第2話 初めての犠牲者


 後頭部の頭痛で目を覚ますと、ひんやりと腕が冷たかった。それもそのはずだ。私が寝転がっていたのは病院のベッドでも何でもない、畳の上だった。寝ている間も後頭部が痛かったのか横向きに寝ていた私の視界に入ってきたのは、時代劇のお城の中……しかも殿様とかがずらっと家臣たちを並べているような大きな畳の部屋。そんな不可思議な空間だった。

(これは夢……?)

「うっ、ユキ……?」

 聞き慣れた、安心する声に私が視線を動かすと、そこにはハヤトが倒れていた。

「いてて……、ユキ、ここどこだ?」

「わかんない」

 後頭部に鈍痛を感じながら体を起こしてみると、ハヤトの他にも見慣れた顔が近くに倒れていた。横田セリナをはじめとする横田軍団4名、横田セリナの彼氏、それから浅田先生。先生以外は全員制服姿で……

「ヨナ……?」

 部屋の端の方に倒れている灰色のスウェット姿の黒髪には見覚えがあった。クマがひどくなっているがそれは紛れもない「黒瀬ヨナ」だった。

「ユキ……?」

 ヨナは目を覚ますと不安そうにあたりを見回してから私の方へと駆け寄ってくる。私はヨナの手を握って、それからハヤトと寄り添うように座った。

 まだ目を覚ます様子のない他の人たち。ヨナの手は冷たくて、微かに震えていた。ずっと連絡の取れなかった親友との再会、それから見知らぬ場所……。一体、一体何が起こったんだろう?

「俺たち、誘拐されたってこと?」

 ハヤトはそういうと扉のない部屋を見回した。確かに、このお城の部屋のようなだだっ広い畳の部屋に窓はひとつもない。

 奥の方にある扉には「風呂」「トイレ」と書かれた襖のような引き戸と、「給仕口」と書かれた小さな引き出しがあった。

「ヨナ……?」

 ヨナはきゅっと私の手を握ると横田セリナから隠れるように私の後ろに回ると

「ユキ、久しぶり」

 震える声で言った。いつもみたいにメイクをしていないせいか少し幼く見える。ヨナはモデルや女優にでもなれそうな美人だ。独特な雰囲気があって、ミステリアスで知的。私にはもったいないくらいのかっこいい友達。

 だからこそ、横田セリナの標的になってしまった。

「元気……だったわけないよね」

「あっ」

 ヨナは私の後ろに隠れる。彼女の視線の先には目を覚ました横田セリナとその取り巻きたちがいた。

 横田セリナが大騒ぎして、程なく全員が目を覚ますことになった。私たち3人が冷静すぎたのか、そうだよね。だってこんな訳のわからない場所に連れてこられたんだもん。

「ここにいるのは、全員うちのクラスの生徒だな」

 浅田先生を囲むように丸く座って、私たちは体育座りをしている。ヨナは私にぴったりくっついて怯えていた。

「黒瀬、もってことはお前たちの悪いサプライズではなさそうだな」

「中川、福山、男子は俺とお前たちだけか」

 福山と呼ばれたのは福山レオン。横田セリナの恋人で元野球部。今は金髪に剃り込みの入ったヤンキーだ。評判はもちろん良くないし、飲酒や喫煙を自慢するような素行の悪い生徒だ。私はあまり関わるようなことはないから害はないけれどできるだけ関わりたくない人物ナンバーワン。

「先生、これまじで先生が俺たちに何かサプライズ〜とかじゃないの?」

 福山レオンがニヤリと笑う。その視線がヨナをジロジロと舐めるように動くと横田セリナがチッと舌打ちをした。

「福山、冗談はよせ。先生もよくわからないんだよ」

「だってよ〜、黒瀬がいるだろ? ここには黒瀬をいじめてたセリナたちと黒瀬の親友の……あ〜なんだっけ? ハヤトの彼女がいるし。仲良し大作戦〜、的な?」

 福山レオンは能天気に手を叩くとケラケラと笑った。

「レオン、俺とユキは路地で頭殴られて拉致られてんだよ。流石に先生の仕業にしちゃやりすぎじゃないか?」

 ハヤトの言葉に「確かに」と福山レオンが自分の後頭部をさすった。彼も殴られて拐われたらしい。他の人たちも目を見合わせて後頭部をさすった。それから少しして、視線がヨナに集まる。

