第4話 覚悟を決めた生徒たち



「あのさ、谷山……ルールの紙。もう一回みんなで確認しようぜ」

 ハヤトが声をかけると、谷山アオイがくしゃくしゃになっていたルールのプリントを持って立ち上がった。できるだけ先生の死体に近づかないようにしながら遠回りしてハヤトにそれを渡す。

「ありがとう」

 彼は丁寧に礼を言うとプリントの向きを直して読み始めた。

「おいおい、ハヤト。まじでデスゲームなんてやんのかよ」

 福山レオンがらしくない細い声でいった。いつもはイキリちらかしている彼だが、今はみんなと同じように怖いらしい。

「みたろ、ルール違反をした先生がどうなったか……。俺たちができることは主催者が決めたルールに従って、できるだけ早く脱出しないと」

「確かに、浅田はそれで死んだんだもんな。俺も死にたくねぇし」

 ハヤトはルールを読み上げた。

「このゲームは簡易版人狼ゲームです。人間の中に紛れ込んだ鬼をターン制で探します。昼のターンでは鬼を探すための会議と投票を。夜のターンでは鬼が殺人行動をします」

 鳥谷レイが口を挟む。

「人狼ゲームならなんとなくわかる。でも、なんで人狼じゃなくて鬼なんだろう?」

 ハヤトは「主催者の考えることなんてわからないよ」と答えつつもルールを読み進めた。

「人間は夜の時間になったらそれぞれ一人ずつ部屋に入ります。鬼は殺したい人間を選んで殺します。鬼は1夜に1人しか殺せません。鬼が人間を殺せなかった場合は鬼が死にます。この場合

 道連れという言葉に何人かが反応した。

「鬼の道連れ、昼のターンで鬼が処刑されることが決定した場合、鬼は一人の人間を道連れにすることができます。道連れにされた人間は処刑と同じように秘密を暴露され死亡します」

 ハヤトが道連れについての説明を読み終える前に横田セリナが声を上げる。

「なにそれ! じゃあ、最短で鬼を見つけても一人は絶対死ぬってこと? ってか、今日の夜のターンで鬼が一人殺すってことは少なくとも鬼以外に2人は死ぬの確定ってワケ? まじありえない!」

 横田セリナはギャルだが、元はと言えば偏差値60の学校に入学できる学力はある。何よりも読者モデルとして人気を博しているくらいだから頭の回転は私より早いかもしれない。彼女の言う通りだ。鬼を見つけたのに誰かも一緒に犠牲になるなんて理不尽すぎる……!

「とりあえず、最後まで聞こ……」

 横田セリナの背中をさする片岡ミユはゆるふわ系のギャルで横田軍団の中では癒し系ギャルなんて裏で呼ばれている子だ。容量がよく頭もいいし顔も可愛い。将来はアナウンサーを目指してるって言ってたっけ。

 片岡ミユに慰められて横田セリナが静かになると、ハヤトはさらにルールを読み進めた。

「以下、禁止事項。投票を自ら集める行為、夜のターンの人間の脱走。人間の人殺し行為、略奪行為、その他、強奪、強姦、傷害等の過度な暴力行為。カメラを隠す行為、カメラを壊す行為、その他施設の破壊や脱走行為。また、オニを探すためにわざと危険行為を強要すること」

 禁止事項を彼が読み終えると、みんなの視線が浅田先生の死体に向いた。先生は投票を自ら集める行為をして殺されたのだ。

「浅田のみるに、もしもこういう行為をして死んだとしても秘密は暴露されるってことだよね。セリナ、気をつけよ」

 谷山アオイが深くため息をついて、暗い色の巻き髪を手首につけていたヘアゴムでポニーテールにした。谷山アオイは横田セリナの幼馴染で多分彼女と一番仲の良い子だ。彼女もギャルではあるが聡明な子だったはずだ。

「禁止事項はこんな感じだな。で……さっき横田さんが言ったみたいに鬼を明日見つけられたとしても、多分2人は死ぬ。この中で3人は死ぬってこと」

「ってか、オニって誰なんだよ? もう、この中にいるってことかよ」

 福山レオンが声を荒げる。

「あぁ、次の項目にある。オニについて。オニはゲーム開始前に告知されています。オニは勝利条件<たったひとりで生き残る>を達成すると莫大な金銭を得ることができます。

 ハヤトはプリントを床におくと俯いた。私は彼も含めて残った8人の表情を見る。全員不安げで、恐怖に震えている。ついさっきまでただの普通のクラスメイトだった私たちの中に「オニ」がいて、今日の夜にはそのオニが誰かを殺す。

「やだ……よ」

 思わず口に出た言葉と涙。ヨナが私の背中をさすってくれた。でも、ヨナもハヤトもその他のみんなも「オニ」の可能性があるわけだ。

 私は特にオニの告知を受けていないから人間だ。一緒に拉致されたハヤトは……? わからない、確証がない。大好きな人でさえ信用できないのだ。

「オニが……今夜、人を殺さないでくれれば……オニとその道連れで最小限で済むってことだよね」

 鳥谷レイが冷静に言ったが、それが希望的観測であることは彼女もわかっているようだった。オニだって死にたくない、だから殺す……。私はこの中に自殺をするオニがいるとしたらハヤトくらいしか思いつかない。でも、ハヤトだってもしかしたら……。

