第12話 果たされぬ命、果てる命
――慢心がなかったと言えば嘘になる。
自分が王族親衛隊に選出される、騎士団でも有数の実力者だという自負。連携の取れる仲間たち。
それでも――この少年は強すぎる。
彼が行使する断裂の力は、威力も高く射程も長い。拘束の術は長時間の維持こそ難しいようだが、囚われてしまえば脱出は不可能だ。これらたった二枚の手札だけで、私たち騎士を圧倒している。
……いいや、
迷いがないのだ。恐怖による逡巡が、暴虐への躊躇いが、彼の動きを鈍らせるものが何もない。だから全ての行動が
剣や鎧、防御の魔法さえも引き裂く力を相手に、近接戦闘では分が悪い。ある者は氷で、ある者は岩石で、ある者は雷で、遠距離からの魔法攻撃を行う。
しかしそれもまた、同じ力で防がれる。彼が剣を振るう度、その先に
「ふっ――!」
それを辿り、騎士の一人に肉薄する。
だがこれまでの戦闘で、あの力の行使には
――故に、その弱点を突くことすらできないほど力の差が、彼我の間には存在した。
至近で放たれる魔法に対して、リコーは防御すらしない。
知っているのだ。自分で自分を全力で殴るのが難しいように、自らを巻き込む規模の魔法は心理的に
だから彼は臆さない。近づけるだけ近づいて、魔法が射出された瞬間に大股で一歩踏み出し、腰を落とすと同時に上体を大きく前後左右のいずれかに傾ける。相対する騎士には、いきなり目の前から消えたように映るだろう。
その動揺の刹那に、剣を振るって命を絶つ。狙いはいずれも首や胴などの致命傷で、四肢を落とすことはあまりやりたがらない。まったく、何とも
こうしてまた一人、仲間が減った。
これで四人目。残りは三人。先の攻防でこちらの扱う魔法を把握して、搦め手の得意な者から狩っていくのが実に狡猾だ。
「クソ、よくも――ッ!!」
一人が激昂した――フリをして、リコーへ飛びかかる。言葉はなくとも、自身を囮に私ともう一人とで仕留めさせようという思惑は理解できた。
アルティエラ殿下に忠誠を誓う騎士の大半は、殿下のために身命を賭す覚悟ができている。スキル『甘言』による精神への干渉はあるものの、望まないことを無理矢理実行させるほどの効果はなく、少なくともその覚悟に偽りはない。
仲間の思いに応えるべく地を蹴った――
「――――っ、な!?」
――直後、この身に光の帯が巻きついた。
手足が動かせないだけでなく、魔法の発動すら許さない拘束。狭い棺桶に入れられたかのような圧迫感。それは一瞬動きを止めるのではなく、持続的に私の行動を封じていて、
「
この二対一を制し、残る私を確実に処理する算段だ。
だが、この拘束術は消耗が激しいとすでに知れている。時間稼ぎに徹すれば――いや、そんな甘い考えで凌げる相手じゃない。攻勢に出なければ一方的に両断されるだけだ。
「死ねやああああああッ!!」
意識を惹きつけるための咆哮も、リコーにはあまり効果がなく、冷静にもう一人の騎士にも意識を向けている。
上段からの斬り下ろし、下段からの斬り上げ、横一文字の一閃――それら一連の動きに対し、リコーは回避に専念する。前衛に反撃した瞬間、後衛に攻撃されることがわかっているからだ。
これまでは多人数であるが故に、逆にこちらの連携に隙間が生じていたが、人数が減ったことで役割分担が徹底された。リコーが後衛を先に狙おうとも、二人の役割が切り替わるだけで状況は何も変わらない。
「しッ――!」
「っが……!?」
剣技の隙間を縫うように放たれたリコーの左拳が、鼻っ面を叩いた。
ダメージは大きくないものの、怯んだ一瞬で腕を取られ投げ飛ばされる。そうして稼いだ時間で孤立無援の後衛を潰そうとするも、
「――おっと」
「簡単にやられると思うな……!」
逆に距離を詰めてきた騎士が剣を振るう。
それにより、今度は投げられた騎士が後衛としてリコーの隙を狙う。空中を舞っていようとも、魔法の行使に支障はない――そんな柔な鍛え方はしていない。
よって、状況は振り出しに戻る。
リコーの額を汗が伝い、呼吸も明らかに上がっている。このまま遅滞戦闘を続けらることができれば、あるいは――
「……
――いや。
そんな程度のことで勝てるようなら、とっくに勝負は決している――
「こんなこと、するべきじゃないんだけど」
五指を開いた左手で空を掻く。
その先には剣を構えた騎士がいて、
「お、おおおッ!?」
鋼が裂ける。
剣が、鎧が、その下の肉が、破裂したように割れる。
走る五本の傷は、リコーの意識が先までと明確に異なることを示唆していた。
今までの、一瞬で命を奪う攻撃とは違う。肉体を破壊し、苦痛を与え、心身の両面から敵を崩す――実に効率的な戦い方だ。
ああ、つまり。
さっきまでの私たちは、彼にとって敵ですらなかったということか――
「ぎっ!?」
「が、あァ!」
剣を振るう、手刀を振るう、腕を振るう、足を振るう――
一撃の威力より手数を優先して、肉体を端から削る。多少のリスクを冒して二人を交互に相手取り、均等に傷を負わせていく。
――その最中、私の拘束が解かれた。
未だ交戦中のこのタイミングで私が
「――避けろ!!!」
咄嗟に叫び、その場に伏せた直後、頭上を断裂の力が通過した。
負傷で鈍った仲間たちに、それを防ぐ術はない。それでも死を悟った瞬間、持てる力の全てを振り絞り、魔法を放つ。