 みんな、多分学校帰りに襲われて拐われた。でも、ヨナはどうだ? ヨナは見たところ部屋着っぽいスウェットだから外に出ていたなかったように見える。ということは彼女の家に誰かが押し入った? いや、ヨナの家はセキュリティ抜群だから誰にも目撃されずに出すのなんて難しい気がする。

「黒瀬、お前はどうやってここに連れてこられたんだよ。お前があたしたちへの復讐でこんなことしたんじゃねぇの?」

 横田セリナが声を荒げる。それに加勢するように鳥谷レイ、片岡ミユ、谷山アオイが「そうよ、そうよ!」とピーピーと騒いだ。

「ちょっと……」

 私が何を言おうが彼女たちの勢いは止まらない。次第にヨナを口汚く罵り始める。私は助けを求めるように浅田先生を睨んだ。

「おいおい、横田。静かに」

 浅田先生は横田セリナの視界を遮るように手を広げると首だけこちらを向いて

「黒瀬、お前はここにくるまでのことで覚えていることはあるか?」 

 と優しく言った。ヨナはしばらく沈黙した後、ポケットに手を入れて、手のひらほどの白い紙袋を取り出した。その紙袋には「処方」と書かれており、ヨナの名前、それから薬品名が書かれている。

「病院に……いって薬をもらって……その、あの」

「わかった。黒瀬、体調は大丈夫か?」

「あ、え……、はい」

 ヨナはすっかり痩せてやつれていたし、おそらく彼女が通っているのは心療内科だろう。睡眠薬と書かれていたのを私は見てしまった。

「なんでもいいけどさ、今日私、大事な撮影があるんだよね。さっさと帰らないと」

 横田セリナはヨナに謝ることもなく大声で喚く。私、やっぱりこの人が苦手だ。震えるヨナの手を握りながら私はうんざりして小さくため息をついた。

「にしても……本当になんのイタズラ? 流石にぶん殴って攫うとかやりすぎじゃね?」

 ハヤトはそう言いながら立ち上がると「トイレ」や「風呂」の襖を開けて中を確認する。中には簡素な風呂やトイレがあって、まるで刑務所みたいだった。給仕口の小さな扉を開けるとそこにはパンがスーパーに搬入される時に使われるようなプラスチックの箱が置かれている。

「ハヤト、風呂にもトイレにも窓はねぇの?」

 福山レオンがハヤトのそばに近寄ると風呂を覗き込んだ。

「換気口はあるけど、窓はないな。トイレも」

「うげ〜、トイレ和式かよ」

 福山レオンは能天気に頭を抱えると腰履きのズボンをずっずっとずり上げた。二人が会話をしているからか他の生徒の緊張も解け始めたようで、横田軍団の取り巻きの一人、片岡ミユも立ち上がった。

「あのさ、なんかこれ……デスゲームの会場みたいじゃない?」

 片岡ミユの言葉に男二人が固まる。

「片岡、デスゲームってなんだ? 先生知らないぞ」

「先生まじ? ほら、映画とかでよくあるさ〜、殺し合いをする系のやつ。大体が売り出し中のアイドルが大根演技して台無しにするけど……。デスゲームの設定ってこうやって若い男女が密室に集められて……そのうち司会者的なヤツが……」


 片岡ミユが話している最中だった。

 奇妙で不気味な電子音は私たちの背後からだった。

「ビビビビ、だーいせーいかーい」

 片岡ミユが「きゃっ」と小さな悲鳴を上げて腰を抜かす。私も心臓が飛び上がるくらい驚いてぎゅっとヨナの手を握った。

「何あれ……うさぎのぬいぐるみ?」

 腰を抜かした片岡ミユに駆け寄った仲間の鳥谷レイがぼそっとつぶやく。鳥谷レイの言う通り、電子音の発生源は奇妙なウサギのぬいぐるみだった。

 元々は白かったのようだが灰色に薄汚れ、顔は赤黒い何かで汚れている。目玉を模したビー玉がぷらんと糸一本で繋がっており、前歯はぽっきりと折れている。何で動かしているのかわからないが動きは壊れたロボットのようだ。

「失礼だナー! 僕はこのゲームのGMだよ。片岡ミユさんのいうとおり! ここはデスゲーム会場でーす!」

 ケケケケとウサギのぬいぐるみが揺れた。笑っているのか? っていうか、今「デスゲーム」って……?

