて炙り出したりするんだけど……今日の犠牲者によっては明日、オニがわかりやすくなるかもね」
鳥谷レイがぶるぶると恐怖で体を震わせた。
「俺、提案がある」
ハヤトはルールの紙を握りしめながら、真剣なまなざしでそう言った。
「提案?」
谷山アオイが怪訝そうな顔で彼を見つめる。こんな状況で提案?
「これ、使えると思わないか?」
<投票結果のルール 票が同数になった場合 処刑者はなし>
「でも、票を操作するようなことをしたらルール違反になるんじゃ……?」
「いや、ルールでは自ら票を集める行為は禁止されているが、投票時間よりも前に投票表明をすることは禁止されてない」
「じゃあ、昼の犠牲者は出さなくて済むってこと?」
鳥谷レイが眉間に皺を寄せる。確かに、ハヤトのいうようにルールだけを見ればそれが可能だが……
「ウサギに確認してみてもいいかな……? 念の為」
鳥谷レイがそういうとまるで聞いていたかのようにウサギが動きだした。
「えーん、えーん! それはルールの重大な欠陥だネー! でも〜、ながーくゲームが続くのは視聴者さんも望むことだし〜、オニを探さないで夜のターンの殺しだけ続くなら問題ないかな〜とおもうんダー」
絶対にそんなはずないのにウサギが笑ったように見えた。
「でもでも〜、こういう時は視聴者さんにアンケートするよ! プレイヤーのみんなは少しマッテテネ!」
ハヤトは私たちに目配せをする。そしてルールの紙を指差していく。
「時間」「か」「せ」「ぎ」
彼はまるで皺を伸ばすようふりをしながらその文字を指差した。認識したのは私とヨナ、鳥谷レイ。カメラに気が付かれないように瞬きをゆっくりして理解したことを伝える。
「けい」「さつ」
そっか。私たちが行方不明になってから1日半が経過している。つまり、誰かしらの親が捜索願いを出し同じクラスの生徒が数名行方不明だとわかれば警察もすぐに動く。日本の警察は優秀だからきっと防犯映像か何かをみて場所を特定して探してくれるかもしれない。
そのために昼間の時間の犠牲者をなくすことで時間稼ぎをしようというのがハヤトの作戦だ。
「アンケートの結果だよ! 視聴者の半数は昼間のターンの犠牲者なしでもOKに賛成! ぱんぱかぱーん! じゃあ、さっき指摘されたことはルール違反にならないよ!」
私たちは心の中でガッツポーズをした。
オニはゲームを辞退する気がないのは今朝わかった。だから鬼は毎晩1人を殺すだろう。けれど、私たちは無罪の人間を昼間に殺さずに済む。それだけで少し救われたような気分になった。
それと同時に、横田セリナがオニなのではないかと私は強く思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます