第6話 犠牲者1の秘密


 片岡ミユはゆるふわ系の可愛い女子で、私も何度か席が近くなって話したことがあった。ふわふわの亜麻色の髪をおしゃれな編み込みおさげにしていて、長いまつ毛と愛くるしいたぬき顔。ツンと尖った小さな鼻、美しいEラインの横顔。ピンク色で大きめのカーディガンを萌え袖にして、短いスカートがチラッと見えるくらいのあざとい丈感は雑誌から飛び出てきたような完璧なコーディネイト。

 ギャルの中でも「男ウケ」全振りのスタイルで3軍以下の男子からの人気は彼女が一番だった。

 そんな彼女は英語の少人数クラスで私と席が隣だった。

「白井さんって文系希望だっけ?」

「うん、一応。片岡さんも?」

「そ、私も文系希望だけど〜、うーん女子アナになるのが夢だから留学とかも考えて英文系かなとか思ったり? そういえば夏期講習特進コース受けようと思っててさ〜」

「そっか、女子アナってみんな有名大だもんね」

「うん、できればミスコン輩出者から女子アナ内定が多く出てる学校に行きたいんだよね。白井さんはカレシくんと一緒のところ?」

「ハヤトは私なんかよりずっと頭がいいし、バスケでも有名なところ行けるかもって感じだし……」

「スポーツしてる男子ってかっこいいよね〜! 女子アナになって野球選手と結婚! 最高じゃない?」

 片岡ミユは1軍じゃない私ともフランクに話してくれるおしゃれな女の子といった感じで将来は女子アナを目指し美容に勉強に頑張っている生徒だった。そんな彼女が、どうして横田組の一員としていじめに加担していたのか……。答えは簡単だ。彼女は世渡りがうまいんだ。ヨナに負けずとも劣らぬ可愛さながら横田セリナの嫉妬の対象にならない立ち回り、彼女はすごく聡明な人だったのかもしれない。

「片岡さんならすぐにでも芸能人になれそうなのに」

「うーん、芸能人って本当に何かに秀でていないとなれないと思うんだよね。あっ、もちろん女子アナもそうだよ? けど、女子アナはアナウンサーっていう職業のプロでしょ? だから、芸能人よりもなりやすいのかもって思ってるんだぁ」

 そう言って漢字検定2級の参考書を読んでいた彼女をよく覚えている。私は明確な夢がある彼女を羨ましいと思った。

「黒瀬さんと仲……よかったよね?」

「今も、いいと思ってるよ」

 私の言葉に彼女は気まずそうに苦笑いをする。

「セリナってさ、しばらくしたらターゲット変わると思うし……それにほらあの子飽き性だから。すぐにおさまると思う。ごめんね、何もできなくて」

 片岡ミユは世渡り上手だと思った。今はヒエラルキーの一番上である横田セリナにくっついているけれど、それがひっくり返った時のためにこうして動いているんだから。でも、ヨナはいじめとかそういうのやり返したりしないよ。

「黒瀬さんってさ、すごく美人だよね。セリナが嫌い始める前に話したことがあってさ、黒瀬さんも女子アナになりたいって言ってて私、嬉しかったんだぁ」

 優しく微笑んだ彼女は空になった窓際の席を見つめた。

「黒瀬さんはお堅い系の報道アナウンサーで、私はスポーツ系のアイドルアナ。なんちゃって、同期になるんだし、いつかテレビで共演したりそう言う話できたらなって思ってるんだ」

 いつかいじめが終わったら。

 そんな希望を話す彼女に違和感を覚えたけれど、同じくいじめを止められない無力な自分は彼女を責めることはできなかった。いい方に改善すればいいと、無責任に勝手に考えることしかできなかったのだ。


 私は混乱と恐怖の中、片岡ミユとの少ない記憶を思い出して、彼女の死を静かに弔った。


***



「みなさん、プロジェクターにご注目!」


 ウサギの合図と共にプロジェクターに映し出されたのは片岡ミユのスマホの画面らしい映像だった。

 私は昨日の浅田先生の恐ろしい素顔を思い出してしまう。人には誰にだって言いたくない秘密や隠したい悪事があるものだ。片岡ミユは横田組の中でも癒し系担当のような雰囲気で、ヨナへのいじめにも積極的に参加している様子はなかったはずだ。むしろ、横田セリナのいじめが加速した時は鳥谷レイと一緒になって宥めていたような。

 学校ではヒエラルキーのために横田組にいたが、彼女の中には良心があったのかもしれない……。彼女の秘密とはなんだろう……?