爆発が生じた。
森を、山を焼く危険性があったために控えていた炎魔法が炸裂する。断裂に巻き込まれた木々を爆風が吹き飛ばした後、濛々と黒煙が立ち込める中、
「
少年が――ほとんど負傷のないリコーが、こちらへ近づいてくる。
……いや、走り寄って来ないということは、目に見えずとも消耗はしているのだろう。拘束されたことで逆に肉体を休められた私を、最大限警戒していると見ていい。
だが、それは私にも勝ち目があるという、ただ
私は負ける――それをすでに悟っている。
けれど、私の心に恐怖はない。死に対しても、彼に対しても。
――ただ、強い怒りがあった。
「リコー、貴様――貴様ァッ!!」
激情に身を任せて疾走する。同時に最も得意とする魔法を展開。
渦巻く風の大槍――《トルネイダンス》。人間を
仲間がいなくなったことで、殺傷性の高い魔法を全力で扱えるようになったのは、何という皮肉だろう。
そんな私に――いいや、そうでなくとも私なんかにこんな怒りを抱く権利などないのはわかっている。……わかっているが、
「それだけの力がありながら――なぜそれを、
もしも、リコーがこの力を隠すことなく振るっていれば。
昨日の
「その
彼の事情は知らない。だが、学友の身を危険に晒してまで力を秘匿する行いは、ひどく卑劣なものとして映る。
強者には弱者を助け、導く責務がある。己の欲、己の目的のためだけの力など、どれほど強く偉大であってもそこに正しさはない。
「見ていなかったのか!? 恐怖を堪え、涙を流し、それでも懸命に立ち上がる彼らの姿を――!」
剣を振るう。コンパクトに、速度重視で、重さは捨てて。
受け太刀されると剣を折られるため、先のリコーのように端から削っていく。その周囲を風の槍で取り囲み、距離が空いたところで集中砲火をお見舞いする。
「何を思っていた! ほくそ笑んでいたのか? 苛立っていたのか? いいや違うな――貴様は、何とも思っていなかったんじゃないのか!?」
空気が裂かれ、槍が解ける。それは織り込み済みだ。
だからまた新しい風の槍を生み出す。今度は六本。それを剣技と合わせて振るう。
「人の情を知らない貴様に、そんな力を持つ資格はない――!」
……ああ、それでも。
どれだけの剣技を、どれだけの魔法を、どれだけの想いをぶつけたとしても――
「……そうだね」
――私では、
「僕なんかには、過ぎた力だ」
指の一振り。
たったそれだけで、私の視界から光が失われた。
「く、ああああああっ!?」
痛い、熱い、痛い、痛い、痛い――!!
腕や脚なら失ったこともあるが、目を潰されたのは初めてだ。戦闘中に常時発動させている、空気を介した空間感知の魔法の感度を、失われた五感の一つに代わって強化させる。
大上段からの振り下ろしを咄嗟に回避し、敵手の位置に槍を放つ。魔力を感知できないせいで距離感が掴みづらいが、多少ズレたところで槍状の竜巻はその周囲をも切り刻む。
だが、彼はそれを強引に抜けてきた。
頭を庇う腕を確かに削りながら、けれど破壊するには至っていない。やはり照準が甘く、槍を密集できなかったためか。
ああ――ここまでか。
剣を折られる。
胸を裂かれる
腹を蹴られる。
地面に転がる。
血を吐く。
剣を突きつけられる――
「――……?」
そこで、少年の動きが止まった。
なぜかトドメを刺さない。まさか辱めるつもりか――という思いはしかし、
「――名前」
「な、に……?」
「教えてください。敵の――殺した人間の顔と名前は、決して忘れません」
そんな風に、真摯に頼まれて。いや、武器を向けられているんだから脅迫になるのだろうか。
あれだけ容赦なく殺しておきながら、そのことを覚えていようとする――その馬鹿真面目さに、
「く……ふ、ははっ……かはっ、げほっ、く、ふふ……」
血を吐きながらも、笑いが収まらない。
そうだ――そうだな。知っていたんだ、リコーがそういう人間だって。私はずっと、勇者たちを見ていたんだから。
「――ディノ・クルース……」
――彼が他の勇者たちから腫れ物のように扱われているのを、私は知っていた。
――彼がユーヤと殿下の主導で冷遇されているのを、私は知っていた。
――彼が他の勇者や私たちのために尽力する義理などないことを、私は知っていた。
「アリオ・シム……バルファス・デオネーラ……か、はっ……リック・ホーストン……カルナッツォ・シム……グリア・エンシー……」
それでも、リコーは。
芽が出なくとも、魔法の鍛錬をサボることはなかった。
自分を冷遇する仲間や騎士たちにも、常に礼儀を忘れず接していた。
「そして、貴様が……
彼の存在が、私たちの運命を狂わせたわけじゃない。
私たちが、彼の運命を狂わせた――これはその、当然の報いなんだ。
「ごめん、なあ……」
やっと――やっと吐き出すことができた、何の償いにもならない慙愧の念。
「……こっちこそ、ごめんなさい」
剣が空を斬る音が聞こえる。
もう訊きたいことはないらしい。恨み言の一つでも言ってくれれば、少しは楽になれたのに、よりにもよって謝られるなんて。
――ああ、殿下。
貴女に与えられた使命を果たせず散る私を、どうかお許しください――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます