第7話 日常

フォルツァ国に連れてこられて一週間がたった。


「リネ、いい加減仕事は覚えただろうね」

「……はい、ブレンダさん」

「さん? 様だろ!? ブレンダ様!!」

「……」

 私が無視するとブレンダは私の頬を平手打ちして、にらみつけた。


「無くなった国のメイドのくせに偉そうじゃないか? ちょっとは自分の立場を考えろっていうんだよ!」

 私は国の民たちの家が燃えていた風景や、家族の最後の叫びや、無残な亡骸を思い出し、震えた。

「ははっ、おびえてんのか? ウォルター王子も物好きだな、お前みたいな根暗な不細工を連れてくるとは……」


 そう言って、ブレンダは私の顔にかかった長い前髪を、ぐいっと持ち上げた。

「!?」

 私があわてて顔を隠す前に、ブレンダは私の顎を右手でつかんで品定めをするように、私の顔をじろじろと見た。

「あん? ……ふうん、不細工なふりをしてたのか……ま、根暗だし人から好かれる要素はなさそうだな。ちょっと顔がいいからって、調子に乗ってるんじゃねえぞ!? 部屋と廊下の掃除と、洗濯、さぼるんじゃねえぞ!」

 ブレンダは自分の仕事を私に押し付けた後、私のおなかを蹴ってから、立ち去っていった。


「んっ……痛い……」

 私は蹴られたおなかの痛みをこらえて、メイドの仕事にとりかかった。

 一人であることを確認してから、私は小さくつぶやいた。

「でも……体を動かして、仕事をしている間は良いわ……あの日のことを思い出さずに済むから……」

 一人で淡々と掃除に取り組み、終わったら、洗濯に向かう。


洗濯場へ行くと、メイド長のレイラが声をかけてきた。

「リネ、仕事には慣れたかい? ……おや、ブレンダがいないようだけれど、どうしたんだい?」

「さあ、私は知りません……」

「まったく、あの子はすぐさぼる……。で、掃除は終わったのかい?」

「はい」

「そうかい」


 急に現れたブレンダは、眉をひそめてリネに言った。

「あら、リネ、先に行ってしまったの? 掃除道具の片付けを私に押し付けて!」

「……」

 私はブレンダに反論する気力もなく、何も言わなかった。

「リネ、今の話は本当かい?」

「……いいえ、仕事を抜け出したのはブレンダさんです」


 ブレンダの顔が恐ろしくゆがみ、私をにらみつけている。

「ブレンダ、さぼるなら給金を下げるよ」

「リネは嘘をついています! だまされないでください!」

 ブレンダは哀れっぽい声を上げ、レイラに訴えた。

「……リネ、あんたもちょっとばかりウォルター王子に気に入られてるからって調子に乗るんじゃないよ?」

「……」


 私はもう、不条理には、なれていた。言い返すことが無意味であることも分かっている。

 何も言わず洗濯に取り掛かると、レイラはため息をついて愚痴をこぼした。

「まったく、反抗的な態度だねリネは……」

 シーツの黒い汚れを落としながら、私は思った。

「……心も洗えれば……少しは救われるのかしら……」

 目を閉じると、またあの日がよみがえる。


私は一人頭を振ってから、洗濯に集中した。

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