第3話 スキルの価値

「――『聖剣創造』」


 口の中で小さくスキル名を呟く。

 慣れれば省ける工程だそうだが、未熟な俺たちには明確なオンオフの切り替えスイッチが必要らしい。暴発を防ぐためのルーティンみたいなものだろう。


 僅かな疲労感と引き換えに、望んだ通りの力が顕現した。

 純白の長剣が右手に握られる。神々しさを覚えるほどに清廉で潔白な、文字通りの聖なる剣。それは身体強化の魔法に頼ることなく、俺の能力を高みに押し上げる。


「ふっ――!」


 地を蹴り、剣を振り下ろす。練度次第でいくらでも切れ味を増す白刃を、躊躇うことなく相手に向け、


「遅い」


 けれどそれは、同じ剣――いいや、魔法で強化されただけのただの剣によって、真っ向から弾かれる。

 最上級のスキルであっても、厳然たる実力差は覆らない。その事実を、他の馬鹿共のような慢心に走らないための戒めとして深く受け止める。


「気を抜くなよ」

「っ、はい!」


 答えた直後、今度は相手が距離を詰めてきた。鎧を纏っているとは思えない俊敏さと正確さで的確に間合いを取る。こちらからは攻撃しづらく、相手からは攻撃しやすい位置取りだ。


 身を低くした状態で、下段から繰り出される斬撃の数々――胴や脚、時には頭や首まで狙って放たれるそれを、強化された反射神経と運動能力を頼りに防御する。教わった剣技は二割も活かせず、一太刀受ける毎に体勢が崩されるのを自覚していた。


「終わりだ」

「っ、あ――!?」


 ――だから、程なく訪れた決着にも悔しさはなかった。

 聖剣が砕かれ、再構成する暇もなく首元に剣を突きつけられる。完全敗北と言ってもいい結果だが、これでもかなり持ち堪えられるようになったものだ。なにせ初めての手合わせでは、反応すらできず初撃で勝負が決してしまったのだから。


「相変わらず、攻めの手が伸びないな。守りは順調に上達しているというのに」

「っは……! 貴女の剣と対峙していれば、必然の結果だと、思いますけど……」

「なら、そのまま守勢の勘を磨くといい。守りに余裕が出れば、攻めに転じる隙も見つけやすくなるだろう」


 そんな助言と共に薄く微笑むのは、俺たち勇者の指導役代表にしてルージェス王国の王族親衛隊を務める女性――サーシャ・クレスタン。

 白銀の長髪を靡かせる大人びた美貌の女騎士は、第三王女であるアルティエラが最も信を置く人物であり、騎士団でも有数の実力者だという。本人は大したものじゃないと言うが、並の騎士なら聖剣スキルで圧倒できる俺が手も足も出ない時点で、他と隔絶した実力の持ち主なのは疑う余地もない。


「……他の者も、君くらい真面目であってくれたらな」


 サーシャさんがふっと疲れたような笑みを見せて呟いた。その様すら絵になるほど美しいが、それはそれとしてクラスメイトへの懸念を放置しておくことはできない。


「半分以上は真面目に鍛錬していると思いますが」

「だが、その気のない者は全く動かない。――だろう?」


 言って彼女は、王城の中庭で訓練に励む他の生徒たちを手で示す。


 スキルや魔法、それに肉体を強くしようと熱心に教えを乞う奴もいれば、能力や才能がまるで足りず結果が出ない奴もいるし、戦う力を身に着けることに消極的な奴も、そもそもこの場にいない奴もいる。

 そして非情な現実だが、頑張っている人間が怠けている人間より優れているとは限らない。むしろ強力なスキルを手に入れ、それだけで十分すぎるほどの戦闘能力を有したからこそ、奴らはこうした努力を軽視している面もある。


「ゲンイチやハルヒなどは、希少なスキルのせいで完全に慢心している。ユーヤやリナの謙虚さを見習ってもらいたいものだ」

「難しいと思いますね。あいつらは努力で自らを高めるくらいなら、優秀な人間の足を引っ張る性質タチですから」


 ――二十日ほど前の、勇者として召喚されたあの日。俺たちはスキルを授かった。


 スキルは本来、およそ十人に一人ほどに与えられる能力であり、この世界の人間でもその九割はスキルを持っていない。目の前にいるサーシャさんもその一人だ。

 この世界の人間であれば、産まれた時から有しているスキルは完全に自分の一部であるため、その力の名称と実態を本能的に理解しているという。一方で、である俺たちは自力で知覚する術がないため、スキルの名を調べることで力の本質を掴む必要があった。


 明らかにされた二十八人のスキルの中で、最も希少かつ強力なのが俺の『聖剣創造』だった。ルージェス王国の長い歴史でも持ち主が三人しか確認されておらず、そのいずれもが当代最強の英傑として名を馳せたという。

 そして俺には一段劣るものの、上等と称せるほどには強力なスキルを授かったのが四人。


 ――腕力の強化と両腕の任意の巨大化を兼ね備えるスキル『怪腕』の持ち主が、ガキ大将の大河原厳一。取り巻き連中と一緒に鍛錬をサボっていて、この場にはいない。


 ――炎系でも上位に位置するスキル『業火』の持ち主が、大河原とつるむことの多い女子連中のリーダーである二階にかい春陽はるひ。こっちも取り巻きと消えており、また彼女たちにイジメられていた女子の姿も見えなかったから、裏で悪い遊びを続けているに違いない。