 このウサギ、気味が悪いし汚いけどなんだか見覚えがあるような……。いいえ、気のせいか、私は小さい頃からあまりウサギが得意じゃなかったし。


「は? デスゲーム? おい、流石にありえないだろ」

「そうよ、先生、流石にやりすぎじゃない?」

「先生、どういうこと?」

 生徒たちが一気に浅田先生に詰め寄る。でも、浅田先生も困惑した様子で何も話せないようだった。

「その先生はなにもしらないヨー? さ、ルール説明をするよ!」


 ウサギのぬいぐるみは一段ボリュームを上げて話し出した。

「この中には1匹のオニが隠れているよ! みんなにはターン制でオニを探してもらうよ! 昼のターンでオニだと思う人物に投票してネ! オニ候補に選ばれた人には死んでもらうよ! 昼のターンが終わったら夜のターンだよ! 夜のターンではオニが一人の人を殺すよ! これを繰り返して、オニが見つかるまでゲームは終わらないよ!」

 うさぎがあまりにも明るく「死ぬ」を口にしたせいでさっきまでザワザワと文句を言っていた全員がシンと静かになった。

「ふざけんな! そんなの許されると思ってるわけ? 大体、ありえないっしょ!」

 横田セリナが威嚇するように怒鳴るとうさぎはケケケケと笑った。

「このゲームはただのデスゲームじゃないよ! 安心してね!」

「はっ?」

 横田セリナが立ちあがろうとした時、ウィーンと部屋中から電子音が響いてピカピカとそこら中からフラッシュが光った。フラッシュの光で目が少しくらんだあと、私の視界に入ってきたのは無数の監視カメラだった。さっきまではどこにもなかったのに、部屋の至る所に設置されている。天井、壁、床の隅。

「このデスゲームは世界中のみんなに配信されてるよ! 読者モデルの横田さんも安心だね!」

 横田セリナは「配信」という言葉を聞いて怯んだのか座り込んで取り巻きの女たちに身を寄せた。ということはこれは横田セリナからみの番組のドッキリ……? 最近は素人の人をドッキリにかけるみたいな企画もテレビでよくみるし……そういうやつ?

「じゃあ、ルールの続きだよ! このゲームでは死んだ時にしちゃうよ! 誰にでもバラされたくない秘密ってあるよネー! 僕は視聴者さんに喜んでもらえるようにみんなの秘密を必死に調べたんダー!」

 ウサギが一際大声を出すと、部屋の一番大きな白い壁にプロジェクターが反映される。そこにはよく動画配信サイトなどで見る<コメント画面>が表示され、リアルタイムでわたしたちに向けてコメントが投稿されていた。

「えっ、なにこれ」

「ありえない、本気なの?」

「ちょっと、先生どうにかしてよ!」

 

<うわ〜、左の巻き髪の子かわいい〜>

<ギャル最高>

<男どもはよ処刑されろ>

<えぐい秘密隠してそうなのは黒髪の子>

<オニっぽいの教師じゃね>

<ユキちゃん推し>

<え、ユキって子あざとくね。俺はヨナってメンヘラ>

<デスゲでメンヘラは地雷すぎるって>

<はよ、1日目の処刑>


「みなさんも一生懸命オニをさがしてね! 視聴者さんのコメントにもヒントがあるのかも! じゃあ、さっそくだけど最初のターン終了まであと1時間だヨー! 投票は口頭で一人ずつ僕が聞くよ! ダレがオニだかゆっくり考えてね! ルールのプリントは給仕口に入れておいたよ! 確認してみてね! 配信をご覧の皆さんは概要欄でルールと出演者を確認してね! 3ターン以内にオニ予想アンケートをするよ!」


 言い終えるとウサギはビビビビと変な音を立てて静かになった。誰も話さない部屋には監視カメラが動く電子音だけが響いている。

 私はヨナの手を握りながら、自分の置かれた状況を飲み込めずにいた。ここはデスゲームの会場で、この中にオニがいて、それを見つけない限り死ぬ可能性があって、しかもそれをネットで配信されている……?

