第3話 違反者1の秘密 最低な教師


「さ、違反者が昼の時間に出た場合はそいつが処刑対象になるヨ! ということで今日の昼の処刑は浅田ケンイチさんだヨ! アッ、まだ生きてるね! 死ぬまで少しまってネ!」


 まだビクビクとしている先生の体。眉間と心臓にあんなにも深く刺さったナイフ。でも即死……じゃないみたいだ。何を考えているの私……、早く手当をしないと!

 私が立ちあがろうとするとハヤトが私の腕を引っ張って止めた。振り向けばハヤトは「いくな」と口パクで私に伝えて首を横に振った。

 あまりに突然のことで私以外は誰も動こうとしなかった。悪い、悪い冗談……だよね?


「嘘、ケンイチ先生本当に死んだの?」

 シンとした空間で、震えた声の鳥谷レイが言った。

 誰もレイの問いに返答しない。畳の上で大の字になっている浅田先生は痙攣がおさまったのが動かなくなっていた。

 先生の額と屈強な左胸にはサバイバルナイフがずぶりと突き刺さっている。先生は目を見開いたまま、ピクリとも動かない。


「先生、もうドッキリにしちゃ趣味が悪いよ。ほら、早く」

 クラスのリーダー格の横田セリナは苦笑いを浮かべると先生に近づいて左胸のナイフを引き抜いた。

 多分、ナイフは偽物でパーティーやマジックなんかで使われる少しリアルなやつだよね? 先生はきっとわたしたちを驚かせるためにこんな場所に連れてきて、デスゲームみたいな演出もして……そうだよね?

 セリナがナイフに触れたら先生が起き上がってにっこり笑って、それから全部嘘だったよ。サプライズ! 良い知らせがあるよ! なんて言ってくれるじゃないかと思っていた。

 しかし……ぶちゅ、と生肉を切るような嫌な音が響いたが先生はピクリとも動かない。

 それどころか、瞳の瞳孔は開き、流れ出た排泄物でズボンと畳はぐっしょりと濡れている。

「うっ、浅田ドッキリにしちゃやりすぎだろ! まじで漏らしてんじゃん」

「せ、先生? おーい」

 あまりの強烈な匂いにほとんどの生徒が口元を袖で隠していた。

 私たちがどんなに呼びかけても先生はピクリとも動かない。ただ、不快な汚物の匂いが広がるばかりだ。

「ねぇ、でもほら血…出てないよ?」

 セリナが苦し紛れに先生の左胸を指差した。

「死んでるから……じゃない?」

 返答したのはセリナの取り巻きの一人、谷山アオイだ。彼女はギャル軍団の中でも成績が優秀な生徒だ。

「死んでるとなんで血が出ないのよ」

「心臓が……止まるから、血管に血液が流れなくてドラマみたいに吹き出したりしないって聞いた。ねぇ、脈は?」

 セリナは先生の手首を掴むと首を横に振った。それから死んでいるという事実を理解し、彼女は飛び退くようにして死体から離れて恋人の後ろに隠れるように座りブルブルと震える。



「さ〜て、死んでるね。死んでるね!」

 薄汚いウサギのぬいぐるみはピカピカと光る。

「クソウサギ! なんだよ! 先生、ほんとに……」

 横田セリナがナイフを放り出すと、腰を抜かした。

「言ったヨー、鬼探しゲームには命を使ってもらうって。浅田ケンイチ先生は君たちの投票を集めてルール通り死んだんだぴょーん。さ、画面の前の皆さん! お待ちかねの先生のヒミツ……発表〜!」


<体育教師の秘密楽しみ〜>

<えっぐいのたのんます!>

<エロいのがいい!>



「みなさーん、ご注目!」


 うさぎはそう言うとプロジェクターの方を向いてドドン!と大きな音を立てた。このウサギはきっとリモコンか何かで操られていて、後ろに主催者……がいるの?

 だとしても悪趣味すぎる。先生は脈がなくて、いや、芸能人の横田セリナが番組とグルになっていて私たちを騙しているとか? それ以外は考えられない、よね?

 だって、そうじゃなきゃ、嘘じゃなきゃ……先生は本当に死んじゃってて、私たちは本当にオニサガシとかいうデスゲームをしなきゃいけないってことなんだもん。


「では、違反により投票を満票あつめた浅田ケンイチの秘密をうつしちゃってチョーダイぴょん!」

 プロジェクターに映し出されたのは生徒指導室の映像、完全に盗撮されたものだった。生徒指導室の中には1年生と思われる女の生徒と浅田先生がいた。窓から夕日が差し込んでいるところを見ると放課後だろう。

「凪崎、お前いじめられてるんだって?」

 凪崎という女性とは野暮ったいおさげに長いスカート。いかにもいじめられてしまいそうな風貌で大人しく優しそうな女の子だった。上履きの色から彼女が1年生だとわかるが、私はあまり彼女をみたことがない。

「は、はい……それで先生にご相談を」

「あぁ、凪崎。先生ならすぐにいじめっ子に注意してやれるぞ?」

「お願いします、私、本当に困ってて」

「じゃあ、わかるよな?」

 生徒指導室の鍵を閉め、カーテンを閉めると怯える凪崎に浅田先生は近寄り……生徒指導室の端っこに寄せられている保護者が来訪した際に使うソファーに彼女を組み敷いた。

 そこからの映像から私は目を背けてしまった。まるで先生が生徒にするような行為じゃなかった。いじめに苦しみ、唯一の救いを求めて頼った教師にあんな……。スマホを片手に全てが終わった後、浅田先生は

