第7話 初めての投票


 ルール違反になるのを恐れた谷山アオイが朝ごはんを全員に配っていた。ミネラルウォーターとおにぎりだった。おにぎりは昆布と梅があり、谷山アオイはテキトーに配っていいよね。と呟いて本当にテキトーに配った。

「ありがと」

「別に、ルール違反になって全員死ぬとか、そういうのごめんだからさ」

 谷山アオイにも、片岡ミユにあったようなエグい秘密があるんだろうか。浅田先生も片岡ミユも犯罪を隠していた。恐ろしい素顔を隠してあの教室で笑っていたんだ。

 私は恐怖で背中に鳥肌が経つのを感じながら受け取ったペットボトルを開けた。

「ヨナ、お水」

「ありがと……」

 ヨナは水を受け取ると少し口をつけて深呼吸をした。時間が経って少し落ち着いたらしい。よかった、ヨナが生きていてくれて。

(この子にも誰にも言いたくない秘密があるんだろうか)

 「しらねぇよ、片岡のやりたかったことなんて……。あいつが誘惑してきたのに死んじまってるから俺が悪者になるしかないだろ」

「落ち着けって福山。今は生きてここを出ることだけ考えよう」

 福山レオンのそばにはハヤトが座って、横田セリナと喧嘩にならないように牽制する。いつもは余裕でニヤニヤしているあの福山レオンが今は余裕のない表情で必死で言い訳をしていた。

「はっ、中絶ってどんだけ女子の体に負担かかると思ってるわけ? ほんと最低ね、人殺し」

「うるせぇよ、お前らだっていじめで自殺に追い込んだりしてたじゃねぇか。こっちはちゃんと水子供養? だってしたしよ、それにあれは片岡が……」

「は? 別にうちらは直接殺したわけでも殺すって同意書にサインしたわけでもないんですけど? うちらがちょっといじったら勝手に自殺しただけじゃん。それに、あの女は家庭環境に問題があったんでしょ? ウチらのせいにしないでくれる?」

 ハヤトや周りが止めても横田セリナと福山レオンは小さなきっかけで罵りあった。そういえば、1年生の時噂程度にしか聞いたことがなかったある女子生徒のことを思い出した。



***


「ねぇ、今日全校集会だって」

 それは私たちが高校に入学してすぐのころ、緊急全校集会が開かれたことがあった。そのころの私はハヤトに片想いをしていて、ヨナとはハヤトをめぐってライバル関係でもあり、親友でもあった。

「なんだろう? 全校集会っていうんだからよっぽどだよね」

「ユキ、知らないの? 昨日さ、駅での自殺生配信」

「なにそれ?」

 スマホを手に取った私に「見ないほうがいいよ」とヨナは静かに言った。

「うちの学校の生徒がね、電車に飛び込むところを生配信したんだって。確か、A組の女の子」

 A組といえばギャルが多いクラスで少し怖いなという印象だ。私とヨナはC組だからほとんど関わりはなかったけれど、ギャル軍団はすごく目立っていて入学当初からモデルの子がいるって話題になってたっけ。

「配信ではいじめを苦にって言ってたらしいけど……」

 ヨナと共に体育館にはいるとすでに生徒たちは整列し始めていた。私とヨナもC組の列に加わると出席番号順なので少し離れることになった。開始時刻までぼーっと壇上を眺めて過ごす。

 先生たちはどこか焦っているような感じだったし、腕には黒っぽいリボン? のようなものをそろってつけていた。

「ねぇねぇ、聞いた。死んだ子、ほらA組のさ。二条さんって子。横田組にいじめられてたらしいよ」

 B組の女の子たちの噂が耳に入る。横田組というのはA組の例のギャル軍団のことらしい。

「私さ〜、見ちゃったんだよね。トイレで横田組が閉じてる個室にホースで水かけてるの。ドラマとか漫画でよくやるやつ。中学の時はそういうことほんとなかったから高校とかにくるとマジであるんだ〜って思っちゃった」

「ってか、二条さんってあの二条さん? 確か、めっちゃお金持ちでお嬢様だった子だよね? 自殺するくらいなら転校しちゃえばよかったのに。お金の力で」

 人が死んでいるのにクスクスとおもしろおかしく語る二人に嫌気がさして私は聞こえないように別のことを考えようと努力する。

 しばらくすると「えー、えー、テステス。よし、では皆さん、静かに」と教頭先生の声がマイクに乗った。

「では、今回の緊急全校集会ですが、えー、あー、先日インターネットで流れた本校生徒の例の配信についてですが」

 ザワザワとした体育館に教頭先生は話を止める。

「みなさん、動転しているかと思いますがお静かに頼みますよ。先日、我が校の生徒が亡くなりました。ネットで拡散されてる件については調査中となりますが、これ以上、亡くなった生徒のためにもネット上で書き込みや拡散は避けるように。また、本日のホームルームで保護者説明会の案内をお渡しするので保護者の方に伝達するように」