「おいおい、風呂にまでカメラついてるぞ? トイレも……ってか配信とか悪い冗談、だよな?」

 さっきまで能天気に笑っていた福山レオンが眉間にシワを寄せる。

「レオン、コメントみてよ」

 横田セリナがプロジェクターに映し出されたコメントを指さす。

<余計なこというなよクソヤン>

<初日は男処刑で>

<無駄吊りやめようぜ>

「配信はマジみたいだな。でも、きっとテレビかなんかのドッキリだろ? 横田、お前芸能人だろ。なんか知らないのか?」

 ハヤトが冷静に話すと横田セリナは首を横に振った。

「風呂は……やめとこうか。多分、偽物だろうけど女子は怖いだろ。先生、流石にこれはおかしいと思うんで……無事解放されたらちゃんとその、チェックとかお願いします」

「おう、中川。先生も詳しいことは知らないんだ。でもまぁ……テレビのそういうのなんだろう」

 先生の言葉に少しだけ安心する。私はヨナに小さく頷いて一度手を離した。一方で、同じく安心した横田組の一人・谷山アオイが給仕口を開けると一枚のプリントを取り出した。

「ゲームのルールだって。いちお、見とく?」

 谷山アオイの言葉に誰も答えなかった。そもそも、無許可で配信するなんて違法だと思うし、何より頭を殴られているんだ。病院に行って検査とか、そういうのした方がいいんじゃないかな……?

「ねぇ、投票が行われない場合……バツとしてランダムで一人を殺します。だって……秘密をバラされるってことだよね? つまり、それが死ぬってことでしょ? 私、絶対に嫌なんだけど」

 一人でルールを呼んだ谷山アオイが騒ぎ出すと、また生徒たちはザワザワと騒ぎ出す。

 私も、人に言われたくないことも一つや二つくらいある。そもそも、名前と顔をネットに晒されてしまうのだって本当に嫌だ。

「社会的に殺されるってこと……? まじでありえないんですけど。テレビだかなんだか知らないけど、主催者絶対に許さないから」

 横田セリナが監視カメラの方に向かって中指を立てる。それと同時にコメントが盛り上がって流れが早くなっていった。

「黒瀬、お前に投票でいいよな? どーせ役に立たないんだし」

「っ」

 ヨナは私の後ろに隠れガタガタと震えた。

「そうよ。こいつのバラされたくないことなんていじめられてたことくらいでしょ。軽傷じゃん。しかも、こいつがオニってことが一番可能性高いんだし。うちらにいじめられた恨みでこうしたんでしょ? 乙〜」

 横田セリナの発言にさっきまで怯えていた取り巻きの3人もニヤニヤ笑いを浮かべる。

「もしかしてエンコーしてたり?」

「ウサギの惨殺事件、犯人黒瀬なんじゃねぇの?」

 ヨナは何も言い返せずただ私の背中に隠れるように顔を埋めた。私は、横田さんを強く睨むことしかできない。でも、だめ……何か言い返さなきゃ。

「ちょっと、横田さん」

「何? じゃあ白井さんに投票しようか? 悪いけどウチら、死ぬ気ないから」

 私とヨナ、それから横田組の間に入ったのはハヤトだった。

「先生、こんなのあんまりです。テレビの企画とかそういうのとかなんだか知らないけど……」

 浅田先生は「そうだよな」と頷くと、いつも教室でうるさい生徒たちを宥めるようにパンパンと手を叩いて注目を集めた。


「わかった、わかった。先生も知らされていないがきっとテレビの企画かなんかなんだろう。だからバラされたくない秘密ってのもきっと企画側が考えたものなんじゃないか? 本名を配信されているのは問題だが……まぁ結論。今日は先生に投票しなさい。先生は本当に死んだりしないし、バラされたくない秘密なんてありゃしない。だからクラスメイトを攻撃するようなことはやめなさい。それにゲームから離脱すれば主催者側と接近できるだろうから先生がすぐにゲームを中止するようにお願いするよ。それでいいだろう?」

 先生の言う通りだ。これが配信されているとしたら、バラされたくない秘密だっておもしろおかしく加工されているものに違いない。



「ルール違反はっけーん!」


 気味の悪い電子音と共に「びゅん」と風をきるような音がして硬いものにガンッと音をたてて当たった。

「ぐぅっ」

 間髪入れずに同じ風を切る音、今度は直後にドスッと大きな音。悲鳴。

「きゃーっ!」

「ユキ!」

「ハヤト! ヨナ!」

 ハヤトに手を引っ張られて私とヨナは部屋の壁に向かって走った。部屋の真ん中では眉間と左胸にサバイバルナイフが突き刺さった浅田先生が仰向けに倒れている。彼はびくんびくんと体を波撃たせて、真っ赤な泡を吹いている。


「投票者自ら票を集める行為は禁止〜!」


 ケケケケというウサギの笑い声が響く。

 1日目 昼のターン。

 担任:浅田ケンイチ 死亡

 


 残り 8名。


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