第67話 『雷煌』

 侯爵邸を発って十一日。

 修練のために過ごした森での夜が明け、朝に近くの街を訪れる。


 常の流れでまず冒険者ギルドを訪れ、何度経験しても慣れる気がしない『最強の冒険者の仲間』を見る好奇の視線に晒されていると、何やら慌てた様子のギルド職員に呼び止められて。

 しばらくした後、一人で話を聞いていたヴィスペルさんが真剣な顔で言った。


「――ギルドからご指名の依頼だ。少し急ぐぞ」











「――盗賊と会った、って言ってたよな」


 ギルドから借りた魔導輸送車を運転しながら、ヴィスペルさんが問うてくる。

 その唐突さに、わたしと師匠は顔を見合わせて、


「……何の話?」

侯爵邸ウチを出た日のことだよ。街を出てすぐ盗賊と遭遇して、そいつら引き連れてとんぼ返りしたって聞いたぞ」

「あー……まあ、確かにそんなこともあったけど……」

「改めて言われると、果たしてあれを盗賊と呼んでいいものかどうか……」


 悪事などまともに働いたこともなさそうな、ほぼ一般人の盗賊を思い出してわたしたちは言葉を濁す。

 彼ら自身から訊き出した、賊に身を落とした理由というのが、


「魔物の襲撃で故郷を追われ、着の身着のまま逃げるしかなかった――家も金も職もなく行き詰まった末の犯行だと」

「知ってる。というか、ここ最近似たようなことが国中で頻発していてな。人の出入りが極端に少ない村や集落を狙った、局所的ピンポイントな魔物の襲撃や何者かよる人攫いが横行しているそうだ」

「……後者はともかく、前者は人間の手でどうこうできることなんですか?」

「その気になればやりようはあるさ。殺さないように魔物を追い立てて行き先を誘導するとか――魔物を改造して命令を利かせる、なんてやり口も最近知ったからなァ」


 ……思い出すのは、ヴィステリエム侯爵領の謎の研究施設で遭遇エンカウントした、ツギハギの大猿。

 確か、同じようなツギハギの魔物を引き連れて城を襲撃した組織がいたとか。名前は、確か――


「――魔王軍、だっけ? それ絡みの話ってこと?」

「国やギルドはそう見てるらしい。実際、城に現れて魔王軍の一員を名乗った男と同じ特徴の人間の目撃情報もある――私たちが向かっているのはそこだ」

「目撃情報を頼みに魔王軍とやらを捕らえよう、と?」

「それが理想で、何か痕跡の一つでも見つけられれば御の字ってところだな。周辺の街や他領からも名の知れた冒険者をかき集めて、大規模な捜索を行う手筈になっている。……とはいえ空振りで終わることも、どころかギルドを嵌める罠が仕掛けられている可能性もある」


 緑の生い茂る山道を高速で走る輸送車の振動が、お尻から全身に響いて地味に痛い。最新の軍用輸送車は民間に払い下げられたものよりもっと揺れが小さいらしいけど、わたしがそれに乗る機会はないだろう。


「だがそんな時、たまたま近くに滅法腕の立つ冒険者がいることが判明した。どんな罠にも屈しない最強の冒険者が、な」

「じゃあヴィスペルさんが先陣を切って捜索する感じですか」

「逆だ。ただの捜索や戦闘なら、他の冒険者で人手は足りている。私の役割は緊急事態の対処――まあ、遊撃みたいなモンだ」


 要は、他の冒険者の手に負えない事態になったらヴィスペルさんが動くということだろう。出番がないことを祈るばかりだ。


「僕たちも?」

「お前らは――どうだろうな。顔が割れてないなら捜索に参加してもらった方がいいんだろうが」

「ヴィスペルさんと一緒にいるところを見られたら、嫌でも顔を覚えられると思いますけど……」

「あ、私はギルドにも顔を出さないし街にも行かないぞ。私がいることを知って、敵が即座に逃げに転じるとも限らないからな」


 ……その言葉には、聞き流せない一つの意味が宿っていた。


「――それって、他の冒険者を囮にするってことですか?」

「危険は当然伝えてあるし、見殺しにするつもりだってない。その上でどうしても、何も知らない囮が必要だってンなら、それは普段から命を懸ける覚悟を決めているヤツがやるべきじゃないのか?」

「それは――そう、かもしれません」

「私一人で全てが片付くなら、とっくにそうしてる。……前にも言ったが、強けりゃ何でもできるってワケじゃないんだよ」


 何かに乗り上げたのか、輸送車が一際大きく跳ねて一秒弱ほど宙に浮いた。

 その落下の衝撃で、尻を強く打ち付ける。痛みに悶えていると、隣の師匠が平然と口を開いた。


「……ヴィスペルが表に出られないなら、ギルドや他の冒険者との連携はどうするの?」

代理人メッセンジャーを立てる。――頼むぞ、マリア」

「いたた……わたし、ですか? 揉め事トラブルを回避するなら師匠に任せた方が無難だと思いますけど――」

「そうだな、その見た目ナリはナメられやすい。――だから実地で馬鹿共の捌き方を覚えろ、いいな?」

「えぇ……」

「今のお前でも、打撃の一発くらいなら魔力で偽装できるだろ。いざとなればそれで切り抜けりゃいいし、それで対応できない相手なら誰かに助けを求めるんだな」


 その見極めができるようになれ、ということだろうか。

 意図はよくわからないけれど、彼女の意思を曲げさせるのは難しい。わたしが折れれば済む問題だし、おつかいだと思って手早く終わらせればいい。


 まあ、いくら冒険者に荒っぽい人が多いと言っても、理由もなくわたしに絡んでくる暇人ばかりじゃないだろう。

 特に、城を攻撃した王国の大敵たる相手と対面するかもしれないこの状況で、まさか冒険者なかま同士の不和を招きかねない愚かな真似をする人はいないはず――











 ――なんて、考えていたのが五時間ほど前のこと。


 王都の東に位置するクランドリア公爵領の主要都市バルトローガ。

 魔王軍捜索のために、多くの冒険者が集まっているこの街で、




「怪しいなァ……? 怪しい嬢ちゃんがいるぜェ……?」

「見ないツラだなァ……? オマエ本当に冒険者かァ……?」




 ものの見事に絡まれました。


「…………はぁ」


 ギルドの建物の前で、立ち塞がるようにわたしの眼前に立つのは、よく似た顔立ちの筋肉質な大男が二人。

 幼子なら泣き出してしまいそうなほどおっかない顔をさらに険しく歪め、こちらに訝しげな視線を向けている、その理由は――


「ガキのクセにずいぶん肝が据わってるなァ……? 怪しいなァ……?」

「まさか魔王軍とやらの手の者かァ……? 冒険者オレたちの動きを探ってンのかァ……?」


 ――と、いうことらしい。

 どうやら本当にのようで、少なくとも私利私欲のために因縁をつけてきたようには見えない。風貌とは裏腹に悪意のようなものは感じられず、単に直情的なだけみたいだ。


 ……だからこそ、対応が難しい。絡まれる可能性は一応頭に入れていたけど、相手に悪意がない場合は考えていなかった。

 立ち姿を見るに強さは二対一でもわたしの方が勝っているけれど、まさか暴力で押し通るわけにもいかない。かといって冒険者のライセンスカードを見せても、そのまま受付で照会する流れになったら『黒髪同盟』――ヴィスペルさんの仲間だとその場の人たちに知られてしまうかもしれない。その場合、彼らの言う通りに魔王軍の一員が潜んでいたら台無しになってしまう。