「誰なんだよ……。オニ」

 福山レオンがボソッと言うが答えは出なかった。



 しばらくすると、給仕口から大きな音がして食事が運ばれてきたことがわかった。私は全く食べる気分ではなかったが、ハヤトに説得されてコンビニのものと思われるおにぎりとペットボトルに入ったお茶を手に取った。コンビニのラベルシールが丁寧に剥がれているからここがどこかというヒントもなかったしけれど未開封に見えたので食べることにした。

 私とハヤト、それからヨナの3人は部屋の端っこで。横田軍団と横田セリナの彼氏である福山レオンは私たちと反対側で食事を取っていた。おにぎりはツナマヨだったが味なんて感じなかった。

「トイレも配信されてるんだよね」

 ヨナがペットボトルのお茶を眺めながら言った。確かにそうだ、飲んだら出したくなる。全世界にトイレをしているところを配信されるなんて……生き残って帰ったとしてもデジタルタトゥーになるだろうな。

「どうしたら……」

 カメラを隠す行為はルール違反だった。つまりは目隠しはできないということだ。このデスゲームの主催者は狂っている……。

「明日、必ずオニを見つけよう。そうすれば……きっと」

 ハヤトはその先を言おうとしなかった。多分、ハヤトも私がオニかもしれないと思っているんだと思う。それに、オニが今夜、人を殺す。だから、何も確定したことなど言えないのだ。

「ゴミは給仕口へ、だってさ」

 鳥谷レイが私たちに声をかけると、横田軍団は先に個人の部屋の方へと向かった。いつも教室の中ではうるさいグループだが、ほとんど会話もしていないようだった。彼女たちも同じように疑心暗鬼になり、コミュニケーションどころではなかったのかもしれない。

「ハヤト……ヨナ」

「俺たちも、早めに個人の部屋に行こう。ルール違反で死ぬのがきっと、一番もったいないから」

 ハヤトは引き攣った笑いを浮かべて私の頭をぽんと撫でると立ち上がってゴミを捨てに行った。

「ありがとう」

 私とヨナは彼にお礼を言って、それから浅田先生の死体からできるだけ遠いルートで個人の部屋がある廊下の方へと歩いた。廊下の両側に襖が定間隔に並んでおり、丁寧に名前の書かれた木札が襖の横に貼り付けられていた。

「私、こっちだ」

 ヨナは足を止めると黒瀬と書かれた木札を指さす。

「私は……ここか」

 私の部屋はヨナの向かい側。ハヤトの部屋はもっと奥のようだった。

「じゃあ、おやすみ」

 ヨナは襖に手をかけてそう言った。

(ヨナに謝らなくちゃ……いじめを助けられなかったこと)

「ヨナ、あのね」

 明日、私が死ぬかもしれない。ヨナが死ぬかもしれない。会えなくなる可能性あるんだ。ちゃんと、今度こそ伝えなくちゃ。

「……?」

「学校で、横田さんたちを止められなくて……ごめん」

 ヨナは一瞬だけ驚いたような顔をしたが、優しく小さく口角を上げた。それから襖から手を離して、私に歩み寄ると優しく私を抱きしめた。ヨナからは花のような甘い柔軟剤の香りがした。

「誰だって、怖いよ。いじめの標的になってしまうかもしれないんだもん……。でも、ユキ、ありがとう」

 ヨナはそう言うと私から離れて再度「おやすみ」と言うと部屋に入っていった。私は自然と涙が溢れ、その場から動けなかった。ずっとずっとヨナに謝りたかった。伝えたかった。

「おやすみ、ヨナ」



 襖は思ったよりも重くて外側は和風な雰囲気を保つために襖っぽくしているだけで実は重い鉄の扉だった。部屋の中は質素なビジネスホテルのような感じで、ベッド、小さな机と椅子のセットのみ。トイレは廊下の突き当たりに行く仕様だが、消灯時間が過ぎたら出てはいけないので、刑務所にあるような小さなおまるがベッドの下に収納されていた。

「ルール、ここにもあったんだ」

 机の上に置かれていたプリントにはルールが記されていた。ハヤトがみんなの前で読んだものと同じだったが念の為目を通しておく。

 天井にはスピーカーらしきものと監視カメラが一台。

 


「ジジジジー、完全消灯時間まであと30秒。みなさん部屋にもどってネー。外に出た人は即刻ルール違反になるよ! オニの人は消灯後行動を開始してネ!」

 部屋の中に響くのはウサギの電子音だ。結構な大きな音。

(あれ、でも外の音は聞こえない)

 天井のスピーカーから流れる音声は結構大きな音だったから、てっきり隣の音が聞こえるとおもったけど……

「そっか、完全防音」

 例えば、オニに殺される瞬間に名前を叫んだり、逆にオニが別の人の名前を叫んだりしても周りに伝わらないように、だろうか。

(本当に映画でみる人狼ゲームみたいだ)

「それでは完全消灯! えいやっ!」

 バチン! とブレーカーでも落としたように電気が落ちる。

「きゃっ」

 私はルールのプリントを手放して、ベッドの方へと手探りで向かう。本当になんの灯もないので何も見えない。四つん這いになりながらなんとかベッドにたどり着くと私は枕を見つけて抱きしめ、小さく丸くなった。

 どうしよう、ベッドの下とかに隠れておくべきだったかな、それとも何か武器になるようなものを作っておくべき……? 

 ルール違反か……。お願い、お願い。明るくならないで……。

 私はぎゅっと目を閉じて、祈るようにして時間が経つのをただただ待つことしかできなかった。

 

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