 当たり障りのない言葉だ。もしかして、たまにテレビなどでやっている保護者説明会をやるんだろうか? テレビとかが外から音漏れを拾ってニュース番組で報道されるのかな。

「ねぇ、横田組いないじゃん。謹慎とか?」

 B組の生徒がクスクスと笑っていた。



***


 そう。1年生の時にいじめを苦に自殺した「二条さつき」という女子生徒がいた、あの時は確か横田組はいじめに関わっていたと二条の親から追及されたって噂を聞いたが、証拠があつまらなかったとか学校側の隠蔽で数日の謹慎で済んだとか済んでないとか。どれも風の噂で聞いたにすぎないが、さっきの福山レオンの言葉を聞くに横田セリナたちが二条さんを自殺に追い込んだんだろう。

「もしかして」

 地獄のような沈黙の空気をぶった斬ったのは鳥谷レイだった。

「もしかして、このデスゲームの主催者って二条の親? あいつの家、元財閥とか華族とかなんとかで死ぬほど金持ちだったよね? こんな建物とか土地とか、ケーサツとかも丸め込むのくらい簡単なんじゃない?」

 鳥谷レイがブルブルと震えると

「ありえる……」

 谷山アオイが横田セリナの方を見た。

「何よ、あたしが悪いっての?」

「だって、セリナが二条さつきのこと気に食わないからいじめようって言い出したんじゃん! 私たち、セリナにいじめられるのが怖くて参加してただけだし」

「はぁ? 都合のいい言い訳すんな!」

 谷山アオイと横田セリナが言い合いを始める。仲良しだったはずが口汚く罵り、揚げ足の取り合いのようにギャアギャアと喚き続けた。一方で鳥谷レイは眉間に皺を寄せて頭を抱えている。

「その二条って子の親が主催者なら……なんで俺やユキ、黒瀬が巻き込まれんだよ」

 ハヤトの言葉にピタリと騒いでいた二人が静かになる。

「私とヨナは二条さんとクラス同じになったことないし……それに浅田先生もA組じゃなかったはずだよ」

 ウィンウィンとウサギの方からモーターの音が鳴って、全員に緊張感が走る。

「ケケケ! 投票まであと30分だヨー! 投票方法はルールに書いてあるように号令に従って指差しだよ! 指を刺したまま、一人ずつ投票したい人をコールするよ! さぁ〜ゆっくりオニを探してネー!」


 もう、そんなに時間が経っていたなんて。ヨナと顔を見合わせて私は彼女の手を握った。

「オニ、ここで当てれば犠牲者はオニとその道連れの2人で残りは解放されるんだよね」

 鳥谷レイがそう言うと、彼女は「話し合いをしよう」と私たちにも輪になるように誘導した。大人しく私とヨナは従って、円を描くように座る。

「レイ、オニに心あたりでもあんの?」

 横田セリナが投げやりに言うと鳥谷レイは

「ない……けど、推理はできると思ってる。まず、黒瀬さんがオニなら真っ先にセリナを殺してると思うから黒瀬さんは違うと思う、それは仲が良かった白井さんも同じ」

 確かに、もしもヨナがオニなら真っ先に一番憎い人間を殺すはずだからヨナがオニの可能性は低い。私は私がオニ出ないことを知っているから自分も除外するとオニは残り5人の中にいることになる。

「は? じゃあ、あたしらの中にオニがいるって言いたいわけ?」

「ちょっとセリナ、静かにして」

 谷山アオイの言葉に横田セリナが舌打ちをする。

「で、中川君はわかんない。私は違う」

 そういって鳥谷レイは口を閉じた。

「俺は、オニはそうとうイかれたやつだと思う。片岡の……部屋みただろ」

 ハヤトの言葉に私と谷山アオイはあの惨状を思い出して「うっ」と口元を抑える。彼の言う通り、部屋の中はひどい状態だった。オニの犯行とはいえ、あんなに痛めつける必要なはなかったんじゃないか。まるで殺人自体を楽しんでいるような、そんなふうに見えても仕方がないような……。

「私、オニは男なんじゃないかなって思う。だって、あんなふうにナイフで殺人なんてできないし、力があるからあんなふうにできたんでしょ……?」

 谷山アオイの意見に私は同感せざるを得なかった。もし仮に私がオニだとして、ナイフを持った状態で片岡ミユを襲ってあんなふうに殺すことは不可能だと思う。

 でも、この意見に賛成してしまえば、ハヤトを犯人かもしれないといってるのも同様だ。ハヤトはオニじゃない。そう信じたい。

「レオン、あんた、ミユにバラされんのが嫌で殺したんでしょ。知ってるよ、あんた趣味でサバイバルナイフ集めてたよね」

 横田セリナが強い視線を福山レオンに向けながら言うと「まじか」とハヤトが福山レオンから離れた。

「はぁ? 俺のナイフは趣味。あれは、コレクションで殺すためじゃねぇし」

「でも、動機があんのはアンタだけじゃん。同じ空間に彼女と浮気相手がいてバラされんのが嫌だったんでしょ。それともあの女狐になんか脅された? あ〜、でおかしくなって殺したの?」

 禁断症状……?

