第68話 使いっ走り

「――《アレキサンドライト》ッ!」

「ぐわアアアァァァ!?」


 ヨヨ・カシワと名乗る少女の一撃が、もう一人の大男に命中した。

 煙を立てて倒れる相手を見ながら、彼女は気取ったように言い放つ。


「ふっ、またつまらぬものを痺れビリビリさせてしまった……」


 すごいドヤ顔だった。


 とはいえ、得意になるだけの実力はあるように見える。

 もちろん師匠やヴィスペルさんとは比ぶべくもないけれど、凡百の冒険者とは明らかに強さの格が違う。冒険者のランクで言うと40とか50とかそれくらい――上位5パーセントには入るくらいじゃないだろうか。


 ……悪い人ではないんだろうけど、変な人であることには違いないだろう。

 助けてもらいはしたけれど、助けが必要だったかと問われれば微妙なところだ。わたしにとっては余計なお世話と言ってもいい彼女の行動に、わたしが抱くこの思い――それは『人を救う』という信念を掲げるわたしが、いつか助けた相手から向けられる感情と同じなのかもしれない。


 それでも、助けてもらったことには変わりないから。


「――ありがとうございます」

「いやいや、大したことはしてないよ。……もしかして邪魔だった?」

「一人でも切り抜けるつもりではありました――けど、おかげで手間が省けました」

「ならよかった!」


 屈託のない笑みで、満足げに彼女は言った。

 ……この人も、わたしのなのだろうか。それにしては私情の色が強く出ているような――あるいは、わたしも他者からはそう見られるということか。


「……どうして、わたしを助けてくれたんですか?」


 問うと、彼女は間を置かずに答えた。


「あなたが困ってると思ったから――って意味ことじゃないよね。それならまあ、正直に言っちゃえばかな」

「自己満足……ですか」

「以前、ある人の行動に助けられたことがあってね。その人にとっては、記憶にすら残らないような些末な出来事だったんだけど、私はそれに本当に救われたから。私の些細な行動も誰かの人生を――変えるかもしれないなら、人助けするのもいいかなって」


 能天気にも思える気楽さで、彼女はそう語った。

 自分の行動によって生じた結果を、余さず受け止めるつもりでいる――とは、少し違うように見える。むしろその逆で、躊躇いなく他人に手を差し伸べられるような人間だと思えた。


 それは――果たして善なのか、悪なのか。

 ……ううん、きっと彼女には、そんな二元論的な枠に括られることなんて何の意味もないんだろう。


「軽蔑した?」

「……いえ、特には。人間とはそういうものだと、ヴィ――高名な冒険者も言っていたので」

「けど、顔は不満そうだよ?」

「まあ、わたしの主義主張と噛み合わないのは認めます」


 人を救ったという結果を重視したいわたしとしては、手放しに称賛できるものじゃない。

 ……けれど彼女が手を差し伸べてきた相手の中には、きっとその行動に助けられた人もいるだろうから、それを否定したくはない。


「――ところで、その、お礼を強要するようでちょっと頼みづらいんだけど」

「はい?」

「人を探しているんだ。この顔の人、名前は――」


 そう言って、胸元から――メタリックな厚いプレートのような物体を取り出し、その側面を指で押した。

 その結果――




「これは何の騒ぎだ!!」




「――あ、っと……!」


 ――を、目にするよりも早く再び懐に収められた。

 その理由は、ギルドの建物から現れ怒号を発した強面の男性に違いない。彼は数人の職員を率いながら、わたしたちと倒れる男たちとを睥睨して、


支部長マスターのディルムだ! お前ら全員、おかしなマネはするなよ!!」


 わたしや彼女――この場にいる誰よりも高い戦闘能力を誇示しながら、全身が震えるほどの激しい一喝を迸らせた。











 その後、ギルドの一室に通されたわたしは、職員に事の経緯を話した。

 わたしのおとなしい態度のためか、それとも単純に子どもだからか、職員の女性は話をちゃんと聞いてくれたので、それが終わると支部長マスターへの言伝を頼む。


 首を傾げながら彼女が出て行った数分後、けたたましい足音と共に部屋の扉が勢いよく開け放たれた。

 息を荒げて、目を血走らせてやって来た中年男性は、間違いなく先程目にした支部長マスターで。


「はッ……は、あっ……おまっ、お前、か!? り、『血戦兵姫リトルエアレス』の遣いってのは……!」


血戦兵姫リトルエアレス』――ヴィスペルさんの二つ名だ。

 ……たしか全冒険者の頂点に立つ者の通称が『名前倒れビッグネーム』や『王太子殺しリヴェンジャー』では通りが悪いからと、ギルド主導で名前を流行らせたのだと彼女は言っていたっけ。