「凪崎、お前は小さくていいよなぁ。かわいいなぁ、守ってやるからなぁ」

 気色の悪いの映像が終わっても誰も声を上げなかった。映像はあまりにも残酷で、エグくて、非人道的だった。みんなから人気の浅田先生の裏の顔、明らかに余罪のある犯罪者だった。

 それから動画の画面が切り替わる。よく見ると日付が2日後だった。同じ時間だろうか、夕日が差し込んでいる生徒指導室に凪崎さんと浅田先生が現れる。

「先生、ありがとうございます。いじめられなくなって」

「そうか、そうか。凪崎。よかったなぁ。先生が守ってやってるんだ。わかるな?」

 そうしてまた、先生は凪崎さんをソファーに組み敷いた。一通りの行為が終わった後、先生は愛おしそうに凪崎さんに服を着せながら

「凪崎、お前小学生の妹がいるんだって? 今度、先生と凪崎と妹さんで遊びに行こうか。なぁ、凪崎。先生が妹にも特別講義してあげようか」

 反吐が出るような言葉に横田軍団の鳥谷レイがうっと嗚咽した。

「こいつ、まじ?」

「小学生って……さすがにそれは」

 幸か不幸か、こんな社会的に終わるような秘密を配信でバラされてしまったが浅田先生は既に死んで……


「そっか……これ、本当にデスゲームなんだね」


 私の言葉にその場にいた全員がこちらを向いた。あの横田セリナでさえも怯えてワナワナと震え、取り巻きと彼氏の福山にしがみついていた。

 ウサギが私の言葉に応えるように

「そーだよ? いったじゃん。えっと、浅田ケンイチ先生の秘密はこれだけじゃないヨー? そーれ、浅田ケンイチ先生のスマホデータ召喚ぴょんっ☆」

 再びプロジェクターの画面が切り替わる。そこにはスマホのデータフォルダがミラーリングされていた。写真はどれもこれも年端もいかない少女の卑猥な静止画や動画だった。グラビアのようなものやエグいものまで大量の、スクロールしてもスクロールしても終わりがない。

「なんだよこれ……」

「ジポってこと?」

 横田軍団がボソボソと声に出す。

「そういえば、浅田さ。小学校教諭やめてうちの学校に来たって言ってなかった……?」

 片岡ミユがそういうと他の3人は引き攣ったような顔で死体となった浅田先生を軽蔑すような視線で見つめた。先生はさっきのまま動くことはなかった。

「先生、ロリコンだったってこと?」

「うっそ……しかも、生徒にまで手出してたわけじゃん? アイツ、カノジョ自慢すげーしてなかった?」

「ロリコンってバレないように既婚者になってカモフラしたり

 横田軍団の声のボリュームが大きくなる。ハヤトも「最低かよ」と呟いた。

「黒瀬、お前知ってたんじゃねぇの?」

 福山レオンの問いにヨナは首を横に振った。

「ヨナ、ほんとに大丈夫?」

 私が振り返るとヨナは

「私は、タイプじゃなかったのかも。相談も、全部気のせいだって言われたよ」

 私は死んでしまった先生に対して腑が煮え繰り返るほどむかついていた。確かに、さっき映像に写ってた凪崎さんという生徒は高校1年生にしてはかなり小柄だったし童顔だった。先生はもっと幼い子が好きだから、凪崎さんは


「ハーイ! 以上。みんなの大好きな爽やか体育教師の浅田ケンイチ先生はいじめられっ子を性欲処理に使い、とんでもない趣味の変態教師! なのでしター! コメント欄も大盛り上がりだね! ちなみに、浅田ケンイチ先生はオニじゃないのでゲームはまだまだ続きます! 残った皆さんは宿舎へどうぞ! もちろん、宿舎での様子も配信中!」


 ウサギがそう言うとさっきまで壁だった場所がバシンと音をたてて上にスライドすると、これまたお城の廊下のような板張りの道が現れた。両脇には個室と思われる襖が9つある。


「一人一部屋だよ! もちろん、全室配信されるから秘密の話やえっちなことをしたらバレちゃうよ! 食事は1日2回! 給仕口に人数分の水とおにぎりが配布されるヨ! 奪い合いは禁止! それじゃ、昼のターンはオワリだよ! 最終就寝時間はベルが鳴るからその時は急いでお部屋に入ってね! 視聴者の皆さんは朝になるまでプレイヤーたちを見守ってあげてネ!」

 ウサギはその言葉を最後に「シューン」と音を立てて動きを止めた。プロジェクターには相変わらずゲスなコメントが流れ続けている。

 それから数分、数十分、それとも数時間だろうか。誰も声を出さずにただ恐怖で震えていた。担任教師の死、担任が恐ろしい犯罪者であった事実。それから、このゲームが本当にデスゲームだという逃れ用のない事実に……だ。不幸中の幸いか、私は犯罪を隠れて犯していたわけではないし、多分……大丈夫。でも、死ぬのは嫌。死にたくない。


 私は信じていた担任が2回死んだように感じた。今まで尊敬して信じ、従っていたものが紛い物で……彼の心の奥にはドス黒い欲望が常に隠されていたかと思うと吐き気がした。弱い立場のものにそれをぶつけて……、最低だ。

 もしかして、ここにいる他の人たちにも恐ろしい秘密があるんだろうか? ヨナにもハヤトにも……? 

 私はぎゅっとヨナの手を強く握った。

 

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