(だめ、興味を示すなんて最低だ、何を考えてるんだろう私)

 私は自分への罪悪感に襲われながらプロジェクターに映し出された画像をもう一度見る。

 片岡ミユのスマホ、青い動物マークのSNSをタップすると「女子高生の裏アカ」という怪しいアカウントが表示された。

「なに、これ」

 鳥谷レイが声を上げたのと同時にヨナが「やめてっ!」と大声を出し、画面から目を背けるようにおでこを床に叩きつける。

「ヨナッ!」

 私はヨナが自虐行為をしないように必死で止め、ヨナを抱きしめる。

「おい、まじかよ。この写真、黒瀬のじゃん」

 福山レオンの言葉に私はヨナを抱きしめながら画面の方に目をやった。「女子高生の裏アカ」というアカウントには下着姿などの卑猥な写真が掲載されている。アカウントのアイコンは黒髪ぱっつんロングの後ろ姿で見慣れた制服は私たちの学校のものだと分かった。

 そう、福山レオンの言う通りアイコンの写真も、それ以外の投稿された卑猥な写真も被写体はすべてヨナだった。

「片岡ミユさんのヒミツ1! 黒瀬ヨナさんへの悪質なイジメだよ! 盗撮した画像やいじめの最中に無理やり取ったと思われる画像をSNSで公開していたヨ! トイレの動画や下着の画像なんかがたーくさんあるね!」

 横田セリナが

「はぁ? あれはウチらじゃなくて黒瀬の悪質なストーカーってそう言うふうに話は落ち着いたじゃん! 第一、ミユはそんなことするやつじゃ」

 と猛反対したが、

「セリナ……でもミユのスマホでログインされてたじゃん。ってか、うちらがトイレで無理やり脱がしてネットに流してやるって脅した写真もある……」

 鳥谷レイが横田セリナを黙らせると、横田セリナは俯いて話さなくなった。一方でヨナは「早く、早く消して」と消えそうな声で訴えていた。

 最低だ……。片岡ミユは善人ヅラして裏でヨナを傷つけていたんだ。しかも、横田セリナも知らないところで。

「さて、片岡ミユの秘密はこれだけじゃないぴょん!」

 ウサギの声にコメントの盛り上がりは最高潮になったその時、

「やめろ!!」

 以外にも声を上げたのは福山レオンだった。彼は恐怖に怯えた表情でウサギを睨み、額からはポタポタと汗が落ちる。そばにいた横田セリナは「えっ?」と彼から離れた。

「お願いだから……やめてくれ」

 福山レオンの懇願も虚しくプロジェクターには一枚の写真が写された。白黒のエコー写真には赤丸がつけられ「胎児」と書かれている。

「片岡ミユさんは妊娠した過去があったんだぴょん、しかも聞いて驚くなかれ! じゃじゃーん!」

 ウサギの合図とともに次に映し出されたのは……

「人工中絶手術……同意書?」

 それは紛れもない人工中絶に関する同意書だった。クリニック名は黒塗りになって伏せられているが、本人の欄には片岡ミユの名前が。父親の欄には福山レオンの名前が書かれていた。


「ななな、ナント! 片岡ミユさんはつい数ヶ月前に友達のカレシと浮気して子作り! あろうことか中絶手術をしていたのでしター! ゲスで非道なヒミツだね!」


<うわー、NTR!>

<さすが、女子アナ志望のあざと女子!>

<ブスの読者モデル涙目乙!>

<やっぱ女子アナ志望は野球落ちこぼれがすっき>

<今回の暴露、証拠弱くない?>

<いやいや、流石に中絶手術中の動画とかはないっしょ>

<一番推しだったけど見る目変わったわ〜>


「さて、朝ごはんがおわったら昼のターンが始まるよ! 2日目からはお昼頃に会議をして処刑と暴露、夜までは自由時間になるよ〜。お風呂とか入りたいもんネ〜! じゃあ、またあとでだぴょん!」

 シューン、とモーターが止まるような音がしてウサギの動きが止まった。と同時に横田セリナが

「レオン、どういうことだよ」

 と唸った。暴力行為をしないように鳥谷レイと谷山アオイが横田セリナの両脇を掴んでいる。一方で、福山レオンの方は冷や汗をダラダラ流しながら肩で息をしていた。

「違うんだ……」

「何が違うんだよ! お前、ミユと一緒にあたしを馬鹿にしてたんだろ!」

 巻き舌になってまくしたてる横田セリナ。

「あいつに……誘惑されて」

「さいってい……」

 吐き捨てるように言ったのは鳥谷レイだった。彼女は横田組の中でもボーイッシュ担当のギャルで短いショートカットとサバサバした性格の子だ。こういう浮気とかネチネチしたことは嫌いだというそんな感じ。

「うるせぇ、お前らだって黒瀬やその前の子にえっぐいいじめしといて、俺の浮気だけ最低? トイレで無理やり脱がして写真撮って脅すのは最低じゃねぇのかよ!」

 福山レオンが怒鳴ると、さすがの横田セリナたち3人は言い返すのをやめた。福山レオンが怖かったからじゃない。多分、彼の言っていることが図星だったからだ。

「福山、これ以上はやめとけ。ルール違反になるかもしれない。横田もだ」

 ハヤトが静かに言うと二人は背を向けるように体を反転させて黙り込んだ。しばらく沈黙が続いていると

——ガコン

 と大きな音が給仕口の方から聞こえた。朝食が配布されたらしい。あんなグロテスクな死体を見たあとで食欲なんてわかない。多分、口の中に何かをいれたらすぐに吐いてしまうと思う。

 かといって、あの死体を見た廊下を通って自分の部屋に戻るのもとてもしんどい。ここでこうしているのが一番マシだ。きっと。

「ヨナ……」

 耳を塞いでうずくまっているヨナの背中を撫でながら、私は時が経つのをじっとただじっと待ち続けた。


1日目夜のターン


片岡ミユ 死亡


残り7人


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