「白井さんたちは何かわかることないの?」

 鳥谷レイに話を振られて私は言葉に詰まった。確か、人狼ゲームではこう言う話し合いが手がかりになりやすかったはずだ。裏を返せば、話していない人は疑われやすい。

「私は、ハヤトはオニじゃないって信じたい。その、彼氏だからだとかじゃなくて、昨日からちゃんと私たちのこと考えてくれてるって言うか、そのオニならルール確認とかしないかなって思った」

「その、黒瀬さんは」

 ヨナは鳥谷レイに話を振られて少し黙ったあと、

「わからない、誰も信用できない」

 と言った。ヨナは私の手を握っていたが、私のことも信用はできないのだろうか。できない……よね。浅田先生、片岡さん、2人の秘密はとんでもないものだったのに普段の2人からはそんな雰囲気微塵も感じられなかった。極限状態の中で人間の暗い闇に触れて、もう私もヨナも限界なのかもしれない。

「俺は、オニじゃねぇ。悪いけど、男が怪しいとか俺に罪をなすりつけようとしてるお前らのうちの誰かだろ。セリナだって周りがダサいとかブスばっかりだとか散々愚痴てったくせに」

「はぁ? 言ってねぇし」

「言ってたか言ってないかなんてどうでもいい。私はオニを見つけたいの! ちょっとセリナもレオンも黙っててよ!」

 谷山アオイがヒステリックに叫ぶと警報のような大きな音が部屋中に響きわたった。ウーウーとまるで防災訓練のような癇に障る音だ。

 私はあまりの大音量に耳を塞ぎ、ヨナと身を寄せ合う。


「投票時間です!」


 サイレンが止まって流れたのはウサギの気味悪い電子音だった。そうか、昨日は浅田先生のルール違反での死が昼のターンの死だったから今日が実質で初めての投票だ。

「それではみんな〜、投票したい相手を指差して! サン、ニー」

 どうしよう。誰に投票しよう? 

 私は時がスローモーションになるのを感じた。走馬灯……ってこんな感じなのかな。極限状態に陥ると脳がぐるぐると思考を最速で回してまわりがスローに見えると何かの本で読んだことがある。

 いや、今はそんなことどうでもよくて……。オニだと思われる人物を指ささなければ。ヨナは初日から横田セリナを殺していない時点でオニ候補からはまずは除外してよさそうなのは賛成、ハヤトは……オニならオニの不利になるようなみんなをまとめるような発言はしないだろうから除外。

 残る横田組の中でオニらしい人物は誰だろう? 仲が良さそうにみえた女子たちも実はドロドロしているとか……? 

 私の脳裏にパッとあの片岡ミユの惨状が浮かぶ。

(やっぱり、あれは)

「イチ! ドーン!」

 私は右手の人差し指を立てて福山レオンを指差した。ちゃんと指させていることを確認してそれから他の人が誰を指差しているかを確認する。違う、私が指さされていないかを確認した。

「サササ、中川クンから順番に誰を指差しているか声に出してネー、時計回りだよ!」

 ハヤトは震える指先で鳥谷レイを指差していた。

「俺は鳥谷に投票した」

 鳥谷レイが「ひっ」と声を上げる。次は福山レオンだ。

「俺は谷川アオイだ」

「私は、福山レオン」

 横田セリナが真っ直ぐ福山レオンを指差して睨んだ。横田セリナに続き、鳥谷レイも谷山アオイも福山レオンに投票していた。次は、私の番。

「私は、福山レオンくんに」

 鳥谷1票、谷山1票、福山4票。この時点で福山レオンの処刑は決定していた。

「私は、横田さん」

 ヨナが言い終わると福山レオンが絶叫した。

「ふざけんな! ふざけんな! 俺はオニじゃねぇ! 撤回しろ!!」

 騒ぐものの、ルール違反になりたくないのか、誰かを殴ったり大暴れはしなかった。ただ顔を真っ赤にして目を血走らせて叫んでいる。


「福山レオンくんに決定! まず、福山君はオニでは〜あり〜」

 まるでバラエティ番組でタメを作るように語尾を言わずに焦らす。ウサギのぬいぐるみがガタガタと揺れる。直後、爆音でドラムロールが流れ、ガンガンと部屋中に響いた。

 デデン!

「福山レオンくんはオニではありません! 残念でしター! さてさて、皆さん、お待ちカネの福山レオンくんの秘密公開タイムにうつるよ〜!」

「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!」

 福山レオンがぶつぶつと呟きながら畳をドンドンと叩く。私たちは彼から離れるように後ずさる。横田セリナたちも同じように彼から遠ざかった。

 ヨナが私の手をきゅっと握った。彼女の方を見ると、綺麗な黒い瞳を視線がぶつかった。彼女は小さく頷いて、悲しそうに目を伏せた。

 1人が死ぬのに「良かったね」なんていえない。でも、私は心の奥底で「自分じゃなくてよかった」なんて思っていた。


「それでは、注目! 福山レオン君の秘密をだーいこうかーい!」



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