 どうにか上手くこの場を切り抜ける方法――それが思いつかないから、とりあえず時間を稼ぐことにする。


「……あの、どちら様ですか?」

余所者よそモンがァ……教えてやろうじゃねえかッ」


 わたしの問いに、大男二人はたくましい肉体を見せつけるようにポーズを取り、


「オレは『鉄腕』のビガー!」

「オレは『辣腕』のモラー!」

「「二人揃って『双腕兄弟ワンワンブラザーズ』!!」」


 腹から響いた大声が、広い通りに木霊する。

 必然、通行人やギルドに用がある冒険者たちの耳目が集まる。彼らは遠くから声を潜めて、


『――誰?』

『聞いたことない二つ名だな……自称か?』

『すっげえ筋肉……』


 などと話している。

 通り名を自称するっていうのは何とも――いや、そういえばアルカロでお世話になった『ドッポラの鏑矢』のブラスさんも、自分で『青蛙』って名乗ってたっけ。……もしかしてこの界隈、通り名を自称するのって珍しくないのかな?


「……あー、えーっと……」


 僅かに稼いだ時間は大して役に立たず、ポーズを決めたまま圧をかけられる。

 対応を迫られ、数秒考えた後――強気で行くことにした。


「……どいてもらえますか?」

「「あァン!?」」

「わたしが疑わしいと言うなら、ギルドの正式な尋問には応じます。けれど、あなたたちの個人的な難癖に付き合う理由はありません」


 笑顔で、挑発とも取れる言葉を放つ。

 あまり目立つのは避けたいけれど、一方で事が大きくなればギルドの職員が出張ってくる可能性も高い。そうなればついでにギルドの支部長マスターへの取り次ぎもできる。


「わたしがそれほど怪しいのなら、どうぞ力ずくで排除してください。……何度打ちのめされても、わたしは立ち上がりますけど」


 建物の前で私闘にまで発展すればさすがにギルドの仲裁が入るだろうし、数発殴られるくらいは必要経費だ。


「――ッ、やれ!」

「オウ!」


 わたしが彼らを無視して建物の中に入ろうとすると、二人組の片方が飛びかかってきた。

 殴る蹴るといった素振りじゃない、五指を広げて掴みかかろうとしている。組み伏せられて押さえ込まれるのは、打撃を食らうよりもよほど対処が面倒だ。


 仕方なく、一度後ろに退こうとした――




「あっぶなぁ――――いっ!!」




 ――直後、背後から響く大声と共にわたしのすぐ横を魔法が通過した。


「ぬオオオォォォッ!?」

「お、弟ォ――ッ!?」


 それはこちらに迫っていた大男の片割れに命中し、野太い悲鳴を上げる。

 謎の闖入者を確認すべく、振り返ったわたしの目に映ったのは、


「か弱い女の子――ではないけれど、無抵抗の相手に力で訴えるなんて言語道断! この私が、義によって助太刀いたす、よっ!」


 わたしより少し背が高いくらいの、黒いショートヘアの少女。

 赤を貴重とした、腕や脚を露出した軽装を身に纏っている。先の魔法といい戦える人間のようで、風貌を見るにおそらくは冒険者だろう。


 そして特に目を引くのが――彼女の胴体から突き出た、大きな二つの膨らみ。

 小柄な体格や幼げな顔立ちとはあまりにかけ離れた、強烈すぎる女としての主張は、異性のみならず同性の視線をも否応なしに集めている。


「よくもオレの可愛い弟を……! キサマ、何者だ!」

「悪党に名乗る名前はない――けれど、ちょっと乱暴者なだけの同業者になら名乗りましょう!」


 テンション高く、不敵な笑みと共にポーズを決める様は、さっき名乗りを上げた二人組と似通っていて。

 バチバチと音を立てて、全身からを発しながら、彼女は声高に唱えた。




「絶賛鋭意人探し中、みなさまの情報提供をお待ちしております――『雷煌スパークル』の柏よよヨヨ・カシワ、です!」




『――誰?』

『聞いたことない二つ名だな……自称か?』

『すっげえおっぱい……』


 こっちも自称だった。

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