 ――獣の姿をした疑似生命体を生み出すスキル『百獣召喚』の持ち主が、素行不良で一匹狼の宗谷そうやりょう。クラスで幅を利かせていた大河原や二階にも怖気づかない数少ない生徒の一人だったが、だからこそ周囲の状況にも無関心で訓練にも乗り気じゃないように見える。


 ――味方の強化と敵の弱体化を同時に行うスキル『女王の覇気』の持ち主が、もう一人の学級委員である海藤莉奈。俺と同等の熱心さで鍛錬に励む彼女だが、他の不出来なクラスメイトを気にかけることが多いのが玉に瑕だ。


 いずれも戦闘を得意とするスキルであり、それだけで並の人間には太刀打ちできない強さを誇るものだ。だから鍛錬をサボっている大河原や二階でも、並のスキルを授かった他のクラスメイトよりは圧倒的に強い。……無論、鍛錬を始めて日が浅い今の内は、という注釈はつくが。

 また、直接戦闘に長けたスキルばかりが重宝されるわけでもない。あらゆる弱体化の耐性を得るスキル『健康』や、走るより速く空中や地中を移動できるスキル『遊泳』など、サポートで輝くだろうスキルも多い。適材適所に役割を振れば、相応の成果を発揮できるだけの能力を大半のクラスメイトは有している。


「……まあ、真面目ならいいという話でもないのだが」


 ただ、例外もいる。

 そもそも配置できる場所のない無能――それが芦原理巧に対する厳然たる評価だった。


 奴のスキルは『魔力貯蔵』。文字通り、人体に溜めておける分とは別で魔力のストックを作れるというもの。特に珍しくもないありふれたスキルらしいが、魔力の外付けバッテリーが得られると考えれば決して役に立たないスキルじゃない。

 ……だから問題は、芦原に魔法の才能が一切ないというその一点に尽きる。他の者が大なり小なり――サボりがちな大河原や二階ですら最低限の魔法を扱えるというのに、こいつだけは一向に芽が出ない。あるいは、出目がないと言った方が正しいのかもしれない。




『だァから、魔力を全身に巡らせンだよ! 血液が循環するみたいに、高速で魔力を回して活性化させる! わかるだろ!?』

『うーん……んん~……? いや、わからないです』

『チッ、能無しが――こんなヤツのどこが勇者なんだか……』




 現に今、芦原は離れた位置で他の全員がとっくに終わらせた魔法の基礎訓練に励んでいる。当然ながら結果は出ず、指導役の騎士が苛立ちと共に暴言を吐いていた。


 ああも粗雑に扱われる勇者は芦原だけだ。横柄で脅迫的な言動の大河原らでさえも最低限の礼を尽くされているというのに、戦力どころか後方支援としても役に立ちそうのない芦原の扱いだけは日に日に雑になっていく。

 ……まあ、あれは意図的にやっていることでもあるんだが。劣る人間に厳しい態度を取ることで、ああはなるまいと周囲に思わせ奮起させる――原始的なやり口だが、法治の行き届いていないこの世界ならまだ有効だろう。が効いたらしい。


「芦原は行き詰まっているようですね」

「行き詰まるどころか、這って歩くことすらできない有様だ。先が思いやられる者は複数いるが、先が見えない者はリコーだけだよ」


 ほう、とサーシャさんが嘆息する。どうやら彼女にとっても悩みの種らしい。

 ……いいや、俺たちにとっても無視できない存在だ。奴が勇者の一人である以上、その醜態は俺たちにも影響が出ないとは限らない。勇者の能力ちからに疑問を持たれてしまう可能性だってある。


 ああ、そうだ。――


「……そういえば、殿下がまたユーヤから話を聞きたいそうだ」

「俺ですか? アルティエラ――姫様の気持ちは嬉しいですが、たまには俺以外とも話をするべきでは?」

「無論、勇者の一人ひとりと個別に言葉を交わす機会は設けている。その中でも、君との会話が最も気を置かずに済むと仰せなのだ。……多くの知見を得ることができる、とも」


 アルティエラは、俺たち勇者と話をするのが好きらしい。元はカウンセリング紛いのことをするつもりだったらしいが、今では俺たちの世界のことを訊き出すのが主目的となっている。一国の政治にも携わる彼女は幼い容貌に見合わず大人びているが、その話をする時だけは俺たちとそう変わらない無邪気さを見せていた。


 まあ、権力者に頼られて悪い気はしないし、勇者の中でも一際目をかけられている証左とも言える。それにアルティエラを通せば、俺の個人的な要求も通りやすくなるからな。


「――さて、十分休憩できただろう。訓練を再開するぞ」

「はは……せめて一度は反撃できるよう、精一杯頑張りますよ」


 鋭い眼光に射抜かれて、背筋に冷たいものを感じながら、それでも気丈に返す。

 俺はもっと、強くならなければならないのだから――











「――――…………、か」


 打ち合いの最中、ふと無意識についたのはそんな言葉だった。

 自分にこんなことを思う資格がないのはわかっている――わかっているけれど、目の前で健気に聖剣を振るう少年ユーヤの姿に、は罪悪感を抱くのだった。

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