「はい、『黒髪同盟』のマリア・トーンです。ライセンスカードはここに――」

「いや、それはいい……お前がアイツの仲間だってことは疑ってない。でなければ、あんな――」

「――『ロリコン童貞』、ですか?」

「っ! それはっ、誤解だ! 俺はロリコンじゃないし、童貞でもねえ……!」


 どうやらヴィスペルさんの用意した符牒は、とんでもなく効果があったらしい。

 そして彼女が、この人に『ロリコン童貞』なる呼び名をつけた理由も聞いているけど――


「……そのことで、ヴィスペルのヤツは何か言っていたか? 過去にどんなことがあったか、とか――」

「『門前払いされたら詳しく教えてやる』とは言われました。『それを街中の人間に吹聴してやれ』とも」

「ぐっ……! た、頼むからそんなことするなよ……! いいな……!?」

「わかってます」


 ――とある魔素溜まりダンジョンを共同で攻略した際、その最奥で対峙した強大な魔物に恐怖した末に『童貞のまま死にたくない』『死ぬ前に一発ヤらせてくれ』とヴィスペルさんに泣きついた話は、知らないフリをするのがこの人の尊厳のためだろう。


「はあ……んで、ヴィスペルあのガキは今回の依頼に参加するってことでいいんだな?」

「はい。それで協力するにあたって、捜索の日取りや他の冒険者の配置を聞いておきたいそうです。――前者は正確に、後者は暫定で、という指示オーダーつきで」

「それはいいが……『他の』ってことは、アイツ自分の配置を聞くつもりはないってことか?」

「どう動くかは自分で決めるって言ってました。あの人なりの考えがあるんだと思います――たぶん」

「そこは言い切ってほしかったが……ま、アイツが馬鹿じゃないのは俺も知ってる。それがやりやすいってンなら――仕方ない、か」


 不安や不満を呑み込むかのように、ため息を吐き出してガシガシと頭を掻いた支部長マスターはそう言った。

 そして向かい合って挟むテーブルの上に、大きな紙を広げた。それは近隣一帯――と呼ぶにはあまりに広範囲な、このバルトローガの街があるクランドリア公爵領全域を網羅した地図で、


「……国からは、冒険者ギルド内に魔王軍とやらの構成員が紛れ込んでいる可能性を示唆されている。信じたくはないが、警戒するに越したことはない」

「でも、疑心暗鬼になりすぎると味方の連携に不和が生じるのでは?」

「そうだな、だから信頼できる人間にだけ重要な話をするんだ。……証拠になる物は残さないから、今からする話は自力で覚えて『血戦兵姫リトルエアレス』に伝えろ。いいな?」


 鋭い視線を向けられて、わたしは頷いた。

 それを見た支部長マスターは、ボードゲームの駒を地図上に並べて話し始める――











「ふう……」


 用事を済ませてギルドを出たわたしは、疲労を覚え息を吐いた。

 頭を使うのは、苦手じゃないけどどうにも疲れる。間違いなく身体を動かす方がわたしの性に合っている。


 夕陽に赤く染まる大通りに、わたしに意識を向ける人物はいない。筋肉兄弟やおっぱいさんも当然いない。秘密の話があったわたしより、あの人たちの方が早く解放されるのは当然だ。


 ……おっぱいさんの人探し、できることなら協力したかったけど。

 とはいえ有名人なら簡単に探せているだろうし、そうでないなら今後の人生で出会う可能性はとても低いだろうと思う。――まさか、先日まで奴隷商の元にいたわたしとすでに会ったことがある、なんてことはないだろうし。


 とにかく、用件は済ませた。

 街を離れ、街道から外れ、人目を忍んで小高い山を登った先、


「――戻りました」

「おう、お疲れ」


 岩壁を掘削して作られた洞窟に、わたしは帰ってきた。

 そこには何かを手にして突っ立っている師匠と、洞窟内に格納した輸送車をイジるヴィスペルさんがいて――彼女が掘った洞窟の中に入るのを数秒躊躇した後、意を決して足を踏み入れる……どうか、崩れませんように。


「首尾はどうよ」

「言われたことは達成しました。ちょっと揉め事トラブルもありましたけど、尾けられてはいないと思います」

「そりゃ結構。ディルムのヤツは元気にしてたか?」

「血管が切れそうなくらい元気でした」

「ってことは、まだまだアイツで遊べそうだなァ」

「やめてあげましょうよ……」


 悪い顔をする彼女に苦言を呈するけれど、わたしが何を言ってもあまり意味はないだろう。

 ――それより、気になることが一つ。


「……ところで、二人は使いっ走りメッセンジャーをわたしに押し付けて何をしていたんですか?」


 ここを発つ前に、ヴィスペルさんは師匠で試したいことがあるとか言っていた。

 てっきり魔術絡みの何かだと思っていたけど、どうやら違うみたいだ。


「ああ、悠長に構えていられなくなったからな。本当はもう少しいろいろ試したかったんだが、とりあえず一番手っ取り早い方法を用いることにした」

「……? 何の話ですか?」

「リコーに魔法を使方法だよ」

「――えっ」


 言葉にならない声が漏れた。

 そんなことができるなら、さっさとやればよかったのでは――と思うけれど、そうしなかったということは相応のリスクがあるということだろうか。


「どんな方法ですか?」

「自分の首を触ってみろ」

「え――あ」


 言われ、気づいた。思い当たらなかった自分が愚かしく思えるほどに、単純な方法だった。

 わたしの首には、奴隷の身であることを証明する首輪が――がある。……確かに師匠は、照明の魔導器マジックアイテムなどは問題なく使えていた。


 師匠自身が魔法を使えるようになるわけじゃないけれど、必要な魔法は魔導器マジックアイテムにしてしまえば師匠でも扱えるということか。

 決まった魔法しか使えない、複数所持すると量がかさばる、強力な魔法は道具が巨大になる、といった問題もあるけれど、あまり欲張らなければいいだけの話だ。


「なるほど……ということは、師匠が手にしているアレも魔導器マジックアイテムですか?」


 水晶玉のような物体を手に洞窟内をウロウロする師匠に目を向けると、ヴィスペルさんもそちらに顔を向け、


「そうだ。――リコー、それをマリアに渡してやれ」

「いいの?」

「いいよ。これ以上は時間の無駄だ」

「じゃなくて、マリアの方」

「あー……ま、死にはしないだろ」

「待ってください何を渡すつもりですか」


 二人の会話から水晶玉がそれなりの危険物であることを察して動揺してる間に、それがこちらに放り投げられる。

 キャッチせずに逃げるか迷ったけど、地面に落ちて壊れでもしたら申し訳ない。仕方なく両の手で受け取った――直後、


「――――っ!?」


 魔力を吸われる。それも、並の魔導器マジックアイテムとは比較にならないほど、大量に。

 消費された魔力は、形を持たずに放出される――つまりはだ。ただ魔力を失わせることに何の意味が……いや、それこそが目的ということだろうか。


「……魔力の量を測る魔導器マジックアイテム、ですか」

「方法は乱暴だけどな。一般人なら三十秒も経たずに魔力を使い果たすが、お前はどうだ?」

「でも、この感じなら一分は――あ、いや、ちょ、キツくなってきた……!」

「最初は余裕があると思っても、加速度的に辛くなってくるからな。ほら、返せ」

「あなたがっ、渡してきたんでしょう――がっ!」


 文句と共に水晶玉を投げ返す。魔力がごっそり奪われたせいか、体力や精神力の消耗とはまた異なる、不思議な虚脱感に襲われる。

 対して、受け取ったヴィスペルさんは何の苦もなく平然と笑う。


「かははっ、悪い悪い」

「……ちなみに、ヴィスペルさんならどのくらい保ちますか?」

「んー? まあ、三十分強ってところだろうな」

「すっご。……というか、あれ? 師匠の計測、途中でやめちゃってよかったんですか?」

「ああ、もういいんだ――」


 今さら湧いた疑問をふと口にすると、彼女は何てことない様子で、


「――なんせ、一時間超えてもまだまだ余裕とか抜かしやがるからなァ」

「――――…………えっ」


 けれど、信じられない言葉を口にした。


 一時間って、たしかわたしがバルトローガの街に着いたくらいの時間――え、最低でもヴィスペルさんの二倍以上の魔力量? 

 というか、それなのに魔法が使えないって――


「――持ち腐れすぎません?」

「だな」


 簡潔に認めた彼女は、はあ、と苦笑と共に息を吐いて、


「……同じスキルでも、個人によって程度の差はある。『魔力貯蔵』はスキルとしちゃハズレの部類だが、それほどの魔力を保有できるなら大アタリだ。リコーにそれなりの魔法の才があったなら――」


 と、言ったところで不意に言葉が途切れ、


「――いや、まさか……、か?」

「……どうしたんですか?」

「クソ、また試すことが増えた……リコー、お前は本当に厄ネタだよ」

「じゃあパーティ解散する?」

「するワケねーだろ」


 ワガママな人だなあ。


「……ま、それはまた後日だ。マリア、報告」

「ああ、はい……あの、この辺りの地図、あります?」

「輸送車を探せばあるんじゃないか。あ、ついでに魔導器これも荷台に戻しておいてくれ」

「もう五秒も持てないんですけど……?」


 ……ワガママな人、だなあ。

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