第5話 悲惨な死
「おはようございます! 朝だヨー!」
けたたましい爆音で不快な目覚めを迎えた私はぎゅうぎゅうと目を擦った。寝ぼけた頭が冴えるのと同時に「生きている」と時間をして心臓がぎゅっと締め付けられるような思いになった。生きている嬉しさと同時に、この恐ろしい事態と向き合わなければいけない現実に心は崩壊してしまいそうだった。
誰かが、死んでいるんだよね。オニがルール違反をしていれば死体はオニ含めて2体になっているはず。もしも、オニが自殺を選んでいなければ死体は1体。どちらにしろ、8人のうち誰かは死んでいるのだ。
ウィーン
天井のカメラが真っ赤な光をつけてこちらへ向いた。思わず私はカメラを見てしまう。見てしまってからすぐにこの映像が配信されていることに気がついて私は顔を隠した。狂ってる、こんな映像を楽しんで見ている人たちが無数にいると思うと吐き気がする。
「みなさん、起床しましたカー? 大広間へお集まりください!」
また、ウサギの大きな音がスピーカーから響いて、私は仕方なく外へと向かった。襖に手をかけて部屋から思い切って出てみると、ちょうど同時にヨナが向かいの部屋から出てくるところだった。
「ヨナ!」
「ユキ!」
ヨナに抱きついて、私はぎゅうぎゅうと彼女を抱きしめる。よかった、死んでなかった。きっと思いは一緒だったのか、ヨナも私の腰をぎゅうと抱いて鼻をすすった。
「行こう」
「うん」
ヨナと私は手を繋いで大広間へと向かう。大広間が見えてくると、昨日あったはずの浅田先生の遺体はすっかり綺麗になくなっていて、大広間に漂っていた排泄物の香りもしない。畳の匂いだけが漂っていた。
「ユキ! 黒瀬!」
大広間に入ると同時にわたしたちを見て声を上げたのはハヤトだった。ハヤトは大きなクマを作っていてやつれていたが私たちにかけよると安心したように息を吐いて「よかった、よかった」と目をうるませた。
私はハヤトの顔をちらりとみる。まさか、嘘なんてついてないよね? ハヤトがオニなわけ、ないよね?
「とにかく……オニに善意があることを祈るしかないな」
私は小さく頷いた。ヨナも同じように頷くときゅっと私の手を握った。
「おぉ、ハヤト生きてたか」
福山レオンも眠れなかったのか疲れ切った様子だ。口周りにはうっすらと髭が生え、汗で濡れたシャツからはおしゃれとは言い難いタトゥーが透けていた。
「福山、よかった。横田たちは?」
「さっき、セリナとは廊下であった。他のは知らない」
福山レオンはどしっと腰を下ろすと話すのをやめて深いため息をついた。この人もオニじゃないのだろうか。
しばらくすると大広間へ横田セリナ、谷山アオイ、鳥谷レイがやってきた。やつれきった横田セリナに他の二人が肩を貸すようにしてやっとのことで私たちの方へと歩いてくる。横田セリナはわたしたちをみるとぎょっとした顔をして大声を上げる。
「ミユは?」
「片岡? お前たちと一緒だとばかり」
ハヤトはそう返してから言葉に詰まって続きを話すのをやめた。今この場には7人いる。オニサガシのルール上、全員が生き延びることは絶対にないのだ。つまり、片岡ミユはもうここへくることはない。この世にはいないのだ。
そしてもう一つ、1人死亡ということは……オニはこのゲームを続けるつもりだということだ。
「いやっ! ミユが殺されたなんて! 黒瀬! お前だろ!」
横田セリナが大声を上げると横の2人を振り切って手を振り上げた。横田セリナの美しい顔は醜く歪み、口からは唾が飛び散っている。
「やめろっ」
環一発のところでハヤトと福山レオンが横田セリナをはがいじめにする形でなんとか抑え、足をバタつかせる横田セリナはふしゅるふしゅると口端から泡を飛ばし、血走った目でヨナを睨んでいた。
「セリナ! 暴力行為したらルール違反になっちゃう!」
谷山アオイが泣きながら叫ぶとやっと横田セリナが静かになった。
「福山、任せるぞ」
「お、おう」
福山レオンは横田セリナを抱きしめるようにして落ち着かせるとヨナとは少し離れたところに座らせた。一方でハヤトは私とヨナを横田セリナから隠すように座ると黙って俯いていた。
「ケケケケ、おはようございマース! みなさん、お集まりですね! いない人のお部屋にいって死亡確認をしまショー! 死亡確認の後は大広間でヒミツのお披露目です!」
大広間に置いてあったウサギのぬいぐるみが奇妙な動きをしながら話し出した。「早く、早く、ルール違反になっちゃうヨー?」と急かすので私たちはゾロゾロと廊下へと向かう。福山レオンとハヤトが目配せをして、ハヤトは私とヨナに先に歩くように言った。動けない横田セリナを福山レオンが支えて最後尾を歩き、私とヨナは一番先頭、ハヤトのあとには鳥谷レイと谷山アオイが続いた。
大した長さじゃない廊下が長く感じるほどゆっくり歩いて、私たちは片岡ミユと書かれた木札の前で立ち止まった。
「誰でもいいよ! お部屋にはいって死亡確認をしてね!」
廊下の上の方からウサギの声と思われる電子音が響いて、私はびくんと背中を弾ませた。怖い、怖い。 ぎゅっとヨナの手を握ってハヤトを見る。彼は何度か小さく頷くと片岡ミユの部屋の襖に手をかけて一気に開いた。
「うっ、なに……この」
襖が開いた瞬間、むわっとした湿気が一気に部屋から湧き出てきて私はぐっと空気に押されたような感覚になった。生暖かく嫌な匂いのその空気は換気の関係なのか一気に廊下を流れていく。口の中を噛んでしまった時に感じる鉄臭い香り、それから嘔吐物なのか排泄物なのかわからない酸っぱいような腐敗したような匂い。公衆トイレの排泄物の匂い。
「なんだよ……これ」
目の前に立っていたハヤトが腰を抜かしドスンと大きな音を立てる。その瞬間、私の目に飛び込んできたのは赤黒い光景と、ベッドの上にあった肉の塊、部屋中に飛び散った黄色い何かだった。
「い、い、いやー‼︎」
片岡ミユだったものに突き立ったナイフ。飛び散った肉片と血。もう絶対に生きていないと一目で分かった。悲鳴を上げたのは谷山アオイだった。アオイは悲鳴を上げたあと、その場で盛大に胃液を吐き出し、うずくまってもなおゲホゲホと嘔吐を繰り返した。
一番近くにいた私とヨナは悲鳴なんかあげる余裕もなくただ呆然と立ち尽くしていた。
「死んでる……」
ヨナがぼそっとつぶやくと、それをどこかのマイクで拾ったのかウサギの声で「死亡確認完了〜! それではみなさん、大広間へ急いでもどってね!」とアナウンスが入った。
「ハヤト……行こう」
私は一刻も早くその場所から逃げたくてハヤトを引っ張ると襖を閉める。凄惨な光景は頭の中に焼きついたままだが、それ以上にルール違反で殺されるのが怖かった。鳥谷レイが谷山アオイを抱えるように起こすと大広間へ向かう。私もハヤトの手を引っ張って大広間へと足をすすめた。歩いていても苦しいくらいに息がしにくい、心臓は変なふうに鼓動していたし、目からは涙が溢れていた。胃の内容物が何度も込み上げて、苦しい。
やっとのことで大広間に着くと、ウィンウィンとウサギのぬいぐるみが踊るように動く。
「片岡ミユチャンが死亡したヨー!」
パンパカパーン! と馬鹿にしたようなファンファーレの後にプロジェクターには「オニの襲撃成功」と表示された。丸っこい可愛らしいフォントは実際に起きている事柄とかけ離れすぎている。人が、しかも未成年が死んでいるのに。
そんなことお構いなしに表示されているコメントは大盛り上がりだ。
<激グロ!>
<死体解体するとかマジでオニサイコじゃん>
<目玉にナイフ突き刺さってなかった?>
<ってか顔半分なかったよな?>
<課金特典で死体好きなだけ見れるようにしてホシス>
<ここにもサイコいてわろた>
<パンツ見えた? パンツ見えた?>
「最低……!」
ドンッと鳥谷レイが畳を殴った。コメント欄を睨みつけ、彼女はぐっと下唇を噛んで怒りに震えている。谷山アオイはひとしきり吐き終わってもなお、えずいていて口を抑えながら必死で何度もぐえっぐえっと苦しそうに体を揺らしている。昨日風呂に入っていないせいか、彼女の目元は真っ黒になっていて流れる涙も黒い涙になっている。
「怖い、怖い、怖い、怖い」
私の後ろのヨナは耳を塞ぎながらぶつぶつと呟いていたし、ハヤトは死んだ目で何もない方向を眺めていた。私の耳の後ろを伝う脂汗、今すぐにでも倒れてしまいそうで必死で左手の甲をつねる。
「おまちかねの片岡ミユの秘密をだーいこうかーい!」
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