意地悪な笑み
学校が終わってから、ボクは駅で待つことになっていた。
これには理由があり、ミサキさんを待たないといけないからだ。
『カバン持ってほしいから』
ボクに選択肢はなく、下りの電車が来るまで待合室でテレビを眺める。
お金があれば、スマホで動画を見たりできるけど、安いプランにしているし、支払金額が増えたら死活問題なので、なるべく使わないようにしていた。
時刻は16時40分。
下りの電車が駅に着き、アナウンスが流れる。
ボクは駅の入り口で待つ。
駅はすぐに下校する生徒でいっぱいになった。
こうやって立っているだけで、居心地が悪い。
学生たちの中にミサキさんの姿を見つけると、向こうもボクに気づいたようで近づいてきた。
人混みの流れを斜めに真っ直ぐ横切って、ボクの前に立つ。
ぱしっ。
「いたっ」
いきなり叩かれ、カバンを押し付けられた。
「駅のホームで待っててよ」
「……ごめん」
ぷいっ、とそっぽを向いて、ミサキさんは歩き出した。
何だか、手を上げるのが早いな、と内心思った。
卑屈になったら病みそうなので、ボクは前を行くミサキさんを追いかけ、声を掛けた。
「車じゃないんですね」
「悪い?」
「……いや」
ミサキさんの返答は素っ気ない。
駅から六条家までは、結構な距離がある。
徒歩で30分だ。
あれだけ金持ちなら、バスで家の近くまで乗っていても不思議ではない。せめて、自転車を置いていたりとかすれば、行き来するのに楽なはずだ。
なのに、ミサキさんは、わざわざ徒歩で駅に通うのだから、よく分からなかった。
幅の狭い歩道を歩き、薬局がある場所まで来た時の事。
ミサキさんが前を向いたまま、話しかけてきた。
「ねえ」
「は、はい」
「……あなた、イジメられてるの?」
いきなり、こんな事を聞かれたので、思わず首を傾げる。
学校が違うのだから、ボクの高校生活なんて知らないはずだ。
なのに、どうしてこんな事を聞いてくるのだろう。
不思議に思っていると、人差し指で自分の肩の裏を指す。
「ついてる」
言われて、ボクは背中に指を伸ばした。
指先にはサラサラとした感触が当たる。
紙だろうか。
指で挟んで、それを確認すると、『汚物』と書かれた紙が貼られていたことに気づく。
今まで気づかないまま、電車に乗ってしまった。
紙の事をよりにもよってミサキさんから指摘されたのに、もの凄い気まずさを覚えてしまう。
「あぁ、えっと。……クラスの友達が、はは、……イタズラで」
「あ、そ」
胸が苦しくなった。
嘘を吐いて、体裁を守ることが虚しくなったのだ。
「あたしの学校に、イジメられている子がいるけど」
「……はい」
「その子、……死んだんだよね」
意外と話してくれるな、と驚いた矢先、不穏な話をされる。
誰かの死を話されて、どう返せばいいんだ。
何も言えないでいると、「くすっ」と笑い声が聞こえた。
「……?」
前を見ると、ミサキさんが目じりを持ち上げて笑っていた。
不思議と、ミサキさんの笑みには、馬鹿にする雰囲気は感じない。
かと言って、からかうような茶目っ気もない。
上手く言えないけど、Sっぽいというか。
意地悪な感じがする。
その後、ミサキさんは何も言わずに歩き続けた。
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